表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/27

『役割の終焉』第4話:【再生の墓標】

その部屋には、かつての栄光の残骸が積み上がっていた。

 壁に飾られた「銀の再生ボタン」は曇り、高価なゲーミングチェアは皮が剥げている。男は、一桁しか動かない同接数(同時視聴者数)の画面を見つめ、酒を煽っていた。

「……何が悪いんだ。俺は何も変わっちゃいない。企画だって、テンションだって、あの頃と同じだ」

 画面には、容赦のないコメントが流れる。

『まだやってたの?』『サムネが古い』『オワコン乙』


彼にとって、自分は「トップクリエイター」という役割アイデンティティそのものだった。それが「過去の人」というレッテルに書き換えられていく恐怖に、彼は耐えられなかった。


調停員は、クロマキー用のグリーンバックの影から、ノイズのように現れた。

 今回の「彼」は、プロデューサーのような派手なジャケットを着ていたが、その顔には表情を司る筋肉が欠落しているようだった。


「人気という名の幻想。および、消費され尽くした役割の残滓。……おいたわしい限りですね。ならば、当方が『最高の全盛期』を、永遠に固定して差し上げましょう」


調停員がアタッシュケースから取り出したのは、小さな、拍動する心臓のような形状のハードディスクだった。

「アーカイブ・フリーズ(役割の永久保存)でございます」


彼がそれを配信PCに接続すると、画面が激しく発光した。


「さあ、お望み通り。あなたの役割は今、この瞬間、最も輝いていた『あの頃』へと逆流し、固定されました」


男が目を見開くと、画面の同接数が爆発的に跳ね上がった。万単位の数字が踊り、チャット欄は熱狂的な賞賛で埋め尽くされる。

「これだ! これだよ! 戻ってきた、俺の時代が!」

 男は歓喜し、カメラに向かって、かつての得意フレーズを叫び、大げさなアクションを繰り返した。


しかし、異変はすぐに起きた。

 彼が「休憩しよう」と席を立とうとしても、体が動かない。自分の意志とは無関係に、口が勝手に「あの頃」と同じジョークを喋り、顔が勝手に「あの頃」と同じ笑顔を作る。


調停員は、モニターの裏側から冷たく告げた。


「役割とは、一度固定されれば、演じ続けなければならない呪いとなります。あなたは今、このアーカイブの中に、生きたまま埋葬されました。……この部屋から出ることは、もう許されません」


画面の中の彼は、狂ったように笑い、踊り、喋り続けている。

 しかし、その瞳だけは恐怖に凍りつき、助けを求めてカメラを凝視していた。

 だが、視聴者たち(それは調停員が用意した、かつてのログの残骸に過ぎない)には、その絶望さえも「最高のリアクション」として消費される。


数十年後。

 廃墟となったアパートの一室で、一台のPCだけが今も動いている。

 そこには、全盛期のままの姿で、しかし精神だけが完全に崩壊し、それでも役割を止めることを許されない「元・人気者」が、虚空に向かって叫び続けていた。


「調停完了。……彼は今も、世界で最も『現役』でございます」


調停員がブラウザを閉じると、そこには砂嵐のような静寂だけが残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ