ANOTHER 第2話 威力だけなら
ANOTHER 第2話 威力だけなら
「じゃあ、次は腕ね」
シラメ博士が差し出したゾウメモリーを受け取り、キッドは自分の腕を見た。
「これで頭につけなくても済むなら、一番平和ですね」
「僕もそう思う」
「だから何で二人とも、そこまで嫌なのよ」
東だけは、いまだに納得していなかった。
「かわいかったじゃない。あの鼻」
「その話はもういいです」
「僕も思い出したくない」
「そこまで?」
東が呆れている間に、キッドはゾウメモリーを腕へ装着した。
両腕へゾウの特性が反映される。何度か拳を握り、腕を動かして感触を確かめると、その重さと同時に、これまでとは明らかに違う力強さが伝わってきた。
「……重いけど、すごい力あるな」
「まずは単純な出力から見ようか」
「はい」
「あと見た目も」
「博士」
「大事でしょ?」
「大事ですけど、東さんが怒りますよ」
「もう怒ってるわよ」
◇
最初に調べるのは、純粋な腕力だった。
押す。
引く。
持ち上げる。
掴む。
どの数値も高い。
特に単純な力では、腕に使える他のメモリーを明確に上回っていた。
キッドが重量のある測定器を持ち上げる。
「うわ……これ、かなりいけますよ」
「うん。純粋な腕力だけなら相当強いね」
シラメ博士は測定結果を確認すると、次の装置を用意した。
打撃測定器。
「じゃあ、次はパンチ」
キッドが正面に立ち、構える。
一歩踏み込み、腰を回す。
「はっ!」
拳が測定器へ叩き込まれた。
重い衝撃音とともに、装置そのものが大きく揺れる。
表示された数値を見て、キッドが目を丸くした。
「……高っ」
「カンガルーより上だね」
「じゃあ決まりじゃないですか!」
一気に表情が明るくなる。
「腕はゾウで!」
「そうだね。威力だけなら」
「……威力だけなら?」
シラメ博士の一言で、キッドの笑顔が止まった。
◇
「じゃあ次、連続で打ってみようか」
「何発です?」
「とりあえず十発」
キッドが再び構える。
一発目。
重い。
二発目も強烈。
だが、三発、四発と続けるうちに、キッド自身が違和感に気づいた。
「……あれ?」
一発の威力は落ちていない。
問題は、その後だった。
振り抜いた腕を戻す。
次の拳を出す。
その一つ一つが重い。
力を出せる代わりに、攻撃の始まりも終わりも遅くなる。
シラメ博士は測定結果だけでなく、キッドの動きそのものを確認していた。
「もう一回」
キッドが繰り返す。
踏み込んで殴る。
腕を戻す。
次の一撃。
やはり、わずかな間が生まれる。
「これ……戻すのが重いですね」
「初動も少し遅い。振り抜く力はかなり強いけど、その分、次の動作へ繋ぐまでに時間がかかってる」
東が測定器を見る。
「でも、一発の威力はすごいんでしょ?」
「すごいよ。今のところ一発だけならカンガルーより上」
「じゃあ強いじゃない」
「問題は外した時だね」
紀人にも、その意味はすぐ分かった。
「……あ」
「攻撃が大きい分、隙も大きい。避けられたら、腕を戻して次の動きへ移るまでに反撃される可能性が高い」
威力はある。
当たりさえすれば強い。
だが、実戦では相手も動いている。
一発の威力だけで、武器としての優劣は決められない。
「じゃあ、比較しようか」
シラメ博士が別のメモリーを差し出した。
カンガルー。
◇
キッドはゾウメモリーを外し、腕をカンガルーへ切り替えた。
同じように一発。
表示された数値は高い。
だが、最大威力ではゾウに及ばない。
「やっぱり、一発ならゾウの方が上ですね」
「うん。じゃあ次」
「連打ですね」
「分かってきたね」
「何回やってると思ってるんですか」
再び構える。
一発。
二発。
三発。
四発。
今度は明らかに違った。
拳の出が速い。
打った腕がすぐに戻る。
そこから次の一撃へ繋がり、途中から防御へ切り替えることもできる。
何度か動きを繰り返したところで、キッドは拳を止めた。
「……全然違う」
シラメ博士が二つの結果を並べる。
「最大威力ならゾウ。でも、攻撃の速さ、戻し、連続性、それに防御への移行まで考えると、カンガルーの方がずっと扱いやすい」
東が画面を見比べた。
「一発だけならゾウ。でも、実際に戦うならカンガルーってこと?」
「そういうことですね」
キッドが頷く。
「ゾウのパンチは当たればめちゃくちゃ強い。でも、当てるまでと、当てた後が怖い」
「実戦じゃ、威力だけ高ければいいわけじゃないからね」
シラメ博士の言葉に、キッドは少し残念そうにゾウメモリーを見た。
「強いのになあ……」
◇
「じゃあ、必殺技みたいに使えば?」
東が言った。
キッドとシラメ博士が同時に振り向く。
「一発だけ絶対に当てたい時、腕をゾウにするの」
「それも選択肢ではあるけど……」
シラメ博士が考える横で、キッドは首を振った。
「外したら終わりますよ」
「そこは当てなさいよ」
「簡単に言いますね」
「必殺なんでしょ?」
「名前に必殺ってつけても、相手が避けてくれるとは限らないですから」
シラメ博士が少し笑った。
「まあ、使い道として覚えておくくらいかな」
「普段使うならカンガルーですね」
「僕もそう思う」
二人が頷く。
東は少し感心したように言った。
「今回はちゃんと性能で決めたわね」
「何ですか、その言い方」
「前は見た目しか気にしてなかったじゃない」
「今回は真面目です」
「今回は、ね」
◇
続いて、ゾウメモリーを脚へ装着した。
キッドは片足を上げ、何度か軽く振って感触を確かめる。
「……重っ」
シラメ博士が聞く。
「見た目は?」
「悪くないです」
「僕もそう思う」
東が深くため息をついた。
「またそこからなのね」
今度は蹴撃力を測る。
キッドは測定器の前で構え、腰を回した。
一気に蹴り込む。
激しい衝撃に、測定器が大きく揺れた。
表示された数値を見て、キッドが目を丸くする。
「こっちも高い!」
シラメ博士も頷いた。
「最大威力ならヒクイドリより上だね」
「じゃあ脚はゾウで――」
「連続でやろうか」
「……ですよね」
キッドにも、もう先が読めていた。
◇
一発目。
強烈。
二発目。
やはり威力は高い。
だが、蹴った脚を戻す動きが遅い。
そこから次の蹴りへ移ろうとすれば、さらに間が空く。
しかも腕以上に大きな質量を振り回すため、身体全体まで引っ張られる。
何度か試したところで、キッドは動きを止めた。
「これは……隙でかいですね」
「うん。脚にゾウを入れると一発の蹴りはかなり強い。でも、初動も重いし、振り抜いた後の戻しも遅い」
東が首を傾げる。
「威力は上なのに?」
「上だからこそです」
キッドが答える。
「重くて強い分、振り切った後にすぐ戻せないんですよ」
「なるほどね」
そこでシラメ博士がヒクイドリメモリーを差し出した。
「比較しよう」
「はい」
脚をヒクイドリへ変更する。
同じ条件で蹴る。
一発の最大威力はゾウより低い。
だが、蹴り出しが速い。
戻しも速く、次の攻撃へすぐ繋げられる。
前。
横。
左右の連続。
回転。
紀人が普段使っている空手の動きにも、こちらの方が自然に馴染む。
何度か試したところで、キッドは結論を出した。
「……こっちだな」
「だね」
シラメ博士も即答した。
「やっぱり?」
東が聞く。
「一発の威力だけならゾウです。でも、実際に戦うならヒクイドリの方が使いやすい。蹴った後すぐ次へ動けるんで」
「ゾウは?」
「当たれば強いです」
「外したら?」
キッドは少し考えてから答えた。
「……かなり怖いです」
東が笑った。
◇
一通りの検証を終え、三人は机を囲んだ。
シラメ博士が結果を整理する。
腕にゾウ。
最大威力はカンガルーより上。
ただし、初動、連続性、戻し、防御への移行で大きく劣る。
脚にゾウ。
最大蹴撃力はヒクイドリより上。
だが、こちらも動き出しが重く、振りが大きいうえに戻しが遅い。
「じゃあ、ゾウってめちゃくちゃ強いけど、手足に使うと扱いにくいのね」
東が言う。
「そういうことだね」
シラメ博士が頷く。
キッドも結果を見る。
「一発だけなら強い。でも、実戦じゃ一発で終わるとは限らないですから」
「だったら腕は?」
「カンガルー」
「脚は?」
「ヒクイドリ」
「ボディは?」
キッドとシラメ博士が少し考える。
「相手次第ですね」
「吸引とか、押し合いが強い相手ならかなり使える」
東は納得したように頷いた。
「じゃあ、ちゃんと使い道あるじゃない」
「あります」
「あるね」
「なのに」
東が二人の顔を見て、少し笑う。
「まだ納得してない顔してる」
紀人とシラメ博士は黙った。
理由は一つしかない。
東にも、もう分かっていた。
「結局、頭?」
二人の顔が一気に曇る。
「……まだ決めてません」
「まだ検証が残ってるから」
「往生際悪いわね」
◇
シラメ博士が、次の検証項目を画面へ表示した。
頭部ゾウ。
その横には。
補助肢運用。
東が画面を見て笑う。
「鼻ね」
キッドが嫌そうに答える。
「分かってます」
「便利だったじゃない」
「それも分かってます」
「じゃあ次は、それを試せばいいじゃない」
その時、キッドが何かを思い出したように顔を上げた。
「待ってください」
「何?」
「手足の代わりなら……」
シラメ博士もキッドを見る。
そして、ほぼ同時に気づいた。
「カンガルーの尻尾」
一瞬の沈黙。
キッドの表情が明るくなる。
「そうですよ! 鼻を使わなくても、カンガルーの尻尾で代用できるかもしれない!」
シラメ博士も大きく頷いた。
「試す価値あるね!」
東は、完全に呆れていた。
「そこまでしてゾウの鼻を使いたくないの?」
キッドとシラメ博士は顔を見合わせる必要すらなかった。
「はい」
「うん」
答えは即決だった。
次の検証内容は、あっさり決まった。




