第1話「昨日と同じ朝」
「怪人がいる世界」
第1話「昨日と同じ朝」
朝になった。
いつもの時間に目覚まし時計が鳴り、ゴミ収集車が住宅街を走っていく。コンビニには明かりがつき、駅へ向かう会社員も、学校へ向かう制服姿の子供たちもいる。
昨日までと同じ朝。
――そう見えなくもなかった。
◇
『政府は昨夜、いわゆる「怪人」と呼ばれている存在について、その実在を公式に認めました』
朝の情報番組では、昨夜から何度も流された記者会見の映像が繰り返されていた。
『一方、怪人の総数や出現の目的などについては、依然として不明な点が多く――』
「今日、学校行くの?」
テレビを見ながら、小学生の男の子が箸を止めた。
母親もすぐには答えられない。
「学校から休みって連絡は来てないからね」
「怪人、来ない?」
「……学校に?」
「うん」
画面では、怪人と戦う者たちの映像が流れている。
「大丈夫よ」
そう答えてから、母親自身にも根拠がないことに気づいた。
「今日は、お母さんも一緒に学校まで行くから」
「いつも一人で行ってるよ」
「今日だけ」
「なんで?」
「……今日だけだから」
◇
通学路には、いつもより大人の姿が多かった。
普段なら子供だけで歩いている道を、親子が並んで歩いている。
「知らないものを見ても近づいちゃ駄目だからね」
「怪人?」
「怪人じゃなくても」
「怪人だったら?」
「すぐ逃げるの」
「どっちに?」
「……人がいる方」
「そこに怪人もいたら?」
「もう、いいから学校行くよ」
子供よりも、親の方が困っていた。
何に気をつければいいのか。何を見たら逃げればいいのか。そもそも怪人とは何なのか。
昨日までなら、考える必要さえなかったことだ。
◇
校門前は、いつもより混雑していた。
車で子供を送ってきた親。学校まで付き添ってきた親。教師を捕まえて何かを確認している親もいる。
ところが教室へ入れば、逆だった。
「……少なくない?」
空席が目立っていた。
「田中、休みだって」
「佐藤も」
「うちのグループ、二人来てない」
「怪人が怖いから?」
「親が今日は休めって」
やがて先生が教室へ入ってくる。
「はい、席についてください。今日は欠席者が多いですが、現時点では通常どおり授業を行います」
一人が手を上げた。
「先生、怪人が来たらどうするんですか?」
「……その場合は、先生たちの指示に従って避難してください」
「どこに?」
「それについては、学校でも現在確認しています」
「まだ決まってないんですか?」
先生は一瞬、言葉に詰まった。
「昨日発表されたばかりですからね。分かったことは、学校から皆さんにも知らせます」
それ以上の答えはなかった。
教師だって、昨日初めて怪人の存在を公式に知らされた側なのだ。
◇
休み時間になると、授業よりも怪人の話で盛り上がった。
「結局、本当にいたんだな」
「俺、絶対CGだと思ってた」
一人がスマートフォンを机の中央へ置く。
画面には、以前ネットで話題になった戦闘映像が流れていた。
「これも本物だったってこと?」
「たぶん」
「この人、本当に戦ってたんだ」
「会見だと民間の協力者がいるって言ってたよな」
「民間人でこれやってんの?」
以前なら映像を止めて、「ここCGっぽくね?」「特撮じゃん」と笑っていた。
今日は誰も同じようには笑わなかった。
◇
「でも、対策する部隊もあるんだろ?」
「ああ。怪人に勝ってるんだよな?」
「だったら、そこまで怖がらなくてもいいんじゃない?」
少しだけ空気が緩む。
ところが、別の生徒が口を挟んだ。
「その部隊に怪人事件の情報を回してなかったって、会見で突っ込まれてなかった?」
「……ああ」
「対策する人がいても、事件知らされなかったら意味なくね?」
「それな」
また空気が重くなった。
安心していいのか、怖がるべきなのか。
大人にも分からないことを、子供たちに分かるはずもなかった。
◇
「今日、空いてるな」
通勤電車の中で、会社員が周囲を見回した。
普段なら人で埋まっている時間帯なのに、今日は明らかに少ない。座席が余っているほどではないものの、人と人との間にはいつもより余裕があった。
「そりゃ、出たくないだろ」
「うちも在宅に切り替えたやつ結構いるよ」
「いいな。うちは普通に出勤」
「現場ある仕事じゃ無理だろ」
「外出控えろって言われても、仕事なくなるわけじゃないからな」
電車はいつもの時刻に走っている。
止まったのは社会ではない。
そこへ乗ることをやめた人間が、少し増えただけだった。
◇
繁華街も似たようなものだった。
コンビニや飲食店の多くは営業しているものの、普段なら人で埋まる歩道には空間があり、シャッターを閉めたままの店もある。
『本日は安全確保のため、臨時休業いたします』
そんな張り紙も珍しくない。
大型連休中の朝のように、街全体がどこか静かだった。
だが、人が消えたわけではない。
人がいる場所が変わっていた。
◇
「最後尾、あちらです!」
大型スーパーの入口には長い列ができ、駐車場へ続く道路も車で渋滞していた。
「まだ入れないの?」
「さっきから全然進んでない」
「米、残ってるかな」
「水も買っといた方がいいよ」
店内では、買い物かごへ次々と商品が入れられていく。
米、水、缶詰、レトルト食品、インスタント食品。
トイレットペーパー、ティッシュ、乾電池。
『お一人様一点まで』
急遽、そんな札が貼られた商品もあった。
◇
「そんなに水いる?」
カートいっぱいに商品を積んだ夫婦の横で、子供が聞いた。
「何かあったら困るでしょ」
「何があるの?」
「……分からないけど」
「水道止まるの?」
「そういうわけじゃないけど……」
怪人が水道を止めると発表されたわけではない。物流が止まるとも言われていない。
それでも、何が起きるか分からない。
だから、とりあえず買っておく。
隣の人が大量に買っているのを見れば、自分も買わなければ不安になる。
その繰り返しで、棚から商品が消えていった。
◇
コンビニも似たような状態だった。
「弁当ないじゃん」
「パンもほとんど残ってない」
「申し訳ありません。昨日の夜からかなり売れてまして」
飲料棚にも空きが目立つ。
いつもなら商品が並んでいる場所には、値札だけが残っていた。
何が必要になるか分からない。
だから、必要になりそうなものを買う。
誰も正解を知らないからこそ、不安だけが商品より早く広がっていた。
◇
スーパーの行列を撮影した写真は、すぐにインターネットへ投稿された。
『○○スーパー、現在これ』
『水と米ほぼ全滅』
『駐車場入るだけで一時間』
その下に、様々な反応が並ぶ。
『怪人怖くて家に籠もるために人混みに突っ込んでるの草』
『笑えないだろ』
『ていうか、ここ怪人に狙われたら一番危なくね?』
『確かに』
『じゃあ買い物どうすんだよ』
『食料なきゃ家にも籠もれないだろ』
『結局どうすりゃいいんだ』
そこで会話は止まった。
誰にも答えはなかった。
◇
なら、外へ出ずに食事を頼めばいい。
そう考えた人間も多かった。
その結果、昼前にはフードデリバリーの注文が急増していた。
『ただいま大変混み合っています』
『配達予定時間 九十分以上』
『現在、新規注文の受付を一時停止しております』
「また入った!」
「もう受けられないって!」
飲食店では注文端末が鳴り続ける。
一方、配達する側も同じ人間だった。
「今日、出る?」
「……どうしようかな」
「注文はすげえぞ」
「そりゃ、みんな外出たくないからだろ」
「俺だって出たくないんだけど」
需要は増えている。
しかし、それを届ける人間まで増えたわけではない。
安全のために選んだ方法にも、結局は外を走る誰かが必要だった。
◇
駅のホームで、突然声が上がった。
「えっ、あれ!」
何人かが一斉に振り返る。
大きな人影。
人間とは明らかに違う頭部。
周囲の人間が反射的に距離を取った。
「怪人?」
「駅員呼べ!」
スマートフォンを向ける者もいれば、逃げようとする者もいる。
「違います! 違います!」
慌てて声を上げたのは、その人影の隣を歩いていた男性だった。
「イベント用です! 着ぐるみです!」
よく見れば、大きな袋に包み切れなかった造形物だった。
「……何だよ」
「紛らわしいな」
「すみません……」
男性は何度も頭を下げ、自分が運んでいるものを見る。
「……これ、これからどうやって運べばいいんだ」
誰にともなく呟いた。
◇
昼のニュースでは、また別の映像が流れていた。
『今回の事件では、人間側へ協力する行動を取った怪人も確認されています』
消防隊とともに動く二体の怪人。
その映像を、食堂のテレビで何人もの人間が見ていた。
「こいつらも怪人なんだよな?」
「そうらしい」
「でも、人助けしてるじゃん」
「だからって安全とは限らないだろ」
「じゃあ、全部が敵ってわけでもないってこと?」
「知らねえよ」
怪人がいる。
それだけでも十分に分からないことだらけなのに、今度は人間を助ける怪人までいる。
誰にも簡単な答えは出せなかった。
◇
その日一日、どこへ行っても怪人の話ばかりだった。
学校でも、会社でも、電車でも、スーパーでも。
テレビでも、インターネットでも。
『昨日まで笑ってた動画、もう笑えない』
『対策部隊があるなら安心じゃない?』
『その対策部隊に情報渡してなかったんだろ』
『味方の怪人って何なんだよ』
『今日、街めちゃくちゃ人少ない』
『スーパーは逆に地獄』
『買いだめするなって言われても、何が起こるか分からないじゃん』
怪人から逃げようとする者。
家に籠もる準備をする者。
いつも通り仕事へ向かう者。
それをインターネットから批判する者。
誰もが同じ事実を知りながら、それぞれ違う方法で自分なりの安全を探していた。
◇
夕方。
学校を終えた子供たちが帰っていく。
朝、子供を送ってきた親の姿も校門前にあった。
会社員は駅へ向かい、スーパーでは空になった棚を店員が整理している。
繁華街の人通りは少ない。その一方、生活必需品を扱う店にはまだ列が残っていた。
街から人が消えたわけではない。
人の流れが変わったのだ。
遊びに出る者は減り、食料や日用品を求める者は増えた。
学校へ向かう子供は減り、その子供を送る親は増えた。
外へ出たくない者が増え、その人たちへ食事を届ける者は忙しくなった。
何を恐れればいいのか、まだ誰にも分からない。
だから人々は、それぞれが思いつく方法で備えようとしていた。
◇
怪人が昨日生まれたわけではない。
昨日までだって、この世界のどこかにいた。
変わったのは、人間の方だった。
そこにいると、知ってしまった。
ただそれだけで、人の少なくなった場所と、人が集まりすぎる場所が生まれた。
昨日までと同じはずの街は、もう昨日までと同じには見えなかった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




