EP#23:景色
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肩の荷が下りたような、喉元に引っかかっていた何かが転がり出たような、なんともすっきりとした気分だった。
やっと言えた。
公式の発表ではないけれど、シェナリーや児島に伝えるまでの心の余裕が出来た気がする。
「そうか。君も、リツもパイロットだったんだな」
テオバルドが微笑んで言った。
「新しい仲間だ。俺は心から君を歓迎するよ」
「……ありがとう」
律も少し笑って答える。テオバルドは良い奴だ、と律は思った。
スカイは特に変わった反応は示さなかったが、なんとなく予想は出来ていた。
「で、それじゃああんたは私のバディになるわけ」
「え?バディ?そうなのかいリツ」
「シェナリーさんに言われてるんだ。もともとスカイのバディとして俺が選ばれたらしいし」
「そう……か」
律の言葉を聞いてテオバルドの瞳の奥が曇る。
どうやらこの青年は本気でスカイに惚れているようだ。
想いが成就しているとは思えないが。
ふと、数える。
パイロットは律を含めて6人。つまり、これで全員と顔は合わせた。一仕事は終了だ。
より良い関係が築けるかどうかは第一印象が重要なわけで、自分が良い風に彼らの目に映ったかは分からないが、結局は自然体でいる事が一番の正解だと思う。
SCSにいる人々は皆、命を掛けて共に戦う仲間だ。
自分も、他人のありのままを受け入れて、そして他人にも自分のありのままを受け入れてもらう事が、最も理想的な人間関係なのだ。
適度に距離を置くのも悪くはないが、SCSのような閉鎖的な空間ではやはり、本当の自分を普通に出せるような状態にしておくのが得策と言えるだろう。
何せ、見栄と嘘で塗り固めた自分を演じ続けるのは疲れる。
SCSは、自分の家のようなものだ。そして、ここの社員は皆家族。
そう思う事にしよう。
「スカイ、これからどこに行くつもりだったんだ?」
「……ユーリアの所」
「へえ、お見舞い?」
スカイは他人事のように「さあ」と答えて身を翻した。
律はスカイが仲間の見舞いに行くなんて、意外だと思った。
孤高を気取ってばかりで仲間の事は顧みないタイプなのかと思っていたのだ。
そのままスカイはエレベーターを通り過ぎて突き当たりの壁際まで歩いて行った。
「スカイ?エレベーターはこっちじゃないのか?」
律が尋ねると、スカイは高い鼻をふんと鳴らして
「うるさい新入り。ここの構造はお前なんかより僕の方がずっと詳しいんだから黙っててよ」
と言い放った。
そして壁に取り付けられた足場を掴んでひょいと軽く体を宙へ浮かべる。建物の屋上なんかによくある、Π型の足場のような梯子。
たしか、タラップというものだ。
それをスカイは下も見ずにすいすいと登っていく。
テオバルドに促されて、律も彼と一緒にスカイの後を追った。
「どこ行くんだよ!スカイ!」
「黙ってなよ」
スカイは淡々と登っていく。気付けば、ふと手を離せば恐らく無事では済まない高さだ。
宇宙空間だというのに、SCS内には地球と同じより少し少ないくらいの重力がある。
「上に登るならエレベーター使った方が早いだろ?」
「んー、まあそうなんだけどな。エレベーターじゃ見られない景色もあるのさ」
「何だよそれ」
「登ってればわかる」
もう二人にそう言われると、いよいよ本当に黙って登るしかなくなる。もう下を覗く事は出来ない高さだ。
すると、視線の端に明るいオレンジ色や黄色の光の筋が見えた。
最初は大した光ではなかったのに、あっという間に周囲の暗さを照らしてはタラップを掴む律の手元に陰影を生み出した。
その原因は何かと、問う前にその正体ははっきりとわかった。
光の先に目をやると、大きな地球の反対側から太陽が覗いている、そんな瞬間だった。
しんとした深い青を、太陽の光が上書きしていく。夜と朝が入れ替わっていく。何気ない当たり前のそんな事。微かに夜景の片鱗が見える陸地でさえ、誰も見てないような広い広い海の上でさえ、それが地球の中である以上同じように、こうして毎日明るく、こうも美しい朝がやってくるのだ。
「すごい……」
律は思わず息を漏らす。
何かを見て、ここまで美しいと思ったのは初めてだった。心の底からというよりは、体の芯からそう思った。
ここに来なければ、一生見る事なんてできなかった景色だ。
「スカイは……スカイはこれが見たかったのか?」
律が尋ねるとスカイは小声でつぶやくように、「お前に見せたかった」と言った。
「リツ。やっぱり地球は美しい。この美しい景色を、エンシェントに壊させたくはないだろう」
テオバルドの言葉に律ははっとした。そうだ。これを守るのが、アレースパイロットの仕事。こんな美しいものが失われてはならない。だからこそ、自分は強くならなければ。
律はタラップを固く握り締めた。
何かを得るためには代償を払う必要がある。こんな美しいものを守るためならば、自分の体なんてどうでもいいと思えた。
「そうだな。まずは、胸に穴を開けないと」
それが覚悟というものなのだろうか。




