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「え?」
オリヴィアは耳を疑った。今自分が何を言われたのか、理解するのに時間を要した。
ドミニクは周囲を見回している。
「幸い、夜だから目撃者は居ない。今ならお前がやったことにしても大丈夫だ」
その目は瞳孔までがはっきり見開かれていることが分かった。
「で、でも、そんなことしたら……!」
「今は自分のことを心配している場合じゃないぞ。ここでスポンサーに離れられたら全て終わりだ。俺がこんなことをしでかしたと知ったら、スポンサーはどうなる? 今俺がスキャンダルを起こすわけにはいかないんだ」
そこまで聞いて、オリヴィアはドミニクが言わんとしていることが分かった。
「そもそも、これはお前のミスでもある。あんな場所に不用意に置かれていたら、いずれ誰かが同じミスをしただろうし、管理者である者の責任だ」
そう言われても高魔素液にはしっかり「危険」と書かれていたし、ドクロも描かれていた。しかし、ドミニクにまくし立てられるとオリヴィアは反論が出来ない。
そもそも彼女は口下手だから彼と手を組んだのだ。論争で勝つことなど不可能だった。
「良いか、自分でやったことは、自分でしっかり責任を取らないといけない。そうだろう」
いつの間にか、ドミニクの中では全面的にオリヴィアがやってしまったことに切り替わっていた。
「この事故によって起こる損失、借金、批難は全てお前が被るんだ」
オリヴィアは頭の中がくらくらしていた。
「じゃあ、俺はこれで失礼する。今日も忙しいんだ」
「あっ」
オリヴィアが何も言えないでいるうちに、ドミニクは研究室からさっさと出て行ってしまった。
彼女の思考の中では様々な考えが浮かんでは消えていく。
これまで研究に捧げてきたものが無に帰した喪失感。恐らくだが、とてつもない借金を抱えてしまったことへの恐怖。
そして婚約者に裏切られ、罪を擦り付けられたことによる、もう二度と力が入らないのではと思えるほど、どうしようもない落胆。
彼女は研究者であり、ドミニクがどういった契約をしているのかは知らない。だが恐らく、「出来る」と言っていた写真機が、自分の非によって生産出来なくなったとすると、その損失は莫大なものになると思われた。
オリヴィアは泣きたくなる気持ちに駆られた。
ただでさえお金がない。その上で一生かかっても返せない借金を抱えたとなると、本当に八方ふさがりだ。
「この事故は自分がやったものではない」と説明しても、恐らく無駄だろう。ドミニクの方が弁が立つのだから、必ず自分のせいになる。何せ目撃者はいないのだから。
どうすれば良いのか、本当に見当もつかなかった。
逃げてしまおうか、と思う。今、夜も深まった頃で、校内にはほぼ人が居ないはず。警備員が到着するまでの隙に逃げて、どこか遠くで暮らすことは出来るのでは。
幸い、自分は手先が器用だ。何らかの仕事にはありつけるだろう。
でも……。
家族の顔が過る。父親、母親、そしてまだ幼い弟。
家族のことを思うと目から熱い涙があふれ出す。
駄目だ、逃げるわけにはいかない。自分が逃げたら抱えるはずだった借金は何処に行く? 家族のところだ。
そうすれば男爵家の全員が路頭に迷う。
自分のために家族が不幸になるのは、死ぬよりも苦しかった。
それなら、と思う。
オリヴィアは涙を拭いた。
娼館の勧誘をしていたゴドーの顔が過る。彼は自分なら直ぐにナンバーワンになれると言っていた。
そこで身体を売れば、少しづつでも借金が返せるかもしれない。
勿論恐かった。身体を売るという行為がどういうことなのかもよく分からない。けれど大変な重労働であることは理解出来た。それでも、やるしかない。
オリヴィアならば、ここから挽回する手段は他に幾らでもあっただろう。しかし追い詰められた彼女に精いっぱい思いつく方法はそれしか無かった。
彼女は警報を止め、散らばった瓶や液体を片付け、駆けつけてきた警備員に「心配いらない」と説明を済ませると、ひとまず家に帰ることにした。
帰路の途中、いつものようにゴドーと目が合った。
彼女の顔を見るなり、ニヤニヤと近付いてくる。
「お、オリヴィアちゃん。今日も可愛いねえ。どう、娼館で働く気になった?」
オリヴィアはしばらく俯いて黙っていた。ゴドーはいつもと違う彼女の反応に期待しているらしく、ずっとにやついた笑顔のままだ。
「私は……」
意を決して、オリヴィアは口を開いた。




