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08【武林】中

 **江育慎ジャン・ユーシェン**は規則正しく厳格な六扇門(警察)の捕吏だ。毎日鶏が三回鳴くと起き、朝日が洛陽を照らすと同時に巡回を始め、螺旋状に街を回って正午に終わる。


 多くの市民は彼を時計代わりにしていた。日時計が合っているか、小鬼にいたずらされていないかを確認するために。


 洛陽の治安は良く、殺しや強盗は滅多にない。たまに小銭を盗む小ソ泥がいる程度だ。捕まれば拘留され、江育慎に引き渡される。


 事件に大小はない。江育慎は泥棒を連れて一緒に巡回する。人々が一日中働く姿を見れば、大抵の泥棒は改心する。再犯するのは、たいてい体力不足で洛陽一周に耐えられなかった連中だ。倒れても江育慎は引きずって歩くので、余計に辛い目に遭う。


 だが今日は異変が起きた。東西の市場が大騒ぎだ。江育慎が通らないからだ。情報によれば、今日はどこも通っていないらしい。


 江育慎はルーティンを崩されるのが嫌いだが、六扇門随一の使い手とはいえ、お上の命令には逆らえない。最近、洛陽県令の**武宏硯ウー・ホンイェン**の娘がストーカー被害に遭っているのだ。深夜に窓から見ると、街角にフクロウのように佇む人影が見えるという。


 武宏硯は武状元(武術の科挙首席)出身なので自分で守ればいいのだが、公務多忙で手が回らず、腕利きの捕吏に頼んだのだ。


 武宏硯は辺境で功績を上げたが、やり方が過激すぎて敵を作り、居場所をなくして文官に転属させられ、洛陽県令になったという経緯がある。


 令嬢の部屋を見上げ、江育慎は感慨深げだった。


 「似合ってるぜ!」同僚の**方子敬ファン・ズージン**が豪快に肩を叩き、江育慎を痛がらせた。  江育慎は顔立ちが整っているので、べに売りに変装させられていた。背中の籠には猫の絵が描かれた紅の箱が入っている。これが売れるらしい。籠は軽くなく、中には婦人の銅鏡を磨くための砥石が五、六斤(約3kg)も入っている。なぜそこまで徹底的に変装するのか謎だ。いざという時、犯人を追えるのか?


 ここは住宅街で、男は仕事に出ているため、女相手の商売人に化けるしかなかったのだ。


 「お前はいいよな、柴売りになれて」江育慎は白けた目で方子敬を見た。


 「俺だって紅売りがよかったさ!」方子敬は悪戯っぽく言った。彼は顔が厳ついので、煮炊き用の薪を売る柴売りにされたのだ。「お前の客は若い娘ばかりだが、俺の客はオバハンばかりだ。はぁ~~」


 「うるさい。この路地でしか商売できないんだぞ。俺たちが潜入捜査だとバレてないと思ってるのは長官だけだ」江育慎は吐き捨てた。「あっち行け、柴売りと紅売りが仲良くしてたら変だろ」


 ふと、一人の男が狼狽した様子で歩いてきた。顔に「私は怪しい者です」と書いてあるようなものだ。眼光鋭く、武術の心得がありそうだ。職務質問しない理由がない。「旅の方かな? どちらから?」  なぜ一目で余所者だとバレるのか? 台東に行った時もすぐに台北人だとバレた。縄張りに敏感な動物みたいだ。この男は他でもない、頼家から逃げてきたハイゼンベルクだ。


 「ただの通りすがりだ。宿に帰るところだよ」ハイゼンベルクは答えた。この若者は凛々しいが、紅の匂いがする。潜入捜査官か何かか? 厄介な場所に迷い込んだようだ。


 「用がないならうろつかないほうがいい。ここは今、監視下にある」江育慎は言い終わってから、口調が商人らしくないことに気づき、咳払いをした。「さあ帰った帰った! 商売の邪魔だ」


 ハイゼンベルクは軽く頷いて去ったが、心中では推測を巡らせていた。何か事件が起きている。宿で情報を集めよう。もしかしたら本当の「義侠」を行えるかもしれない。


 東市を抜け、朝の茶館の近くまで来ると、銀鈎賭坊の看板が見えた。侠名を上げるもう一つの方法は「悪を懲らす」ことだ。賭場破りをして世直しをするのも悪くない。


 ハイゼンベルクは人の目も気にせず、誰かに先を越されまいと全力で走った。


 実際、先を越されていた。賭場に入ると、そこにいるはずのない三人がいた。  僧侶、道士、書生だ。彼らは賭けもせず、読経し、桃の木剣を振り回し、詩を吟じている。賭場でやってはいけないという法はないが、明らかに営業妨害だ。


 用心棒が追い払おうとしたが、道士の剣幕に近づけない。適当に振っているように見えて、隙がない。一人が無理やり突っ込んだが、木剣で打たれて倒れ、誰も手出しできなくなった。


 ハイゼンベルクは道士と手合わせしたかったが、自分も「道場破り」の身だ、彼らと戦うわけにはいかない。


 大勝ちした客が五十両を僧侶の托鉢に投げ入れようとしたが、道士の剣が邪魔して近づけない。彼らがグルなのは明白だ。


 客は金を投げて言った。「とっとと失せろ! ツキが落ちる!」すると彼らは本当にあっさり引き上げた。


 オーナーの陸元嗣が出てきた時には解決していた。毎回金をせびりに来られたらたまらない。思案していると、また別の集団が現れた。


 県令だ。彼は官服ではなく、鎖帷子に戦袍を纏い、マントを翻していた。場違いだが威風堂々としている。


 「何のご用で? ここは合法ですよ」陸元嗣は慇懃無礼に言った。


 「摘発したいのは山々だが、バックがいるのは知ってる。今日の用件は別だ」武宏硯は言った。「ここはマネーロンダリングの温床だろ? 銀子の捜査に来た」


 「ロンダリング? 銭荘(銀行)じゃあるまいし」


 「説明している暇はない」武宏硯は強硬だ。「部下を見張る人間を用意しろ。後で金が盗まれたなどと言いがかりをつけられんようにな」


 陸元嗣は仕方なく従い、向かいの宿へ情報を集めに行った。ハイゼンベルクもその後を追った。


 宿では顔清浩がまた大声でニュースを話していた。


 何者かが三十の大富豪を連続で襲ったが、被害者は誰も訴え出ない。なぜなら彼らも悪党だからだ(黒吃黒)。


 官憲が動いたのは、謎の印がついた銀子が大量に市場に出回ったからだ。印は鏢局(運送業者兼警備会社)がつけたもので、盗まれた銀子を追跡するためのものだ。その銀子が、大泥棒「飛魚皇」の目撃情報と共に洛陽に流入した。


 県令が賭場を捜査したのは、そこが銀子の交換ロンダリングに最適な場所だからだ。


 武宏硯は公務を執行しているだけで、陸元嗣も文句は言えない。だが商売あがったりだ。陸元嗣は慌てて戻っていった。


 顔清浩が賞金を集めて帰ろうとしたところを、ハイゼンベルクが呼び止めた。


 「東門付近の住宅街で何かあったのか?」


 銀子を握らせると、顔清浩は声を潜めた。「県令の愛娘が狙われてるんだ。俺の友人の**李昌政(リー・チャンジェン/江育慎の偽名?)**も派遣されてる。お粥売りになってるらしいぜ」


 「誰が狙ってるんだ?」


 顔清浩は周囲を警戒してから言った。「俺は裏の情報にも通じてる。あんた、官憲じゃなさそうだね。いいか、俺は六扇門に友人がいるが、情報を流しすぎると裏社会でやっていけなくなる」


 「**何永豪ホー・ヨンハオ**って男が、県令の娘に惚れたんだ。口下手で不細工で臭いから近づけず、遠くから見つめるだけで満足してる。昼は官邸の下働き、夜は街角で覗き見だ。一途なもんだよ!」


 「ただのストーカーじゃねぇか!」ハイゼンベルクは思った。だがこれはチャンスだ。六扇門の目を盗んで何永豪を説得すれば、侠名を上げられる。顔清浩が去り際に見せた怪しい目つきには気づかなかった。


 深夜。


 ハイゼンベルクは昼間の場所で待機していた。何永豪の顔を知らないことに気づいたが、通りには誰もいないので、現れた者がそうだ。


 人影が見えた。ハイゼンベルクは即座に追いかけた。


 相手も驚いて逃げ出した。月下の追走劇だ。相手の軽功は自分に劣らない。だが先を行く者は障害物を先に見る有利さがある。距離は縮まらない。


 廃寺まで追い込むと、人影は消えた。どういうことだ? その時、背中に激痛が走り、見下ろすと胸から赤い金属の先端が飛び出していた。


 もう一度痛みが走り、先端が消えた。


 ハイゼンベルクは目が覚めた。


 隣で妻のアーリンが寝言を言っていた。「河東獅咬拳かとうしこうけんを食らえ……」


 どうやら妻に二発殴られたらしい。


 ハイゼンベルクは思った。「武侠小説、読みすぎたな」


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