表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/10

 

 半年前。


 出勤の時間を少し過ぎてから、研究所にオリヴィアは到着した。

「おはようございます。オリヴィア先生、今日はどうして遅れたんですか?」

 助手のリリィが聞いてくる。オリヴィアが王立学園に研究室を持てるようになった時、一人だけ雇った働き者だ。


「ちょっとね、座り込んでるおばあちゃんが居たから、荷物を持ってお家まで運んであげてたんだよ」

「またですか」

 リリィは苦笑した。

「あなたは学園始まって以来の天才研究者なんですから、もっと自覚を持ってください」

「うーん、でも……」

 オリヴィアは頬を掻く。

「困っている人は、やっぱり助けたくて……」

「ま、先生のそういうところは好きですけど」


 会話を交わしながら準備を進めていた彼女たちは、早速研究作業に取り掛かった。


「で、早速本題なんですが、昨日先生が休みだった間に、写真機の小型化の実験を進めていました。でも鏡精石きょうせいせきが思ったより被写体に反応してくれません」

「なるほど」

 とオリヴィアは口に手を当てる。

「出力用の魔石の微調整は、どれくらい効果がありそうだった?」

「今のところ駄目ですね。0.1ミリ単位で調整してみましたが、結果は変わりませんでした」

 リリィは首を振った。

「うーん、じゃあ別の箇所が原因なのかなぁ」

「かもですねぇ」


 ああでもない、こうでもないと言いながら、二人は研究に没頭してく。




 あっという間に夜になってしまった。「やば、もうこんな時間だ」と言いつつ、リリィは帰り支度を始める。

「あれ、先生はまだ帰らないんですか?」

 オリヴィアは何やらゴソゴソと作業をしており、帰る様子を見せない。


「うん、もうちょっとやることが残ってるんだ。でもすぐ帰るよ」

「何かあるなら手伝いますが」

「だ、大丈夫だよ! 個人的なことだから」

 オリヴィアは大げさに両手を振った。これを彼女に気づかれたら、また怒られてしまう。


「それならお先に」と言って帰ろうとしたリリィが振り返った。

「そういえば聞きました? スウェイン研究所の事故」

「ああ、高魔素液をこぼしちゃったってやつ? あれは……怖い事故だったね」

「私たちも気を付けないといけませんねぇ。それじゃ」

 リリィは今度こそ帰って行った。

 その背中を見送ると、オリヴィアはようやく作業に戻る。


 彼女が行っていたのは、本来研究とは関係ない、治療魔法使いへの紹介状を書く作業だった。最近、彼女の友人の父親が、原因不明の病気になったらしい。医者にかかっても、近くの治癒魔法使いに調べてもらっても原因は分からなかった。

 そのためオリヴィアは必死に伝手を辿って、腕の良い治癒魔法使いを探し、症状を確認し、治せるかどうか確認するための手紙を書いていたのだった。


 それが終わると、次は出産を機に退職することになった先生へ送るための、護符チャーム作りだ。

 清払石きよめはらいのいしという真っ黒な魔石に、更に人が魔力を込めることによって、その能力が高まる。

 安産祈願の定番だ。せっかくだから良い物をあげたい。そのためには時間をかけて魔力を込める必要がある。



 彼女がこういった行動を取るのは昔からだった。面倒だと思ったことはないし、むしろ人助けは美徳だと信じて生きてきた。






 その時、研究室のドアが開いて誰かが入って来た。

「オリヴィア、いるか?」

 声の主を見てオリヴィアの表情は少し強張った。清潔感のあるスーツに身を包んだ、背の高い人物。彼はドミニク・コレツキー伯爵令息。彼女の婚約者だった。


 ドミニクは隣に一人の女性を伴っていた。彼女のこともオリヴィアは知っている。

 アビー・ベックリー子爵令嬢だ。二人は肩がくっつく距離に並んでいて、いかにも仲が良さそうである。オリヴィアの研究のスポンサーになってくれる、商会のご令嬢ということで、仲良くなったらしい。


 オリヴィアは何度か「他の女性とくっつくのは止めて欲しい」と注意したのだが「すまない、オリヴィア。アビーはビジネスに必要な存在なんだ。ある程度仲を深めるのも仕事の潤滑な促進には不可欠。分かってくれ」と申し訳なさそうに言う。

 仕事に必要だと言われてしまえばそれ以上言いづらい。だが毎度のことでオリヴィアはうんざりしていた。


「仕事の調子はどうだ?」

 ドミニクが聞いた。

「えっとね、今は鏡精石がうまく被写体に反応してくれるように……」

「あー、詳しい話はいい」

 ドミニクは手をひらひらと振る。

「要はまだ完成出来ていないんだな」

「うん……」

 ドミニクは大きなため息をついた。


「それじゃ困るよ。半年後の発表会には『大きな成果を出す』とスポンサーに約束してしまったんだ。それまでに間に合わせてくれないと」

「で、でも……」

 オリヴィアは上手く言葉を紡げない。

「俺が新しいスポンサーを引っ張って来たのは知っているだろう? いいか、彼らが求めているのは『結果』だ。どれだけ頑張ったかじゃない。成果の大きさなんだ」

 ドミニクはまるで演説するように、身振り手振りを交えながら言う。

「うん……」

 オリヴィアは頷くことしか出来なかった。



「ねえ、ドミニク、お願いがあるんだけど」

「何だ?」

「少し実家への仕送りを増やしたいの。他にも研究の材料で足らないものがあって、それも買わないといけない。だからもう少し給料を増やして欲しくて」

 オリヴィアは恐る恐るといった調子で言った。


「そうか、金が必要なのか」

 ドミニクは腕を組み、考える仕草をとった。

「すまない、オリヴィア」

 少し間をおいてから言う。


「俺がもう少し頑張っていれば、君の給料も増やせたんだが、今の状態はこっちもカツカツなんだ。投資して新しいものを揃えているし、孤児院にも寄付を続けている。そうすると雀の涙くらいしか残らない。もし、どうしてもと言うのなら、僅かばかり残った俺の分け前を、君に分け与えることは出来るんだけど……」

「い、いや、良いよ。大丈夫だよ」


 オリヴィアは慌てて首を振った。瞬間的に笑顔を見せるドミニク。


「そうか、分かってくれて嬉しいよ……おっと、もうこんな時間か」


 ドミニクは腕時計を確認した。金色の盤面がきらりと光る。


「それじゃ俺は接待があるからもう行くよ。ああ、大変だ。また企業のお偉いさんたちに沢山お酒を飲まされるんだろうな。オリヴィア、君も引き続き頑張るんだよ」

「う、うん。分かった……。飲み過ぎには気を付けてね」


 ドミニクとアビーは仲睦まじげに会話を交わしながら出て行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ