第5話「またな
『ビーストギア Another』
第一篇「十年前の夏」
第5話「またな」
その日は。
特別な日ではなかった。
祭りがあるわけでもない。
どこかへ遊びに行く予定があるわけでもない。
虫取り網を持って走り回るわけでも。
動物園や博物館へ行くわけでもない。
いつものように。
紀人がジンのところへ遊びに来て。
いつものように。
パンさんもいて。
三人で。
何でもない時間を過ごしていた。
◇
「ジン兄さん」
「ん?」
「暇」
「そう」
「暇!」
「聞こえてるよ」
「何かしよう!」
「僕、今作業してるんだけど」
「じゃあ手伝う!」
「それは駄目」
「何で!?」
「壊すから」
「壊さない!」
「この前も聞いたな」
パンさんが横から口を挟む。
「今日はまだ何も壊してない!」
「“まだ”って言うな」
「…………」
「自分で壊す予定あるみたいになってるぞ」
「ないよ!」
紀人が頬を膨らませる。
ジンは作業台に向かったまま、小さく笑った。
「じゃあ、そこの箱取って」
「これ?」
「違う。その隣」
「これ?」
「もう一個右」
「これ?」
「それ」
「最初からそれって言ってよ!」
「そこの箱って言ったじゃない」
「箱いっぱいあるじゃん!」
「確かに」
「片付けろよ」
パンさんが言う。
「どこに何があるか分かってるから」
「お前だけだろ」
「僕の部屋だからね」
「この前、ドライバー探して十分くらいうろうろしてただろ」
「あれは例外」
「説得力ねえな」
紀人が箱を抱えてジンのところへ持っていく。
「はい!」
「ありがとう」
「何入ってるの?」
「部品」
「何の?」
「いろいろ」
「何作るの?」
「いろいろ」
「教えてよ!」
「説明したら長くなるけど」
「…………」
紀人が止まった。
「じゃあいい」
「諦めるの早くなったな」
「学習した」
「偉い」
「褒めるところか?」
パンさんが呆れる。
◇
しばらくして。
紀人は床に座り込んでいた。
目の前には。
紙。
鉛筆。
そして。
「完成!」
紀人が紙を持ち上げる。
「見て!」
「何だそれ」
パンさんが覗き込む。
「すごいロボット!」
「…………」
「何その間!」
「いや」
パンさんが紙を見る。
「どっちが上?」
「こっち!」
「そうか」
「何で分かんないんだよ!」
「分かるか!」
「ジン兄さん!」
「はいはい」
呼ばれたジンがやってくる。
「見て!」
「ロボット?」
「ほら!」
「何で分かるの!?」
今度はパンさんが驚いた。
「頭っぽいのがあるから」
「そこ頭だったのか……」
「頭だよ!」
「で」
ジンがしゃがむ。
「これは何ができるの?」
「強い!」
「また強さ基準」
「空も飛ぶ!」
「へえ」
「あと速い!」
「うん」
「それで」
紀人は紙を指差す。
「ここからビーム出る!」
「どこ?」
「ここ!」
「腕?」
「うん!」
「なるほど」
「それでこっちからミサイル!」
「随分物騒だな」
パンさんが苦笑する。
「あと透明になる!」
「機能盛りすぎじゃない?」
「強いから!」
「理由になってないよ」
「ジン兄さん作れる?」
「…………」
ジンが紙を見る。
「無理かな」
「えー!」
「これ全部は難しい」
「じゃあ」
紀人が少し考える。
「空飛ぶだけ」
「それも難しいなあ」
「前も言ってた!」
「言ったね」
「十年後なら?」
「…………」
ジンの手が。
一瞬だけ止まる。
「十年後か」
「うん!」
「紀人、最近十年後好きだな」
パンさんが笑う。
「だって十年経ったら大人だろ?」
「まあな」
「俺も大人になって」
紀人が胸を張る。
「ギターも弾ける!」
「練習続ければな」
「指も届く!」
「それはたぶん届く」
「難しい話も分かる!」
「それは勉強次第」
「飛べる!」
「それは知らん」
「ジン兄さんが何か作ってくれる!」
「最後だけ他力本願じゃねえか」
「いいじゃん!」
紀人は笑った。
「十年後ってすごいな!」
「…………」
ジンは。
そんな紀人を見ながら。
少しだけ笑った。
「そうだね」
「きっと」
「いろいろ変わってるだろうね」
「ジン兄さんも?」
「僕も?」
「うん」
「どうだろう」
「パンさんは?」
「俺?」
紀人はパンさんをじっと見る。
「…………」
「何だよ」
「変わってなさそう」
「何でだよ!」
「パンさんずっとパンさんっぽい!」
「どういう意味だ!」
「ははは!」
ジンが声を上げて笑った。
「笑うな!」
「いや、ごめん」
「ジン兄さんは」
「ん?」
「もっとすごいの作ってそう!」
「それは期待が重いなあ」
「だって天才なんだろ?」
「誰が言ったの?」
「みんな」
「みんなって誰?」
「パンさんとか」
「俺は言ってねえ!」
「言ってた!」
「いつだよ!」
「前!」
「雑すぎるだろ!」
「でも」
紀人が笑う。
「十年後も三人で遊ぼうな!」
「…………」
ほんの少し。
ジンが黙った。
「ジン兄さん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや」
いつもの顔。
「そうだね」
「約束な!」
「はいはい」
「パンさんも!」
「俺もかよ」
「三人って言ったじゃん!」
「十年後、お前もう高校生くらいだろ」
「だから?」
「その歳になっても俺たちと遊ぶのか?」
「遊ぶ!」
即答だった。
「絶対?」
「絶対!」
「友達と遊ぶ方が楽しくなってるんじゃない?」
「それも遊ぶ!」
「欲張りだな」
「いいじゃん!」
紀人には。
何の迷いもなかった。
◇
夕方。
「紀人」
パンさんが時計を見る。
「そろそろ帰れ」
「えー」
「えー、じゃない」
「まだいいじゃん」
「暗くなるぞ」
「一人で帰れる!」
「そういう問題じゃない」
「もうちょっと!」
「駄目」
「パンさんケチ!」
「何とでも言え」
紀人は。
今度はジンを見る。
「ジン兄さん」
「パンさんの言うこと聞きな」
「ジン兄さんまで!」
「また来ればいいだろ?」
「…………」
「明日でも」
「…………」
「明後日でも」
「…………」
「暇な時に」
紀人は少し考えて。
「分かった!」
あっさり笑った。
「じゃあまた来る!」
「ああ」
紀人は荷物を持つ。
描いたロボットの絵も忘れない。
「それ持って帰るの?」
「うん!」
「捨てるなよ」
「捨てない!」
「十年後に見たら恥ずかしくなるぞ」
パンさんが笑う。
「ならない!」
「なるって」
「ならない!」
「俺も昔の――」
「パンさん」
ジンが遮った。
「何だ」
「余計なこと言うと、昔のバンドの話をまた聞かれるよ」
「…………」
パンさんが黙る。
「何!?」
「何でもない」
「今何言おうとしたの!?」
「帰れ!」
「教えてよ!」
「帰れ!」
「パンさーん!」
紀人は笑いながら。
玄関へ向かった。
◇
「じゃあな!」
外へ出る。
「寄り道するなよ」
「分かってる!」
「走るなよ」
「分かってる!」
「車に気をつけろよ」
「分かってるって!」
「本当に?」
「パンさん、うるさい!」
「誰がうるさい!」
「ははは!」
紀人が走り出す。
「だから走るな!」
「大丈夫!」
「それが信用できねえんだよ!」
少し進んで。
紀人は止まった。
振り返る。
そこには。
パンさんがいて。
ジンがいる。
いつもの二人。
「パンさん!」
「何だー?」
「またな!」
「ああ!」
「ジン兄さん!」
ジンが。
紀人を見る。
「またな!」
紀人が大きく手を振る。
ジンも。
いつものように。
片手を上げた。
「ああ」
そして。
「またな、紀人」
「うん!」
紀人は。
笑った。
「またな!」
それだけだった。
何でもない。
いつもの別れ。
紀人にとって。
また会うことを疑う理由なんて。
一つもなかった。
◇
バンドの真似事をした。
大きすぎるギターを抱えて。
指が届かなくて。
それでも。
ジンと同じことがしたくて。
何度も練習した。
虫を取りに行った。
ジンの説明は。
やっぱり難しくて。
途中から何を言っているのか。
全然分からなくなった。
動物園にも行った。
博物館にも行った。
パンさんと。
ジンと。
三人で。
たくさん笑った。
どれも。
大事件なんかじゃない。
世界の命運なんて。
もちろん関係ない。
ただ。
子供だった紀人が。
大好きな兄貴分と。
昔なじみのパンさんと。
一緒に過ごした。
何でもない日々。
そして。
その後。
ジンは。
紀人たちの前から姿を消した。
◇
十年後。
「…………」
紀人は。
手の中のメモリーを眺めていた。
虫。
動物。
かつて。
ジンが紀人に。
頼んでもいないところまで。
延々と説明してくれたもの。
「…………」
ふと。
思い出した。
『トンボは前翅と後翅をある程度独立して動かすことができるから――』
『もっと簡単に』
『速く飛べる』
『それなら分かる!』
「…………」
紀人の口元が。
ほんの少しだけ緩む。
「そういや……」
小さく呟いた。
「ジン兄さん、こういう話になると長かったな」
あの頃。
聞いても分からなかった話。
十年後なら。
もう少し分かるかもしれないと。
そんな話をしたこともあった。
『十年後に教えて!』
『覚えてたらね』
「…………」
十年。
経った。
紀人は高校生になった。
大人用のギターだって。
もう抱えられる。
昔より。
難しい話だって。
きっと分かる。
けれど。
教えてくれるはずだった人は。
ここにはいない。
「…………ジン兄さん」
十年間。
行方不明だった人。
その人から。
突然。
ビーストギアが送られてきた。
理由は。
まだ分からない。
何を考えていたのかも。
何をしていたのかも。
分からない。
ただ。
紀人が知っていることが。
一つだけある。
「…………」
メモリーを握る。
そして。
紀人は小さく笑った。
「今度会ったら……」
一拍。
「あの時の続き、ちゃんと聞かせてもらうからな」
返事はない。
それでも。
紀人は。
あの日と同じように。
もう一度だけ。
心の中で呟いた。
――またな。
それは。
十年前。
当たり前のように交わした言葉。
そして今は。
いつか。
もう一度会うための言葉だった。
――第一篇「十年前の夏」完。
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※本作は、作者が物語のストーリー、世界観、キャラクター、設定、展開を考案し、AIとの対話を通じて文章の整理・推敲・執筆補助を行いながら制作しています。
物語の方向性、設定、展開、および最終的な内容の判断は作者自身が行っています。
本作では「人間とAIが協力して、一つの物語を作る」という創作の形にも取り組んでいます。
※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




