其の三十六『焦燥感』
前回のあらすじ:シリアス、以上。
溝呂木との邂逅から一週間、庭園の守り手はずっと慌ただしいままだった。
ようやく敵対組織の存在や目的が分かったのは喜ばしいが、それ以上にその敵対組織のメンバーが接触してきたことが問題だった。
向こうが接触してきたということは、向こうが何かしらこちらに対して優位に立っている点があるからだ。
今のところ、庭園の守り手側は楽園側に対して後手に回っている状況である、しかも向こうの狙いは何も一つに限らず、庭園の守り手は「イヴ」という最重要機密も守らねばならない。
庭園の守り手内は、ピリピリしていた。
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「香月君、ちょっといい?」
「あぁ、うん」
ある日の放課後、琳はセラスに呼ばれて互いの動きの確認などを行っていた。
まだ回数こそ少ないもののすでに二人のタッグは実戦で投入されており、涼曰く「訓練より実践の方が感覚掴みやすいだろ」とのこと。
それで二人は今、互いの武器の特性や戦い方のスタイル、連携の合わせ方などを度々話すようになっているのだが――――
「なんだか、落ち着きませんね」
「まぁ……あんなことあったばかりだしね」
先の一件からずっと支部のどこにいても緊張感があるためなかなか落ち着いて話すことが出来ないでいたのだ。事情が事情だけに、仕方ないことなのではあるが。
「そう言えば、香月君はその溝呂木という男と会ったのでしたっけ?」
「……うん」
「ついでにお話も?」
「うん、案外紳士的な人だったよ。時々狂うけど」
「怖くはなかったんですか……?」
「………さぁね」
「さぁねって……」
「あの時はその場を凌ぐことだけで精一杯だったから、正直あんまり覚えてないというか、不思議と落ち着いているっていうか」
「……強いのですね」
「アドレナリン先輩のおかげだけど」
二人は雑談を交えながらもタッグバトルの戦法などを考えようとしたが一度集中力が切れるともうどうしようもない。
そのため今回はお開き、時間はまだ午後五時前、セラスはもう少し残って任務があるかどうか待つというので琳も少し待つことにした。
エントランスでは栞がいつものことながら忙しなくキーボードを叩いていた。
と、栞は琳のほうを見て「立花さんがお呼びです」と琳に伝えた。
琳は慣れたようにエントランスからラボラトリへと降りていき立花を呼んだ。
「立花さーん!」
「ごめーんその辺座っておいてー」
「……大変そうですね」
「今までが平和だったからね………っし!」
琳が来るときにはすでにバタバタしていた立花、琳が来る前からなにやら慌ただしくしていたのだろう。
今回の要件に関しては琳もそれなりに予想は出来ている。
先日の溝呂木との会話、そしてきっとイヴの事についても幾らか話されるだろうと琳は読んでいた。
「まぁ大体わかってると思うけどー」
「えぇ大体は」
「んじゃまずは溝呂木と会った時の感想、どうだったー?」
「……あんまり覚えていないんですよね、あの場を凌ぐのに集中してて、アドレナリンも出てましたし」
「そんなことだろうと思った、実際楽園についての情報はあれから少し集まってきてるから」
「早いですね」
「伊達に秘密組織じゃないから。そんでまぁ今から話すのは他言しないように、おーけー?」
「オーケーです」
琳に確認を取って立花はパソコンにログインして一つのフォルダを開きその中にいくつもある動画ファイルの中から一つをダブルクリックした。
立花は動画が始まると同時にスペースキーを押して一時停止して、ポケットからイヤホンを取り出してイヤホンジャックに端子を差し込み片方を琳に「ん」と渡した。
先に立花が自分の左耳にイヤホンを着けたため琳は右耳にイヤホンを着けた。
「今から見せる動画は万一セラスに聞かれたら困るからな」
「……困る?」
「見りゃ分かる、再生するぞ」
「は、はい」
立花はもう一度スペースキーを押して一時停止状態の動画を再生した。
それが始まると同時に、イヤホンからは物が壊れる音や人の叫び声などの阿鼻叫喚が耳を劈いた。
人々が逃げ回り、そのうちの何人かが立ち向かっていっている様子が映っていた。
「これは?」
「欧州支部が襲撃された時の映像だ」
「襲撃……?」
「うん、欧州支部は今も残っているけど過去に一度だけ襲撃されたことがあるの」
「その時の映像がこれ、だと」
「そ。それで、見せたいやつが……っと」
立花はシークバーを調節してお目当ての映像のところまで持ってきてその手前辺りから再び再生した。
立花が「ここから」というので琳はそれを食い入るように見た。
そのシーンに映っていたのは、多数の魔物に襲撃されて火の手が回っている欧州支部内に魔物と共に行動していたとある男の姿。
それ即ち――――
「今のっ!」
「分かったー?」
「……溝呂木」
そう、紛れもなく先日会ったばかりの楽園メンバーであり紳士的な立ち居振る舞いを見せた男。
溝呂木が、スーツ姿でそこに立っていたのだ。
その時の溝呂木の行動は、
「……これ、何か口が動いているような?」
「鋭いな。私もそう見えている」
何かに向かって語りかけている様子だった。
体の向きや目線からして自分より背丈の低い者に話しかけている様子だったが、残念ながらカメラの範囲外で誰に話しかけているのかは分からなかった。
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「来栖さん」
「はい、なんでしょうか?」
「香月君が先日会った、溝呂木という男についてなのですが」
「はい」
「音声を録音したと聞きまして、良ければお聞かせ願えないかと」
「えぇ、いいですよ」
琳が去った後、セラスは栞の側に行き、琳と涼が溝呂木と話していた時の録音データを聞かせてほしいと頼んだ。
栞はそれを拒まず、自分の隣にセラスを来させて音声を小さめの音量で流した。
「…………」
セラスは一言も発さず、動画でもないのにモニターに食い入るようにして聞いていた。
音量が低すぎるというわけではないのだが、セラスはそうしていた。
やがて音声が終わるとセラスは「ありがとうございました」と言って栞に礼をした。
「あの、今のところ任務はありますか?」
「いえ、今のところはありません」
「でしたら、私は家に帰ります。香月君に私は帰ったと伝えておいてください」
「分かりました、お疲れ様です」
「お疲れ様でした」
セラスは荷物を持って、エレベーターを待った。
「………やっぱり………」
「何か言いましたか?」
「あ、いえ、独り言です」
今のエントランスはほとんど人が居なくて静かなため、ただの独り言でも多少ならば微かに聞こえる。
栞に何か言ったかと聞かれたがセラスは何もないと嘘をついた。
そうしてそのまま、セラスはエレベーターに乗って上へあがっていった。
ドアが閉まる直前、セラスは何処か悲しげな顔をしていた。
セラスになにかあったのでしょうか……




