第四十話
「……それは、確か、なのか?」
「確実にそうとは言い切れません。けれど、魔塔で同じものを嗅いだ記憶があります」
【深淵】様に覚えておくように言われましたが、それが役に立ちましたね。とてもいい匂いですが、甘すぎるんです。甘ったるい、嗅ぎすぎると気持ち悪くなるほどの。検査をしていないのなら、採血と魔法で確認をしましょう。二重で検査した方が安心ですから。
「魔法でって、誰がやるのよ」
「私ですけど?」
「当たり前のように言ってますけど、あなたは被害者で今から加害者のところに行こうとしていること、分かってますか?」
被害者だろうと加害者だろうと関係ありませんよ。オルコス卿は幼馴染みですし、もし私の予想が正しければカレも被害者。情状酌量の余地があります。大切な友人を助けないと。……オルコス卿は、そう思っていなかったようですけどね。
「……無理はするな。震えている」
……お兄様には、敵いませんね。正直に言えばとても怖いですよ。手の震えが治まりません。けれど、私が行かないといけませんから。
「被害者である前に、私は魔術師ですから」
いつまでも怯えているだけではいけないと分かっていますから。ずっと嫌なことから逃げ続けていましたが、今回ばかりはそうはいきませんしね。私がやらなければ、【時詠み】様たちが来るのでしょう? そうなれば建国祭どころではありません。各国から来てくださった方々にも説明しなければいけませんしね。
「決めましたから。もう逃げないって」
だから大丈夫です。ちゃんとやりますよ。安心してください。
* * * *
嘘が下手なのは、相変わらずね。大丈夫と言っているけれど、震えているのは嫌でも分かる。一言、怖いと言ってくれればいいのに。誰も責めない。分かっていても、ルシアの中では、別の恐怖が勝ってしまうんでしょうね。
オルコス卿のいる薄暗い地下牢。地上の光は届かず、灯りは小さなランプだけ。地下だからなのか、八月だというのに少し肌寒く感じるわね。
入るとき、当たり前というべきか、やっぱりというべきか。ルシアが少しだけ足を止めた。目を閉じて、息を吸っている。怖いのは当然。本来ならベッドで安静にしている立場なのだから。こうして会いに行くのも、本音を言えばやめてほしいくらいなのに。
「ルシア様!! ようやく会いに来てくれたのですね」
さっきまで壊れた操り人形のように動かず、生気を抜かれたように脱力していた。なのに、ルシアが来るとこれなのね……。まるで生きる意味をもらったかのように動き出し、鉄格子を強く握る。ギチギチと音が聞こえてくる。これ、壊れないわよね? 壊れるかもしれないと思うほど、嫌な音が鳴っているのだけれど。
「大丈夫なのか」
「魔力封じは着けています」
つまり、素の力なのね。オルコス卿ってそんなに握力あったのね。全然知らなかったわ。……いや、剣を振り回せる時点であるのか。アイトは脳筋だから分かりやすいけれど、オルコス卿は頭脳派だから忘れるのよね。
「……あぁ、やっぱり匂いますね」
「ルシア様……?」
ルシアは屈んでオルコス卿の方を見たかと思えば、すぐに立ち上がる。匂うってことは、そういうことなのね。いったい、どこでそんなものを手に入れたのか。……いえ、盛られたのかしら。どちらにせよ、オルコス卿らしからぬ失態ね。
「下がっててください。魔法を使うので」
念のためなのか、魔法を使うのね。なんの魔法なのかさっぱりだけれど。ルシアの手のひらに小さな魔法陣が現れ、オルコス卿の足元にも現れる。リンクしているのかしら。同じ魔法陣ね。
淡い紫色の光が辺りを漂う。冷たいけれど、どこか温かい矛盾した光。ルシアの魔力が可視化されたもの。魔法を使うときに漏れ出る魔力量は人それぞれ。今日は多い気がする。オルコス卿以外にも、周囲に何かないかを見ているのかしら。
少しすれば魔法陣が消える。終わったのかしらね。もう少し真面目に魔法の勉強しようかしら。何も分からないわ……。
「……あぁ、なるほど。この方でしたか。へぇ……」
「何か分かったの?」
「まぁ、盛った犯人くらいなら?」
……それは、くらいと言っていいものではないと思うのだけれど。




