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『夢の墓標』第4話:【共感の獣道】

その男、関根は、カメラに向かって熱弁を振るっていた。彼の背後には、人里に現れた熊を「駆除」しようとする地元のハンターたちと、それを阻止しようとする関根の仲間たちが、プラカードを掲げて睨み合っている。


「彼らは生きるためにここに来ただけです! なぜ、ただ生きようとする命を、人間は暴力で排除しようとするのですか! 必要なのは銃じゃない、彼らへの理解と、共存への道です!」


関根は、自然を愛し、動物を守るという「理想の自分」という夢に酔いしれていた。彼にとって、熊は「守るべき弱者」であり、ハンターは「野蛮な加害者」だった。


調停員は、騒音渦巻く現場の、一本のブナの木の影から現れた。

 今回の「彼」は、古びた迷彩服を着ていたが、その顔は人間に踏み荒らされた土のような、無機質な褐色をしていた。


「生命の尊厳、および生態系の現実。……おいたわしいですね。あなたが夢見る『共存』には、決定的なピースが欠けています。……それは、彼らの『視点』です」


調停員がアタッシュケースから取り出したのは、二つの、複雑な回路が埋め込まれたコンタクトレンズだった。

「真共感レンズ(トゥルー・エンパス)。これを装着すれば、あなたは対象の感情、本能、そして飢えを、自分のものとして体験できます」


「……これを着ければ、彼らの気持ちが分かるというのですか?」

「ええ。あなたの望んだ、完璧な『理解』がもたらされます」


関根は、ためらうことなくレンズを装着した。

 次の瞬間、視界が歪んだ。


「あ……ああ!」

 関根は、その場に崩れ落ちた。

 彼の脳内に、人間の言葉ではない、圧倒的な情報が流れ込む。それは、冬眠明けの耐えがたい飢餓感、子供を守ろうとする狂気的な防衛本能、そして、目の前にある「動く肉塊(人間)」に対する、純粋な食欲だった。


「おわかりですか。彼らにとって、善悪など存在しません。あるのは『食うか、食われるか』という、冷酷な物理法則だけです」


その時、騒動に興奮した一頭の巨大な熊が、ハンターの制止を振り切り、関根に向かって突進してきた。仲間たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、関根だけは動けなかった。


レンズを通して、彼は熊の「視点」を共有していた。

 熊の目には、関根が「理解し合える友」ではなく、ただの「柔らかくて、容易に殺せるカロリー源」として映っている。その圧倒的な殺意と、自分を食い千切ろうとする本能の奔流に、関根の「理想」は一瞬で塵となって消し飛んだ。


「助け……!」

 彼が叫ぼうとした瞬間、熊の巨大な前足が彼を薙ぎ倒した。


調停員は、熊に組み伏せられ、断末魔の悲鳴を上げる関根を見下ろした。


「おめでとうございます。あなたは今、この世界で最も深く、熊という存在を理解しました。あなたの肉体は彼らの飢えを満たし、あなたの生命は彼らの血肉となる。……これこそが、あなたが求めた、一切の欺瞞のない、究極の『共存』でございます」


ハンターの放った銃声が響いた時、すべては終わっていた。

 そこには、理想という夢から覚めることなく、自然の掟に飲み込まれた男の、無残な亡骸だけが残されていた。

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