「現金なもの」 第1話「昨日までとは違う」
「現金なもの」
第1話「昨日までとは違う」
東が最初に違和感を覚えたのは、廊下を歩いている時だった。
「東さん、お疲れさまです!」
「……お疲れさまです」
すれ違った警察官が、わざわざ足を止めて頭を下げた。
挨拶をされること自体はおかしくない。問題は、その相手がこれまで東とすれ違っても、ほとんど目を合わせようともしなかった人物だったことだ。
少し歩けば、今度は別の部署の人間から呼び止められる。
「先日の件、大変だったそうですね。本当にお疲れさまでした。何か必要なものがあったら言ってください」
「……ありがとうございます」
笑顔で去っていく相手の背中を、東は無言で見送った。
その後も、
「お疲れさまです!」
「ご苦労さまです!」
「CASHの皆さんには、本当に頭が下がります!」
と、次々に声をかけられる。
とうとう東は足を止めた。
「……何なんでしょう」
◇
「何がだ?」
CASHへ戻った東の呟きに、ニシが顔を上げた。
「廊下です」
「廊下?」
「皆さんが挨拶してくるんです」
「いいことじゃねえか」
「昨日まで目も合わせなかった人までですよ」
ニシは少し考え、「ああ」と納得したように頷いた。
シラメ博士は端末から顔も上げずに言う。
「現金なものだね」
「……やっぱり、そういうことですか」
◇
そもそもCASHという呼び名からして、好意的なものではなかった。
正式な部隊名ではない。
怪人という、当時は存在すら疑われていたものを追いかける部署。何をしているのか分からず、成果も見えない。それなのに人員も予算も使う。
そんな彼らへ、警察内部の人間が侮蔑を込めて付けた呼び名だった。
怪人事件が増え、CASHが実際に何かと戦っているらしいと知られるようになってからは、露骨に笑われることこそ減ったものの、今度は腫れ物へ触るように距離を置かれるようになった。
何をやっているのか分からない。
何と戦っているのかも分からない。
なら、関わらない方がいい。
それが、つい数日前までのCASHだった。
◇
ところが記者会見で怪人の存在が公式に認められ、怪人へ対処する専門部隊がすでに存在し、実際に成果を上げていることまで公表された。
昨日まで「何をしているのか分からない連中」だった者たちが、一夜にして「怪人と戦っていた専門部隊」になった。
「分かりやすいですね」
川出が言った。
「分かりやすすぎます」
東はため息をついた。
◇
「東さん」
そこへ、一人の職員が入ってきた。
「先日申請されていた備品の件ですが、承認されました」
「分かりました。ありがとうござ――」
東は途中で止まった。
「……もうですか?」
「はい」
「以前なら、もう少しかかっていたと思うんですが」
職員は少し困ったように笑った。
「まあ……状況も変わりましたから。追加で必要なものがあれば、まとめて申請していただいて構わないそうです」
「……分かりました」
職員が出ていき、扉が閉まる。
「状況も変わった、ねえ」
ニシが呟く。
「現金だねえ」
シラメ博士がまた言った。
◇
「追加でいいんだよね?」
シラメ博士が顔を上げた。
その声を聞いた瞬間、東は嫌な予感がした。
「何をするつもりですか?」
「欲しいものあるんだよ」
「必要なものなら申請してください」
「じゃあ、これ」
差し出された端末を受け取り、東は一覧へ目を通した。
電子部品。
各種センサー。
測定機器。
記録媒体。
交換用工具。
そこまではよかった。
画面を下へ送っていた指が、途中で止まる。
「……博士」
「何?」
「このゲームソフトは何ですか?」
「必要だよ」
「何にですか?」
「研究」
「何の研究ですか?」
シラメ博士は少し考えた。
「ほら……自動で敵を追いかける武器とか?」
「とか?」
「目からレーザーが出るとか?」
「なぜ疑問形なんですか」
「髪の毛が針になって飛んでいくとか?」
横で聞いていたニシが顔を上げた。
「待て。それ、誰に使わせる気だ?」
「使うとしたら、キッドかサクラ?」
「本人たちが聞いたら絶対嫌がるぞ」
北山も頷いた。
「特に目からレーザーは嫌でしょうね」
「便利なのに」
「便利かどうかの問題じゃないです」
「髪の毛ならサクラかな?」
「勝手に決めないでください」
東が即座に止める。
「じゃあキッド?」
「振り分ければいいという話でもありません」
「でも、追加武装の参考にはなるかもしれないよ?」
東は端末をシラメ博士へ返した。
「では、まず本人たちに『目からレーザーを出したいですか』『髪を針にしたいですか』と聞いてください」
シラメ博士は少し考える。
「嫌って言われそう」
「でしょうね」
「じゃあ、ゲームで研究してから聞く?」
「順番の問題ではありません」
ニシが一覧を覗き込んだ。
「つーか博士。これ、本当に研究のために欲しいのか?」
「参考になるかもしれないでしょ?」
「遊びたいだけじゃねえの?」
「研究だよ」
「さっきから全部『かもしれない』じゃねえか」
「可能性は大事だよ」
東は一覧へ視線を戻した。
「電子部品や測定機器など、用途が明確なものは申請します」
「ゲームは?」
「用途を説明できたら考えます」
「自動追尾とレーザーと髪の針」
「全部疑問形でしたよね?」
「……厳しいね」
「普通です」
◇
変化は、それだけではなかった。
「あの、東さん」
「はい?」
昼過ぎ、今度は見覚えのない若い警察官がCASHを訪ねてきた。
「少し聞きたいことがあるんですが」
「何でしょう」
「CASHへの異動って、どうすればできますか?」
「……はい?」
東は思わず聞き返した。
「異動です。自分、希望を出したいと思ってまして」
部屋にいた何人かが、そっと会話へ耳を傾ける。
「どうして、また」
「記者会見を見ました」
若い警察官は真剣だった。
「怪人が本当にいるなら、誰かが戦わなきゃいけないんですよね。それに、CASHは今までもずっと戦ってたって。自分も、何か役に立てるならと思って」
単なる物珍しさで来たわけではないらしい。
東は少しだけ表情を和らげた。
「ありがとうございます。ただ、現在は私の判断だけで人員を受け入れることはできません。今後、正式に募集や異動の話が出る可能性はあります。その時に、まだ気持ちが変わっていなければ」
「はい!」
若い警察官は深く頭を下げて出ていった。
◇
扉が閉まると、ニシが口を開いた。
「希望者なんて初めて見たぞ」
「前は異動の話が出ただけで嫌がられてましたからね」
川出も苦笑する。
「それが今じゃ志願か」
南浦が呟いた。
「人気者だね」
シラメ博士だけは楽しそうだった。
「……複雑です」
東は額に手を当てる。
「いいじゃねえか。人手欲しかったんだろ?」
「それは、そうなんですが」
欲しい。
むしろ今のCASHには、人手が足りない。
戦闘要員だけではなく、技術者も、分析担当も、情報を扱う人員も必要だった。
だが、昨日まで避けられていた部署に、今日は自分から入りたいと言う人間が現れる。
あまりにも変化が急すぎた。
◇
その時、部屋のテレビからニュースが聞こえてきた。
『――対怪人専門部隊CASHでは、これまでにも複数の怪人事案へ対応しており――』
東の動きが止まった。
「……ちょっと待ってください」
川出が振り返る。
「どうしました?」
「今、何と言いました?」
「え?」
テレビでは、ニュースキャスターが何事もなかったかのように続けている。
『CASHの活動について、警察は――』
東は画面を見つめた。
「……CASH?」
「言いましたね」
「なぜ?」
誰もすぐには答えなかった。
シラメ博士だけが、端末から顔を上げる。
「ああ」
「博士?」
「記者会見で言っちゃったからじゃない?」
東がゆっくり振り返った。
「……誰がですか?」
「偉い人」
「…………」
テレビから、もう一度その名前が聞こえてくる。
『対怪人専門部隊CASH――』
数日前まで警察内部でしか通じなかったはずの呼び名。
しかも、決して好意から付けられたわけではない名前が、今では全国放送のニュースから流れている。
東はしばらく画面を見つめたあと、深く息を吐いた。
「……確認しましょう」
「何を?」
「どうしてこうなったのかです」
周囲の態度だけではない。
どうやら、CASHという名前そのものまで、昨日までとは違うものになり始めていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
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企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




