第三十二話
お祭りは想像以上にいろいろなものがあります。右を見れば焼き菓子の香ばしい匂いが漂ってきますし、左を見れば一つ一つが丁寧に作られたアクセサリーが売られています。少し前を見ればまた別のお店があり、街の至るところで人々が賑わっています。
「お祭りとか、いつぶりかしら」
「昔一回来て以来かな」
「……来ましたっけ?」
あれ、今回が初めてじゃありません? 少なくとも、私の記憶だと、自国のお祭りは初めてなんですけれど。他の国のお祭りには魔術師として参加したことはあるんですけど……。あれ、私が忘れているだけですかね。けど、忘れているとは思えないんですよね。ルーチェとシグニとの思い出はしっかりと覚えている自信があるんですが……。
「……まぁ、かなり昔のことだからね」
「そうね。もう十年も前のことだし、私もどんなことをしたか覚えていないもの」
……何か忘れているような気がします。なんだかモヤモヤします。そのうち思い出せますかね。今はそんなことよりお祭りです。ルシアとしてお祭りを楽しめるのなんて、何回あるのか分かりませんからね。
「そこのお嬢ちゃんたち、飴食べるかい?」
「これが飴ですか!?」
露店の店主に声をかけられて見てみますが、驚きです。蝶やイルカ、四葉など様々な形と彩りです。これが飴でできているなんて……。すごいです。職人技というやつですね。複雑な形もできるのでしょうか。
「形さえ分かれば作れるよ」
「百合もできたりしますか?」
店主さんはもちろんと言って作り始めます。作る工程も見せてくれるようで、鍋の中で溶けていたものに着色していき、迷いなく形を成していきます。ほんの数分で綺麗な白百合の完成です。
「はしゃいでますね」
「まだ序盤も序盤だけれど、大丈夫かしらね」
食べるのがもったいないです。けど、食べないのももったいないです……。なんとか保存する方法は……。そういえば、保存魔法がありましたね。それをかけて部屋に飾ればいいのでは? あぁでも、店主さんが気持ちを込めて作ってくれたものを食べないのは不敬なんじゃ……。
「飴細工でこんなに表情が変わるんですね」
「ルシア、他のお店も回るんだろう? お祭りの間はやっているはずだからまた来よう。あと、魔法で保存はダメだから食べなさい」
パクリと一口食べますが美味しいです。普通の飴でしょと言わないでください。こういうのは気持ちの問題なのです。いつも食べているものよりもたまに食べるものの方が美味しく感じるのと同じなんです。
その後もいろいろなお店を回ります。基本は私が気になって足を止めて皆で見る感じですけどね。お母様たちへのお土産も買えましたし、思わぬ収穫もありました。まさか骨董屋に珍しい魔道具があるなんて……。使用するために使う魔力量が多いので持ち主に巡り会えなかったそうです。どれだけ貴重なものでも、使えなければ宝の持ち腐れ。ここで見つけられたのは運命ですね。
「たくさん買いましたね。みなさ……」
後ろを振り返ると、ルーチェたちがいません。それどころか、さっきまで聞こえていたはずの賑わう人の声も、楽器の音もない。人も見当たらず、まるでこの空間だけが、世界から切り離されたように静まり返っている。
「……!」
嫌な予感がして振り返ったときには、もう遅かったです。大柄な男が四人。着ている服は少しくたびれていて、影で顔がよく見えないけれど、私を見て笑っています。そのうち一人は私の真後ろにいて、大きな木材を振りかぶっていました。魔法で防御しなければ。そう思っても、あまりにも突然のことで身体は言うことを聞かない。魔力は使える。魔法封じの結界が張られているワケではない。私一人でこの人たちを倒せる。魔法ではなくても、魔力でこの人たちを圧倒できる。私は、魔術師なんだから。
魔法で攻撃しようとした瞬間、不意に違和感を覚えます。魔力が感じられない。誰にでも流れている魔力がない。そんなこと、あり得るはずがない。その違和感への恐怖が、この状況への恐怖が、身体を動かすことを躊躇わせる。ルーチェたちは無事なのか。私のように別々になってしまったのか。もし私が抵抗してルーチェたちに危害が加えられたら? この人たちはいったいなんなの? 操られている? だとしても魔力が感じられないのはおかしい。それに、この人たち、音を出していない。呼吸音も、衣擦れの音も。絶対に、人は何かしらの音を出すというのに。
頭をグルグルと巡る思考のせいで、反応ができませんでした。魔力操作も不安定になり、攻撃を受けてしまう。身体が地面に倒れ、動こうとするのに、言うことを聞かない。何かが流れていく感覚がする。頭がズキズキと痛む。
最後に聞こえてきたのは、耳にこびりつくような男たちの声。はっきりとは聞こえない。けれど、少しだけ、確かに聞こえてきたのは――。




