『役割の終焉』第4話:【再生の墓標】
その部屋には、かつての栄光の残骸が積み上がっていた。
壁に飾られた「銀の再生ボタン」は曇り、高価なゲーミングチェアは皮が剥げている。男は、一桁しか動かない同接数(同時視聴者数)の画面を見つめ、酒を煽っていた。
「……何が悪いんだ。俺は何も変わっちゃいない。企画だって、テンションだって、あの頃と同じだ」
画面には、容赦のないコメントが流れる。
『まだやってたの?』『サムネが古い』『オワコン乙』
彼にとって、自分は「トップクリエイター」という役割そのものだった。それが「過去の人」というレッテルに書き換えられていく恐怖に、彼は耐えられなかった。
調停員は、クロマキー用のグリーンバックの影から、ノイズのように現れた。
今回の「彼」は、プロデューサーのような派手なジャケットを着ていたが、その顔には表情を司る筋肉が欠落しているようだった。
「人気という名の幻想。および、消費され尽くした役割の残滓。……おいたわしい限りですね。ならば、当方が『最高の全盛期』を、永遠に固定して差し上げましょう」
調停員がアタッシュケースから取り出したのは、小さな、拍動する心臓のような形状のハードディスクだった。
「アーカイブ・フリーズ(役割の永久保存)でございます」
彼がそれを配信PCに接続すると、画面が激しく発光した。
「さあ、お望み通り。あなたの役割は今、この瞬間、最も輝いていた『あの頃』へと逆流し、固定されました」
男が目を見開くと、画面の同接数が爆発的に跳ね上がった。万単位の数字が踊り、チャット欄は熱狂的な賞賛で埋め尽くされる。
「これだ! これだよ! 戻ってきた、俺の時代が!」
男は歓喜し、カメラに向かって、かつての得意フレーズを叫び、大げさなアクションを繰り返した。
しかし、異変はすぐに起きた。
彼が「休憩しよう」と席を立とうとしても、体が動かない。自分の意志とは無関係に、口が勝手に「あの頃」と同じジョークを喋り、顔が勝手に「あの頃」と同じ笑顔を作る。
調停員は、モニターの裏側から冷たく告げた。
「役割とは、一度固定されれば、演じ続けなければならない呪いとなります。あなたは今、このアーカイブの中に、生きたまま埋葬されました。……この部屋から出ることは、もう許されません」
画面の中の彼は、狂ったように笑い、踊り、喋り続けている。
しかし、その瞳だけは恐怖に凍りつき、助けを求めてカメラを凝視していた。
だが、視聴者たち(それは調停員が用意した、かつてのログの残骸に過ぎない)には、その絶望さえも「最高のリアクション」として消費される。
数十年後。
廃墟となったアパートの一室で、一台のPCだけが今も動いている。
そこには、全盛期のままの姿で、しかし精神だけが完全に崩壊し、それでも役割を止めることを許されない「元・人気者」が、虚空に向かって叫び続けていた。
「調停完了。……彼は今も、世界で最も『現役』でございます」
調停員がブラウザを閉じると、そこには砂嵐のような静寂だけが残った。




