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 それから約半年の時が経った。

 オリヴィアはついに、写真機の小型化に成功した。

 といっても、まだ大の大人がどうにか持てるレベルの重さで、大きさも子供二人分くらいのサイズがある。


 とはいえ、これは大きな進歩だった。

 これまでの写真機はかなり巨大で、一部屋に一台置こうと思ったら、ドアを通らず一度分解して、運んだ後にまた組み立て直さないといけなかった。重さは言うまでもない。

 しかし今回のアップデートで、使う魔石の量を減らすことができた。また小型化のために魔力回路を徹底的に見直した結果、スリムアップに成功したのだった。


「オリヴィア、やるじゃないか」


 研究の成果を説明すると、ドミニクは頷きながら拍手をした。久しぶりに褒められて、とても嬉しかった。ここまでの苦労が報われた気分だった。

「おめでとう」

 彼が手を差し出してきたので握手に応じる。

 久しぶりに握った彼の手には、以前はなかった金の指輪が、中指と親指にはめられていた。


「今日、リリィは?」

「あの子は休みだよ」

「そうか。で、本題なんだが、前にも話した通り、1週間後に……」

「あ、ちょっと待って、ドミニク」


 研究室内を歩こうとするドミニクをオリヴィアは留めた。彼は歩きながら話す癖があるのだ。

「どうした?」

「そっちは床に太い配線があるから気を付けてね」

「おっと、ご忠告どうも」


 ドミニクは大げさに足を上げて、跨いでみせた。ちなみに配線だけでなく、この研究室には繊細で重要な機材が密集している。どれもオリヴィアが市販のものを改造したり、一から作り上げた一点ものばかりで、発明や組み立てには欠かせない。

 壊さないよう大事に大事に扱ってきた。


「で、話の続きなんだが、前にも言った通り、一週間後にスポンサーを集めての発表会がある。今回のためにスポンサーや、その候補を沢山呼んできた。君が小型化に成功しそうだと言っていたからね。まさか期限内に本当に完成するとは思わなかったが、これなら良い発表が出来る。莫大な金が動くぞ」

「本当? じゃあ研究費も……」

「まあ待て、話はそう単純じゃない」

 ドミニクは手で制するポーズを取った。


「先ずまとまったお金を安定的に得るには、この写真機を量産する必要がある。そのためには何が必要だ?」

「えっと、工場、とか?」

「その通り」

 指を鳴らすドミニク。

「工場を建てるのにも金が掛かる。設備を整えるのにも、工員を雇うのだってね。最初は赤字だ。スポンサーも慈善事業で金を払ってくれてるわけじゃないから、彼らにも還元していかねばならない」

「そ、そうだよね……」


 オリヴィアは目を伏せた。要するに、まだ給料も研究費も、増額できないらしい。しかしドミニクの言い分には説得力があり、それは受け入れるしかないように思えた。


「そう落ち込むな、オリヴィア」


 ドミニクは彼女の肩を叩いた。


「君の発明は凄いものだ。そのうち必ず黒字化する。その時は必ず給料も研究費を上乗せできるさ」

「本当?」


 オリヴィアは目を輝かせた。研究費がもっと効率的な研究が出来るし、リリィの給料も上げられる。それに自分も少しはマシな暮らしが出来るようになるかもしれない。





「さて、今日は俺も少し手伝うよ」

 ドミニクは普段しない提案をしてきた。よほど機嫌が良いらしい。彼がそんな提案をしてきたのは、まだ婚約していない頃以来だから、約三年振りだ。

 嬉しかった。まるで昔に戻ったみたいだ。

 とはいえドミニクは専門的なことはからっきし分かっていない。だから彼女はこう言った。


「第二保管庫の中に、緑色の液体が入った瓶があるから、それを出してきてくれない?」

「分かった」


 オリヴィアはドミニクが保管庫に向かっている間、図面と向き合っていた。小型化には成功したものの、改良出来る気がするのだ。

 まだ軽く出来るというのもそうだが、何より彼女が目指すのは、白黒ではなく、色のある写真を残すことだった。

 それが出来れば文字通り世界が変わる。この世界を色を伴って再現できるようになったら、どれほど素晴らしいだろう。




 ガシャン、と甲高いガラスの割れる音が響いた。何だろうと思って後ろを振り向き、オリヴィアは思わず口を手で覆っていた。全身の血の気が引くような、いやそんな言葉では言い表せない、突如奈落に突き落とされたかのよな光景だった。


 ドミニクが片膝を付いていた。彼の足元には先ほど注意したはずの配線があった。つまづいた時に瓶を投げ出してしまったのだろう。

 彼の前方に瓶の破片が散乱し、黒い液体が地面に流れ広がっている。


「直ぐにふき取って!」


 オリヴィアが叫んだのも間に合わず、黒い瓶から、猛烈な勢いで黒い蒸気が立ち昇った。その量が半端ではない。あっという間に、研究室内を覆う、黒い霧となっていた。

 机の上からパリン、パリン、と何かが割れる音が頻発する。



 警報がけたたましく鳴り始めた。赤い魔石が明滅する。

 ドミニクが咳き込む中、オリヴィアは素早く研究室の窓を開けていった。


「ゲホッ! 何だこれ、大丈夫なのか!?」

「人間には無害だよ」


 彼女の声には既に力が無かった。


「人間には?」

 ドミニクはオリヴィアの、含みのある言い方が気になった。

「この黒い液体は何なんだ」

「それは、高魔素液」

「高魔素液?」


 高魔素液は、魔力の源である「魔素」を液体にしたものだ。本来、魔素は気体に近い性質を持っている。それを特殊な術式により液体に変換することで、体積を圧縮することが出来るのだ。

 体積が減った分、ガラス瓶の中にも、とてつもない量の魔素を封入することが出来るため、輸送にも便利であり、また非常に高価で、主にポーション作りに使われている。


 そして、高魔素液は常に気体に戻ろうとする性質を持つため、外気に触れた瞬間、一気に揮発きはつするのだ。


「この高魔素液の蒸気は、絶対に魔導具に触れさせたら駄目なの。あまりに魔力量が濃すぎるから、魔力で動いている機械は吸収し過ぎて壊れてしまうわ」

「なっ……!」

 ドミニクは今更起きたことの重大性を把握したらしい。

「私が出して欲しいって言ったのは、これじゃない」

 オリヴィアは珍しく非難するような目でドミニクを見た。

「く、暗くて分からなかったんだ。一度出してみて、どうやら違いそうだから、戻そうとしたらさっきの配線に引っかかって……」


 オリヴィアはもうドミニクを見ていなかった。徐々に霧が散り始めると、机の上の魔石が幾つか割れているのが見えた。


「大丈夫なんだよな」

「え?」

「大丈夫なんだよな。君なら、あと一週間でも同じものを作り直せるよな?」



 オリヴィアは力なく首を振った。

「無理だよ。写真機を作るのには特殊な装置が必要だった。それも全部、私が作ったものだから、市販品がない。作り直そうと思ったら、半年はかかる」


 微細なサイズまで測れる計器や、それに合わせて魔石を加工できる機械。上げ出せばキリがない。

「どうしてスペアを用意しておかなかったんだ!」

 ドミニクの口調は怒鳴り声に近かった。

「よ、用意しようと思って、その費用は申請したよ。でも、ドミニクが『いらない』って」


 ドミニクは激しく頭を掻きむしった。自分で費用をケチったために、大惨事は取り返しのつかないものになっていた。



「……分かった。要するに今度の発表には間に合わないんだな。それならスポンサーにも言いようがある」

「それだけじゃなくて、量産に一番必要なものも壊れてると思う」

「何だと?」


 それは紫心石ししんせきという魔石だ。紫心石は通称「合わせの魔石」と呼ばれる。

 写真機に使われる鏡精石きょうせいせきは、それ自体が不安定な性質を持っている。そのため写真機に入れて使うには、事前に紫心石によって、出力を安定させる必要がある。


 その紫心石はかなり貴重なものだった。市販に無いどころか、世界にも数えるほどしか存在しない。オリヴィアが使っていたものは学園から特別に貸してもらっていたものだ。

 こればかりは代替するのが不可能だった。



 つまり、量産するどころか、一つの写真機を作ることも、もう事実上不可能だという、絶望的な状況だったのだ。





「……よし、分かった」

 ドミニクは低い声で言った。何か妙案があるのかと思い、オリヴィアはドミニクを見つめる。

 彼はオリヴィアの両肩を掴んだ。先程より、強い力がこもっている。

「この件はお前がしでかしたことにするんだ」



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