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第三十九話




 声が聞こえます。聞き慣れた声、安心する声が、私の名前を呼んでくれている。ゆっくりと、意識が水底から浮き上がってくるような感覚になる。呼んでくれているのは、きっとルーチェたちです。分かりますよ。だって、友だちですから。


「……ルー、チェ……」

「ルシア!」


 目を開ければほら。ルーチェが手を握ってくれています。シグニとエルピス伯爵令嬢もいて、心配そうにこちらを見ている。心配させてしまいましたね。迷惑もかけてしまいました。

 ルーチェに支えられて身体を起こすと、アイト卿とお兄様もいました。なんだか、不思議ですね。お兄様が部屋にいる。それだけで安心できます。自分でも、頬が緩んだのが分かります。

 頭を強く打ったのか、ズキズキと痛みます。前後の記憶が曖昧です。確か、オルコス卿が来て、話をされて……。それから……。


「……オルコス、卿は?」

「……兄貴なら、今は牢にいるよ」


 お兄様が詳しく教えてくれました。どうやってあの場所を突き止めたのか。何故オルコス卿が犯人だと分かったのか。

 オルコス卿はどうやら、あの事件の模倣をしていたようです。同じ手口で、同じ場所。いくつも証拠が残っており、現在は牢に入れられている。

 何がしたかったのでしょうか。彼の言っていたことを思い出しても、どうすれば今回のことに繋がるのかが分かりません。何より、考えたくないです。オルコス卿が、あんなことをしたと。まだ、彼を犯人だと思えない自分がいます。殺されかけたのに、何故でしょうね。

 ……オルコス卿らしくない失敗。普段の彼ならば、証拠を残すことも、かつての事件を模倣することもしないはずです。何より、あのときに嗅いだ匂い。昔、【深淵】様に見せていただいた資料に書いてあった症状。あれはきっと……。


「……お兄様」

「なんだ」

「オルコス卿といた人たちはどうなりましたか?」


 ふと気になり、聞いてみます。オルコス卿が頼ったということは、それなりの手練れだったはずです。しかし、お兄様たちは顔を伏せてしまいます。何か、あったのでしょうか。


「……死んでいた。魔法で死体を動かしていたと、オルコスが言っていたよ」


 ……何を言われたのか、しばらく理解ができませんでした。だって、それはオルコス卿が殺したことを意味していて。それに、オルコス卿の魔法属性は【光】です。死体を操ることなど、できるはずがありません。


「何かそういう魔法はないんですか?」

「……ありますが、人間が使えるものではありません」


 死体を操る魔法。存在はします。けれど、使えるはずがないのです。その魔法は、神の加護を持つ者でなければ不可能。そもそも、資料がなく、加護を持っていたとしても使えないはずです。


「……死体ではなく、モノを操る魔法は?」

「モノですか?」


 それならばありますよ。魔力でできた糸を付けて自在に操る。けれど、繊細なコントロールが必要なので、使う人はいません。かなりの集中力が必要ですし。


「オルコス卿がそれを使った可能性は?」

「ないと思いますが……」


 効率が悪いんです。魔力を糸状にするだけでも慣れるまでに時間がかかります。そこから細さを一定にする。モノを動かせるようになる。何より、そんなことをするよりもモノを浮かせてしまった方が楽ですから。

 繊細な魔力コントロールと集中力。それが、あのときのオルコス卿にあったとは思えません。こちらを見ているようで見ていない。何かに取り憑かれているような不気味さを感じました。それに……。


「お兄様。オルコス卿の採血などはしましたか?」

「していない」

「何かあったの?」


 ……勘違いであってほしいです。けれど、あのとき感じた甘い匂い。オルコス卿らしからぬ行動。可能性はあります。

 信じたくない。オルコス卿が使うはずがない。彼のことは、昔から知っている。そんなことをする人ではない。けれど、あのとき微かに感じた匂いは――。


「……オルコス卿が、違法薬物を服用している可能性があります」


 どうか。どうか、私の勘違いであってほしい。オルコス卿が自分の意思で使ったのではないと思いたい。誰かの陰謀に巻き込まれたのだと。そう思いたいです。






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