EP#12:臆病
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シャワーの音が聴こえる。部屋が静かなせいで、聞き耳を立てなくても水がシャワールームの床を叩く音が頭に入り込んでくる。
どうも落ち着かない。
律は何気なく部屋中を見渡した。インテリアはほとんど律の部屋と同じ。
シェナリーの部屋にもやはり窓は無く、一面が壁だ。
そしてドレッサーの上の壁にはカレンダーや色々な書類が貼り付けられていた。
カレンダーにも書類にも、カラフルな手書きの文字が太いペンでいくつも記入されている。
ふと立ち上がって、その壁に貼り付けられた書類の下にあるドレッサーの上に束ねられた書類のうちの一枚を覗いてみた。
一文字3、4mmほどの細々とした英文が紙面を覆い尽くさんばかりに広がっている。
「Nerve……Connector Suit……神経コネクタースーツ?なんだそれ……」
「ナーヴ・コネクター・スーツ、通称NCS。アレースパイロットがミッションの際に着用する宇宙服よ。」
ドライヤーの音にさえ気付かなかった。そこにいたシェナリーはもう、背中まである長い髪をある程度乾かし、左耳の前に下りる髪を三つ編みにしている最中だった。
服装はやはり、ジャンプスーツではなく薄手のルームウェアだ。
「HSLの宿泊施設はね、もともと赤旗くんみたいなSCSへの見学者用の部屋ばっかりだったんだけど、私達構成員が仕事でHSLを使用する際に前回と同じ部屋を希望する人が多かったからって、パイロットも含めて正社員には各部屋が専用の個室として与えられてるの。つまり、この部屋に私以外の人が泊まる事は出来ないわ。私が個人的に招き入れた人を除いてはね。」
髪を編み終えたシェナリーが服の裾を正して言った。律は少し顔を赤らめて目を逸らしながら、「そうですか」と呟いた。
シェナリーはそんな律を見て少し笑うと、本題を提起した。
「それでね、話したい事っていうのが……」
律はなぜか構えてしまう。
自分の運命と向き合う事が怖い。それが幸せかは分からないけど、嫌な事から逃げて、何も考えずにただぼんやり生きていけたらいいのにと思う。
「まずそのNCSについてよ」
「……NCS?」
そう、と彼女は頷き、続ける。
「NCSは名前の通り、パイロットの神経が感じ取った情報……暑さ、寒さ、痛さ……そんな感覚をダイレクトにアレースに伝える特殊な装置が取り付けられていて、パイロットによるとまるで素肌のような感覚らしいわ。
アレースが受けたダメージはそのままパイロットの肉体に痛覚の信号として伝達されるわ。だから機体が傷付くとパイロットにもダメージがかかるの。
でもね、そのシステムはアレースの管理にとても役立っているの。
例えば、パイロットの感覚によって外から見ても分からないような場所に傷があるのを発見できたりね。アレースは宇宙空間で活動するから、小さな亀裂でも重大なシステムエラーや事故に繋がる恐れがあるから。」
律は黙って、頷きながら聞いていた。
ふと、クウェイルを思い出す。
クウェイルは右目に眼帯をつけていた。彼は過去に右目に怪我をしたという事だろう。
アレース本体のダメージがパイロットにもリンクする……
つまり、そういう事だろうか。
「もちろんリンクを遮断する事や、普段100%接続しているところを50%にしたり、20%にしたり、完全遮断したり、適切な割合で接続する事ができるわ。でもそうするとパイロットは操作ボタンの入力と管制からの指示のみでアレースを動かさなきゃならなくなるの。視覚システムも接続プログラムに組み込まれているせいで接続率を下げれば下げるほど視界も狭くなるわ。
それで赤旗くん……、貴方に、改めて聞きたいの」
シェナリーが改めて律に向き直り、真面目な顔つきで言った。
「アレースに乗りたくないって気持ちは、まだ無くならない?」
律は少し下を向いて必死に考えた。
自分に、そんな仕事が務まるのだろうか。
世界を守る仕事。昔はあんなに憧れてたのに。
やっと自分で開いた道。
心の中で答えは決まっていたのに。
一歩、踏み出せない。
「ごめんなさい……まだ、決められないです」
絞り出すように、噛み締めるように。
嘘ではないけれど、本音でもない。
律は唇を噛んだ。




