第六十三話
無事に学院祭の準備は順調に進んでいます。……今のこの空気は気まずい以外の何物でもありませんが。
目の前にいる桜色の長い髪をなびかせ、黄色の瞳でこちらを見てくる女子生徒。
「……えっと」
「フルシュ公爵家のフロルです」
フルシュ公爵家。我が国にある公爵家の一つで、フロル様はお兄様と同じ三学年。そして、お兄様の婚約者候補です。
突然教室に来て、私たち三人を連れてガゼボでお茶会をすることになりました。アイト卿も来ようとしていましたが、フロル様が何かを言って追い返していましたね。……アイト卿、昔からフロル様が苦手でしたからね。
「お会いするのが遅くなり、申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。フロル様がお忙しいのは分かっておりますから」
お兄様の婚約者候補であり、公爵令嬢なのもあり、昔から交流があります。シグニほどではありませんけどね。だからこうして会うのは不自然ではありません。問題は、何故今なのか。
「それで、お話とは? 防音魔法も張りましたので、周りには聞こえませんよ」
「……母が、学院祭のときに気をつけろと」
……フルシュ公爵夫人が、ですか。それはまた面倒なことになりそうですね。
フルシュ家が公爵家である所以。それは、その家が受け継ぐ能力です。夢見——未来予知、とでも言いましょうか。代々長子に発現し、国のためにその力を使ってきた一族。だからこそ、男女関係なく長子が爵位を継ぐ、少し変わった一族でもあります。
「詳しいことは?」
「女狐が何かを仕掛けるということしか」
酷い言われようですね。バカだアバズレだとルーチェが言っていたのは聞いたことがありますが、次は女狐ですか。個人的にはあの人は女狐というより、人を騙す化け狸だと思うんですけどね。
「それだけ?」
「本題はそれだけです」
「……アイトが来たらダメなのよね?」
「そうですね」
何か男性がいると言いにくい相談でもあるのでしょうか。もしくは、単純にアイト卿が嫌いとか……。フロル様とアイト卿に関しては、あり得るんですよね。昔から顔を合わせる度に言い合いをしている気がします。
……さすがにないと思いたいですがね。普通に考えれば、婚約者候補として何か不安があるなどでしょう。アイト卿は面白そうという理由ですぐに報告するので、いたらまずいんでしょうね。
「アイト卿というより、皇太子殿下に対してです」
「……お兄様に?」
「はい。あのバカは絶対に皇太子殿下に言うので、聞かれるとまずくて」
予想通りですけど、フロル様。令嬢の仮面が取れていますよ。防音魔法は張っていますが、一応学院の敷地内なので、抑えてください。
何やら本当にお困りのご様子で、私たちもつい黙ってしまいます。吹いていたそよ風もピタリと止み、木々の隙間から零れる陽の光がやけに目立っています。
「……その、婚約者候補として、定期的に手紙をやり取りするんですが」
「あぁ、ありますね」
お兄様は自分から会おうとしませんし、フロル様ともう一人の婚約者候補であるご令嬢も、お兄様との婚約を考えてはいません。十分な権力があるため、無理に皇族と婚姻する必要がありませんから。家門のバランスを考えても、婚約者候補になっているけれど婚約者になることはない。そうお兄様から聞きました。
それを聞いた当時のルーチェは駄々をこねていましたね。どちらかがお義姉様になると思っていたので、それはもうすごかったですよ。中庭でお兄様たちに大抗議をした上で、シグニはどうなんだと大騒ぎでした。
皇族に嫁ぐか、皇族が嫁ぐかはかなり変わりますからね。当時そんなことを説明されても、理解する頭は私たちにありませんでしたが。
「手紙で何かあったんですか?」
「……あの人、自分のことを書くという考えがないみたいでして」
「……はい?」
「毎月毎月、何十枚も送ってくるかと思えば妹たちが可愛いだの皇女殿下たちが何をしていただのと……。あの人の頭の中どうなっているんですか!」
……予想の斜め上をいかれたのですが。えっと、お兄様? 何がどうしてそうなったのかは分かりませんが、普通妹たちのことを婚約者候補に手紙で教えますか? 迷惑になることくらい分かりますよね?
「お兄様自身のことは」
「一切書かれていません」
「聞かなかったんですか?」
「聞いたら妹たちの近況ならと何故か増えました」
……何しているんですか、お兄様。恥ずかしいからやめてください。普通婚約者候補に送る手紙に妹のことは書きません。書くとしても少しでしょう。丸々自分以外のことを書いてどうするのですか。




