『夢の墓標』第3話:【不滅の汚点】
その若者は、厨房の隅でスマートフォンを構え、震える手で「投稿」ボタンを押した。
画面の中で、彼は店の食材を使って悪ふざけをし、下品な笑い声を上げている。
「これ、絶対バズるって! みんな『やばい』って言うぜ!」
彼にとって、それは退屈な日常を破壊する快感であり、瞬時に得られる「注目」という名の麻薬だった。数分後、スマートフォンの通知音は鳴り止まなくなった。
「ほら見ろ! 拡散されてる! 俺は今、この瞬間、世界の中心にいるんだ!」
彼は知らなかった。その「注目」が、賞賛ではなく、自分を焼き尽くすための「監視の目」であることに。
調停員は、冷え切った業務用冷蔵庫の影から、静かに現れた。
今回の「彼」は、警察官のようでもあり、葬儀屋のようでもある、濃紺の制服を着ていた。その手には、一台の小型の刻印機があった。
「一時の快楽、および永遠の代償。……デジタルに刻まれた記憶は、肉体よりも長く生き続ける。ならば、それを可視化して差し上げましょう」
調停員が取り出したのは、一本の「不可視のインク」が装填されたペンだった。
「刻銘の処遇。あなたの過ちを、この世界のシステムに直接書き込みます」
調停員が若者の額にペンを走らせた。鏡を見ても、そこには何も映っていない。
「なんだよ、脅かすなよ。別に何ともないじゃないか」
若者は鼻で笑い、店を飛び出した。しかし、彼の地獄はそこから始まった。
翌日、彼がアルバイト先に行くと、店長が鬼のような形相で立っていた。
「君、もう来なくていいよ。それと、損害賠償の件で弁護士から連絡がいくから」
若者は別のバイトを探そうとした。しかし、どの店の面接に行っても、店主は彼の額を一瞥した瞬間に、表情を凍らせるのだ。
「……君、あの動画の。帰ってくれ。うちには居場所はない」
「えっ、どうして? 額には何も書いてないはずだろ!」
調停員が、公園のベンチで項垂れる若者の隣に座った。
「あなたの額には、今や全世界のデータベースと同期した『警告文』が浮き出ています。普通の人間には見えませんが、社会というシステムを維持しようとする者たちの目には、あなたは『劇薬』として映るのです」
若者は必死に顔を隠し、名前を変え、遠い街へ逃げた。しかし、彼がコンビニで買い物をしようとすれば、レジの機械が警告音を鳴らし、彼がアパートを借りようとすれば、不動産屋の端末が「契約不可」の赤文字を出す。
彼が誰かに恋をし、その手を握ろうとした時、相手のスマートフォンのAIが「この人物は過去に重大なコンプライアンス違反を犯しています」と、無機質に警告を発した。
「助けてくれ! 僕はただ、ちょっとふざけただけなんだ! もう反省した、消してくれ!」
調停員は、若者の額を指差した。
「残念ながら、システムは『反省』という概念を解釈しません。記録は消えず、タグ付けされた評価は更新されない。あなたは死ぬまで、あの厨房での数秒間の『愚行』を、全身で体現し続けなければならないのです」
若者は、誰にも認識されず、何一つ契約できない「社会的な透明人間」となった。
彼は孤独の中で、今日も自分の動画を見返す。そこには、一生分の自由と引き換えに、一瞬の「注目」を得て笑っている、愚かな自分の姿があった。
「おめでとうございます。あなたの夢見た通り、あなたは永遠に忘れられない存在となりました。……ただし、この世界からの『拒絶』という形で」
調停員が去った後、街の喧騒の中で、若者だけが透明な檻に閉じ込められたように、所在なく立ち尽くしていた。




