其の三十五『楽園と庭園』
前回のあらすじ:敵対組織の一員登場
庭園の守り手が慌てふためき騒然としている中、琳と涼は慎重にかつ臨機応変に溝呂木と話を交わしていた。
慎重に立ち回る二人を嘲笑っているのではないかと思うくらいに溝呂木は、まるでご近所さんと世間話をしているくらいの雰囲気で二人と話している。
きっと溝呂木は今自分が優位に立っていることを確信している、無論それは琳と涼だって分かっている。
楽園側の素性があまり分からない以上、庭園の守り手側はあまり下手に動けないのだ。
「お前らは一体何が目的だ?」と涼が尋ねる。
「人間の進化のために」と溝呂木が答えた。
人間の進化、つまりは狂化細胞や開化細胞を今いる全ての人間に移植させようとでもいうのだろうか。
「狂ってる」と琳が呟くと溝呂木がしわがれた見た目通りの紳士的な笑い声でさぞ楽しそうに笑った。
「いやはや、今更そのようなことを言われるとは思いませんでした」
「人類の進化ってことは、対象は人類全てなんだろ?」
「つまりあなたたちは人類全てに開化細胞なりを移植させると?」
「素晴らしい、見事です香月様」
「やっぱり狂ってる………第一、そんなこと本当に出来るとでも――――」
「――――出来ますとも」
溝呂木は琳の言葉にやや食い気味でそう答えた、ハッタリかと思ったが溝呂木の顔を見るにそういうわけではないようだ。
一体、そんなことどうするというのか。
そんなことを考える琳の顔を溝呂木はじっと見てニヤリと笑う。
「香月様、貴方はもう、お気づきのようですね?」
「何がだ?」
「とぼけないでくださいよ、人類全てに細胞を移植する方法ですよ」
「……イヴだろ」
琳がそう断言すると溝呂木は愉快そうに高笑いを上げた。
先ほどまでのジェントルマンのイメージとはあまりにかけなはれた笑いをだ。
溝呂木は「これは失礼」と咳払いをして琳に何故そう答えたのか理由の説明を求めた。
「――――まず第一に、細胞を移植させるためには相当のコストがかかる。細胞を培養するのにも、それを維持するためにも。だが細胞の培養に関しては、適合者の中でも特異体質である再生者の体質を応用すれば半永久的に単一の人物または物体から時間さえ少しおけばいくらでも採取できる。維持費用に関しては再生者を管理できさえすればコストはそこまでかからない」
「なるほど、それで?」
「第二に、今の問題が解決しても今度は移動するためのコストがかかるし、何より初対面の人間をコントロールするというのは難しい。無論コツがあればそれは例外だが万人に通用するわけではない」
「ほうほう」
「そこでお前らは……俺の考えが正しければ、世の中を脅かす存在としてこれから敵視されるような行動をするだろう……」
「敵視される存在……ですか」
「でも本当はその逆だ」
琳がそう言うと涼は驚いた顔をして「逆……?」と言った。
確かに今の琳の話なら世界に仇為す組織として辻褄が合うはずだ、世界に仇為す組織になろうとするのであれば。
だが現状、庭園の守り手も楽園のどちらも世界どころか常識外の存在となっている。
つまり――――
「――――つまり庭園の守り手も、楽園もこれからの行動次第ではどっちもが世界の敵として見られる可能性があるということだ」
「素晴らしい………実に素晴らしい!! 我々の考えをここまでこの一瞬で考察できるとは!」
「考察ついでに、あんたらが最初に取り掛かる行動を当ててやろうか?」
「では私はこれからあなたが何を言うのか当てて見せましょう」
「あんたらがこれからやることは――――」
「あなたがこれから言うことは――――」
「先手を打って、自分たちが味方だと世界に知らしめること!!」
「先手を打って、自分たちが味方だと世界に認識させること!!」
最後の言葉はそれぞれ違ったが、それ以外はどちも全く同じ。
涼はさらに驚いた顔で、というか信じられないものを見るような表情で琳と溝呂木を交互に見た。
琳はそのまま、人差し指・中指・薬指の三本の指を立てた。
「そして三つ目、何より重要なキーポイント! イヴの未知の細胞を使えば、これまでの再生者や開化細胞ひいては狂化細胞を上回るさらなる細胞が作れる可能性がある。もしかしたら……そう、全ての細胞が新たな細胞で構成された人造人間だって不可能じゃない、そうだろう!!」
「……あなた、学生をやるには少々勿体ないですよ。いっそのこと探偵にでもなってみてはいかがですか?」
「悪いけど、そんなに頭の回転は良くないんだよ」
「あなたがもしこちら側の人間だったら、きっと今頃私たちはさらなる高みにいたでしょうね」
「それを踏まえた上でもう一度言わせてもらう……やっぱり狂ってるよあんたら」
「当たり前ですよ、正気でこんなことが出来ますか?」
「出来ないね、褒め言葉だと思ってくれていいよ」
「ぜひそうさせてもらいます」
二人の会話が一区切りついた時、涼の通信に栞から連絡が入った。
どうやらようやくヘリがこちらへと向かっているらしい。
涼は琳にそれを伝えて、琳は溝呂木に「話はここまでですね」と言うと溝呂木は「良い時間でした」と軽く一礼した。
「あぁ、最後に良いか?」
「えぇ、なんでしょうか?」
「ヘリを向かわせないようにしたのもあんただろ?」
「おや、感づいていましたか」
「当たり前だ、タイミングが良すぎる」
そしてタイミングを合わせたかのように白いヘリが琳と涼の背後でホバリングしながらドアが開いた。
そして溝呂木の後ろからも黒い武装ヘリがやって来て同じく背後にホバリングして待機している。
各々のヘリの中からマスクにゴーグルそして銃を持った武装員がそれぞれ二人降りてきて、庭園の守り手側は溝呂木に、楽園側は琳と涼に銃口を向けている。
「撃つな」
「撃たないでください」
涼と溝呂木が銃を下げさせた。
「では私はこれで失礼します、お付き合いいただきありがとうございました」
溝呂木はそう言って普通に背後を見せてヘリに乗り込んだ。
そのまま溝呂木を乗せた楽園のヘリは飛び去っていき、その姿は見えなくなってしまった。
涼と琳もヘリに乗り込んで、庭園の守り手へと帰った。
「栞、聞こえるか?」
『はい、聞こえています。お二人とも無事ですか?』
「あぁ無事だ、というより、今回は琳に助けられた」
『お二人が戻り次第、すぐにでも緊急の会議を開きたいの思うのですが』
「あたしは構わねぇけど、琳は……」
「俺も大丈夫ですよ、親は夜勤ですから」
「だ、そうだ。どっちもいける」
『了解しました、では一度無線を切ります。お疲れ様でした』
「あぁ栞もお疲れ」
そうして、栞との通信は切れ、ヘリの中にはプロペラの駆動音がやけに響いた。
今回は説明&シリアス回でしたので疲れました




