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『黄金週間の断層』:【不公平な祝祭】

5月4日。国中が「幸福であること」を義務付けられたかのような熱気に包まれていた。


一方の極には、不倫旅行を満喫する男女がいた。

「最高だね。家族には出張だと嘘をついて、こうして君と贅沢な時間を過ごせるなんて」

 豪華な温泉旅館のテラスで、男は背徳感という名のスパイスに酔いしれていた。彼らにとって、この連休は日常の責任を放棄するための「無敵時間」だった。


もう一方の極には、冷え切ったオフィスでモニターの青白い光に焼かれるエンジニアの男がいた。

「……デスマーチ、か。納期は連休明け。世間が休めば休むほど、僕の睡眠時間は削られていく。何がゴールデンだ、真っ黒じゃないか」

 男は栄養ドリンクの空き瓶を積み上げ、窓の外で上がる花火を、呪いの儀式のように見つめていた。


調停員は、旅館の豪華な会席料理と、オフィスの無機質なサーバーラックの、ちょうど「中間の空間」を切り裂いて現れた。

 今回の「彼」は、日焼けした観光客のような派手なアロハシャツを着ていたが、その手元には、巨大な砂時計のような形をした、時間を吸い出す装置を持っていた。


「幸福の過剰摂取、および絶望の強制労働。……時間の分配が、あまりに不平等です。当方が、この連休の『重み』を等価に分配いたしましょう」


調停員が砂時計のレバーを引くと、旅館のテラスとオフィスの空間が、まるでバグったモニターのように混ざり合った。


「接続完了。名付けて『シェア・ゴールデン・タイム』。旅行者の『快楽』と、労働者の『苦痛』をリアルタイムで同期させます」


異変はすぐに起きた。

 高級旅館でワインを口にしようとした不倫男が、突然、激しい吐き気と偏頭痛に襲われ、その場に転げ落ちた。

「うわああ! なんだ、この……焼けるような疲れは! 指が、キーボードを叩きすぎたみたいに動かない!」

 彼が味わっていた「休暇の楽しさ」は、強制的にエンジニアの男へと転送されたのだ。


一方、死にかけていたエンジニアの男は、突然、全身に高級スパ帰りのような活力がみなぎるのを感じた。

「……え? 体が軽い。頭も冴え渡っている。まるで、最高のバカンスを過ごした後のようだ。これなら、あと一週間は徹夜できるぞ!」


調停員は、のたうち回る不倫カップルを見下ろして微笑んだ。


「おめでとうございます。あなた方の不倫旅行は、今、この瞬間から社会を支える『エネルギー源』となりました。あなた方が愛を語れば語るほど、どこかのデスマーチ現場の生産性が上がります。……これこそが、休日における最高の社会貢献ではありませんか」


旅館のスイートルームは、今や「地獄の苦しみ」を吐き出す発電所と化した。

 不倫男は、自分の妻への罪悪感すらも「労働への気力」として吸い取られ、ただの抜け殻となって、愛人の隣で呻き続けた。


そして、オフィスで一人、異常なハイテンションでコードを書き続けるエンジニアは、ふと気づいた。

「……でも、この楽しさは、僕のものじゃない。誰か別の、顔も知らない誰かが遊んでいる『残り香』なんだ」

 溢れるエネルギーとは裏腹に、彼の心は、借り物の幸福という虚無感で真っ黒に塗りつぶされていった。


調停員は、砂時計が最後の一粒を落とすのを見届け、消えていった。


「連休が終わる頃、お互いに残るのは『身に覚えのない疲労』と『身に覚えのない幸福感』。……それもまた、この国の正しい休日の姿でございます」


5月5日の朝。

 ボロボロになって帰宅する不倫男と、完璧に仕事を終えて虚無の目で街を歩くエンジニア。二人の影が、踏切の光の中で一瞬だけ交差したが、お互いに、自分たちの時間が誰に奪われたのかを知る術はなかった。

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