第四十七話
一分だったのか、もしくはたった数秒だったのか。定かではありませんが、とても長かったように感じます。ようやくお父様が離してくれて顔を見上げると、嬉しそうな顔をしているのに、どこか寂しげな、泣きそうな顔をしています。
お父様の髪が風に揺られ、はっきりと目が合います。お兄様の瞳の色とはまた違う黒。黒曜石のように、紫が星のように鏤められている。そんな瞳。とても久しぶりに見た、大好きな色です。
「……お見苦しいところをすみません」
「いいよいいよ。久しぶりの親子の時間なんだろう? 我らが主も喜ぶさ」
【時守】様は優しい笑みを浮かべ、そう言ってくれます。
……確かに、そうですね。久しぶりだと思います。会うときは皇帝と皇女の立場が多く、ずっと親と子として会うことはありませんでしたね。食事は共にしますが、会話もありませんし。
「それで、何故庭園に?」
「頑張ったって聞いてね。ご褒美、とまではいかないだろうけれど、今じゃあ見られないものを見せてあげるよ」
「やるのは俺だっつーの」
【幻音】様はいつから持っていたのか、銀色の細長い笛――フルートを口元に添えました。魔法で出したのでしょうか。けれど、魔法を使った際の空間の歪みなどはなかったはず。謎ですね。
フルートが奏でる透き通った高音が、静まり返った庭園に響き渡ります。音に合わせて草木が揺れ、まるで歌っているようです。
「……え、これ」
「精霊だな」
ポツリ、ポツリと宙に浮かび上がってくる小さな光たち。【精霊の愛し子】のみが見ることのできる存在、精霊。けれど、全員が見えている? 何故。精霊たちの姿は見えないのでは。
「かつて、精霊は人と共に暮らしていた。けれどある日を境に姿を見せなくなった。……人間に見えないように、魔法で姿を消しているんだ」
「……じゃあ、今見えてるのは」
「言ったろう。ご褒美だって。精霊の中でも上位の奴に話をしてね。君たちなら大丈夫だろうと、みんな見せてくれてるんだよ。それに、君たちは特別だからね」
相変わらず、規格外と言いますか、やることなすこと全てが普通から外れていますね。それに、特別ってなんですか……。妙に引っかかります。それに――
『お前は特別な子だよ』
昔、誰かにもそう言われたような気がします。
精霊たちは私たちの方に寄って来て照らしてくれます。温かい光。この中には、生まれたばかりの子も、何千何万年も前から生きている子もいるのでしょう。近づいてくる子は人が珍しく遊びたい幼い子。遠くで見ている子は人を観察し危険かどうかを確認している昔からいる子。
《なるほど。不思議な子らだな。あの子の気配を感じる》
一際大きく光る精霊。緑色で、その精霊を中心に風が吹いています。魔力量も、存在感も、他の精霊たちとは違う。温かい、けれど冷たい矛盾した魔力。
《懐かしいものだな。あの子の血は、まだここにあると言われているようだ。……まだお前は、ここに囚われているのだな》
声色はとても優しい。けれど、どこか棘があります。「あの子」とは、誰なのでしょうか。それに、囚われているというのは?
疑問はあれど、聞くつもりはありません。どんなことがこの方の逆鱗に触れるか分かりませんから。
「……最上位精霊」
お二人が話をした相手というのは、この方ですか。
最上位精霊を見たという人物は、ここ数万年の間一人もいません。それが今、目の前にいる。全て見透かされているような怖さ。けれどどこか安心する温かさ。自分の選択を信じろと言われているようです。
……それでもやはり選べないのは、私が弱いからですかね。誰かのせいにしてしまえたら、この責任を誰かに押しつけられたら、どれほどいいのでしょうか。




