06【泥棒】上
黄兪仁の職業はコソ泥(小偷)だが、彼は「大泥棒(大偷)」と呼ばれることを好む。なぜなら彼はトップクラスの怪盗――「飛魚皇(怪盗フライング・フィッシュ)」だからだ。
彼に収集癖はなく、美的感覚も極めて普通だ。盗みをする理由は、ただ盗むという感覚が好きだからに他ならない。高価なものに限らず、価値のないものも盗む。その結果、家の中は物で溢れかえっていた。
全ての物に価値がある、それは盗みの証明だからだ。元々は写真に撮って残すつもりだった。それなら場所も取らない。もっと前は盗んだ物を返していたが、最後には誰も警戒しなくなり、盗みの醍醐味が失われてしまった。
だが物が増えすぎたため、今は一つ盗むたびに一つ置いてくることにしている。置いてくる物の価値は盗む物の六割程度だが、似たような物を置いていかなければ面白くない。適当な代用品が見つからない時は、盗むのを諦めることさえある。
今回のターゲットはあるタロットカードのセットで、持ち主は平凡な家庭だ。簡単なヤマのはずだが、念のために事前の調査は欠かせない。
まずは生活サイクルの調査から。女主人はいつも夫と一緒に出かけ、占い師のところへ入り浸り、夫より遅く帰宅することもしばしばだ。
夫のほうはまともだ。鞄を持って仕事に行く。出かける前はいつも妻に奇妙な服を着せられているが、夫婦仲は良さそうだ。妻は夫の運勢を良くしようと甲斐甲斐しく世話し、それを楽しんでいる。夫は鞄に着替えを忍ばせ、角の喫茶店で着替えているようだ。
この家は一日の大半が無人になる。この都市では誰もが極小の空間で生活している。人が多すぎるのだ。自分の大学生活もそうだった。朝は大学、夜は家。ふと気づけば、誰もがそんな生活を送っている。ある部屋から別の部屋へ移動するだけの日々。
同業者もそうだ。アルセーヌ・ルパンのような痛快な生活ではないかもしれないが、やはりある部屋から別の部屋へ移動するだけだ。他人とは違う存在になりたかったはずなのに、こうして見ると自分も極めて平凡だ。黄兪仁はふと、自分が大泥棒と呼ばれる資格がないように感じた。
盗む感覚を楽しむ以上、黄兪仁は犯行予告などしない。
第一に、堂々としすぎている。盗みとはコソコソやるものだ。警察に待ち構えてもらって、わざわざ難易度を上げるなんて酔狂にも程がある。小説の怪盗は警察と鬼ごっこを楽しむのが好きだし、読者もイケメン怪盗が警察を翻弄するのを見たがるが。
第二に、泥棒は暗闇から相手の一挙手一投足を見守るものだ。予告状を出すのは「早く場所を移して俺に知らせろ」と言っているようなものだ。あるいは、ターゲットが本物かどうかの探りを入れるためだ。本物なら慌てて偽物とすり替えるか、厳重に保護するだろう。
通常、鑑定能力の低い泥棒ほど、こうした小細工を弄する。彼らを責めることはできない。黄兪仁自身、鑑定術を学ぶのに苦労したからだ。微細な違いを見極め、時には機器を使わなければ真贋を判別できないこともある。
例えば天然ダイヤモンドの屈折率は一定(2.42)だと思われがちだが、それだけを基準にはできない。天然ダイヤには不純物が多く含まれており、その不純物こそが光を乱反射させ、眩い輝きを生む。一方、黒鉛を高温高圧で処理した人工ダイヤは純度が高く、屈折率が規則的すぎる。他にも鉛入りガラス、チタン酸ストロンチウム、合成スピネルなどがあり、それぞれ検査方法が異なる。
盗みの最中にいちいち検査機器を取り出すわけにはいかない。盗む前に捕まってしまう。しかも現行犯だ。「捕まえないでくれ! 実験が好きなだけなんだ」と言い訳でもするのか?
今回のターゲットはテレビ横の飾り棚の中にあり、心配性の主人がさらに金庫に入れて保護している。チャンスはいくらでもあった。観察を始めてから、すでに四十七回は盗めたはずだ。
まだ盗んでいないのは、中に本当に入っているか分からないからだ。一般のコレクターは滅多にコレクションを取り出さない。金庫を開けて確認するのは簡単だが、それは「確認」であって「盗み」ではない。純粋な盗みの快楽を雑味で汚したくない。黄兪仁はこの点に関しては神経質だった。
そこで彼は一計を案じた(投石問路)。彼は簡単にリビングに侵入し、金庫を指で弾いてから、余裕を持って立ち去った。
人は偶然を信じない。ロトくじで二回連続同じ番号が出るのを信じないように。今こそ夫のスケジュールを探る時だ。泥棒が金庫を動かしただけで何も盗まず、しかもスケジュールまで聞き回るほど間抜けだと誰が思うだろう?
あまりに露骨な行動(司馬昭の心)は、かえって疑われない。黄兪仁はその心理を利用した。仮に信じられても構わない。経験上、三ヶ月もすれば警戒心は薄れる。
カップ麺を三分待つ人もいれば五分待つ人もいるように。経験則では三ヶ月だが、黄兪仁は四ヶ月待つのが好きだった。
夫のようなサラリーマンなら、勤務先で聞き込みをすればスケジュールはすぐに分かる。聞き回っていることが本人の耳に入るだろうが、それも計算のうちだ。
黄兪仁は双眼鏡でターゲットの挙動を監視した。夫の反応は予想以上に大きく、盗みたい物が確実に中にあると確信できたが、それはもう少し待たなければならないことを意味していた。
待つことも楽しみの一つだ。今回の仕事は簡単だが、待つ過程にも楽しみはある。どんな手口で盗むか、どんなテクニックを使うか、夫婦がどんな驚いた顔をするか、想像するだけで楽しい。
そして決行の時が来た。長い仕込みだった。ここ以外にも、ローマ教皇の十字架や、有名作家の手書き原稿など、盗みたい物は山ほどある。これらは黄兪仁にとっては無用の長物なので、ネットオークションに出品する。ネットは何でも買えるし何でも売れる、何もおかしくない世界だ。売れ残ればそれまでだ。今回は同時に多くの仕込みをしていたので、この家のことを忘れかけていた。
盗みは夫婦共に留守の時を狙う。そのほうが時間をかけられるからだ。帰宅直前を狙うと手忙しくなり、黄兪仁は過去に二、三度そういう経験をして懲りていた。
彼はマンションに潜入し、暗がりに隠れた。腕時計を見る。あと三分で夫が出かける時間だ。長期の観察により、秒読みできるほど正確に把握していた。
「5、4、3、2、1……」ドアが開かない。黄兪仁は続けた。「1/2、1/4、1/8……」
「ガチャ!」ドアが開いて閉まる音がした。出かけたようだ。換気窓から夫がマンションを出て行くのが見えた。鞄を持ち、赤いスカーフを巻いた背中が遠ざかる。今回の格好はまともそうだ。ミッキーマウスの着ぐるみを着ていれば車に轢かれる心配はないが、普通の服のほうが縁起がいいのかもしれない。
妻の姿は見えなかったが、換気窓は小さく死角も多いので、黄兪仁は気にしなかった。
部屋に侵入すると、奇妙な違和感を覚えた。遠目に見ても変わった家だったが、中に入るとその異様さは筆舌に尽くし難い。黄兪仁は思わず「変人め」と毒づいた。
彼はターゲットへ直行し、警察が使うようなプラスチック手袋をはめた。典型的な金庫だ。医師用の聴診器を当て、ダイヤルを回して「カチッ」という音がすれば正解だ。
その音は音楽のようだった。彼は難なく金庫を開けた。中のタロットカードを取り出し、特製のカードを置けば取引完了だ。あまりに簡単すぎて、一抹の不安がよぎった。
彼は頭を振って錯覚を振り払った。
立ち去ろうと振り返った瞬間、椅子に座った女主人が冷ややかにこちらを見ているのに気づいた。黄兪仁が驚いたのは彼女がそこにいたことではなく、彼女の胸にナイフが突き刺さり、血が流れ続けていることだった。明らかに死んだばかりだ。
泥棒にとって逃走時間は貴重だが、ここは殺人現場だ。少しでも痕跡を残せば、警察は泥棒が犯人だと断定するだろう。
黄兪仁は盗みの証拠を残したくなくなったが、それは些細なことだ。まずは血を踏んでいないか確認する。幸い踏んでいない。彼はこの家のセーターを手に取り、摩擦で静電気を起こして床の埃を攪乱し始めた。
警察はアルミホイルと静電気を使って埃を吸着させ、足跡を採取する技術を持っているからだ。
警察のデータベースには飛魚皇の前科が多数あり、何度か方子敬という刑事に捕まったことがある。幸い、護送中や刑務所内の管轄は彼ではないので、脱走は容易だった。でなければ今頃、刑務所で他の囚人の物を盗む「泥棒の共食い」で禁断症状を抑えるしかなかっただろう。
指紋や繊維、どれも犯人を特定する証拠になる。触った物にはDNAが残る。黄兪仁は今、猛烈に腹が立っていた。天下の「飛魚皇」が、殺人犯のために証拠隠滅を手伝う羽目になるとは。床の埃は顕微鏡でも使わない限り敵味方の区別がつかないので、まとめて消滅させるしかない。
セーターで作業していると、耳障りなサイレンが聞こえた。パトカー三台がマンションの下に到着したようだ。考えるまでもなく、犯人が通報したのだ。自分を身代わりにするために。
黄兪仁は罵った。「クソッたれが!」




