表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/27

『役割の終焉』第5話:【記号の氾濫】

その男は、山岳地帯でも耐えうる最高峰の防寒着を纏い、都会の喧騒を歩いていた。

 かつてそのブランドのロゴは、極地を知る者だけが通じ合う「本物の証」だった。しかし、ふと周囲を見渡せば、隣の女子高生も、買い物帰りの主婦も、駅前のサラリーマンも、全く同じロゴを背負っている。


「……これじゃあ、制服じゃないか」

 男は苦々しく呟いた。機能美に惚れ込み、その「特別さ」を愛していたはずなのに、誰もが着始めた瞬間、それは「個性を埋没させる記号」という正反対の役割に変わってしまった。


調停員は、ショーウィンドーの反射の中に立っていた。

 今回の「彼」は、流行の先端を行くような華やかな服装をしていたが、その目は流行に飽き果てた虚無の色をしていた。


「希少性による優越、および大衆化による価値の希釈。……おいたわしいですね。あなたが愛した『特別』を取り戻して差し上げましょう」


調停員がアタッシュケースから取り出したのは、一本の「透過スプレー」だった。


「これをお使いください。これを吹き付けたものは、それを『理解できない者』の目には映らなくなります。真の価値を知る者だけの、究極の独占でございます」


男は喜んで、自分の愛用するウェアにスプレーを吹きかけた。

 すると、街ゆく人々が着ている同じブランドの服が、男の目から次々と消えていった。

「ああ、これだ! やっと静かになった。僕だけが、この本物を着ているんだ」


しかし、異変はすぐに起きた。

 男がレストランに入ろうとすると、店員が彼を突き飛ばした。

「……え?」

 店員の目には、男の着ている服は「存在しないもの」として映っている。つまり、店員の視点では、男は「全裸」で街を歩いている狂人にしか見えないのだ。


「待て! 僕は服を着ているんだ! 最高級の、本物の……!」

 男が叫ぶが、警察官が駆け寄り、彼を取り押さえる。誰も男の誇り高きロゴを見てはくれない。


調停員は、パトカーに押し込まれる男を眺めながら、静かに呟いた。

「役割とは、他者との共有(共犯関係)によって成立するものです。誰にも理解されない『特別』は、この世界では『無』と同じでございます」


男は独房の中で、誰にも見えない最高級の防寒着に包まれながら、凍えるような孤独に震え続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ