第2話「三人のバンド」
『ビーストギア Another』
第一篇「十年前の夏」
第2話「三人のバンド」
「俺もやる!」
紀人がそう宣言したのは。
パンさんとジンが、昔バンドの真似事をしていたという話を聞いてから、数日後のことだった。
「…………」
パンさんが紀人を見る。
「何を?」
「バンド!」
「何でまだ覚えてるんだよ」
「忘れるわけないじゃん!」
「忘れてくれてよかったんだけどなあ……」
「パンさん!」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない!」
「顔に書いてある」
「…………」
紀人が自分の顔を触る。
「書いてないよ!」
「そういう意味じゃない」
その横で。
ジンは何やら楽しそうに機材を確認していた。
「よし」
「おい」
「何?」
「何が『よし』だ」
「一応、使えそう」
「何が?」
「機材」
「何で確認してんだよ!」
「だってやるんだろ?」
「やらねえよ!」
「やる!」
「お前には聞いてない!」
紀人が元気よく手を上げる。
「もう地元の催しに申し込んだよ」
「…………」
パンさんの動きが止まった。
「誰が?」
「僕が」
「ジン!」
「はい」
「お前まで何やってんだ!」
「いや」
ジンが笑う。
「久しぶりに三人でやったら面白そうだなって」
「三人って」
パンさんが紀人を見る。
「こいつ、楽器できないだろ」
「できる!」
「何ができるんだよ」
「…………」
紀人は考える。
そして。
すぐに答えが出た。
「ギター!」
「…………」
パンさんが眉をひそめる。
「弾けたっけ?」
「これから!」
「できないんじゃねえか!」
「ジン兄さんに教えてもらう!」
「本番までどれくらいあると思ってんだよ!」
「大丈夫!」
「その自信はどこから来るんだ!」
しかし。
紀人はパンさんの話など聞いていなかった。
その視線は。
ジンの持っているギターへ向いていた。
「俺、それ使う!」
「これ?」
「うん!」
「いや」
ジンが自分のギターを見る。
そして。
紀人を見る。
「これは無理じゃないかな」
「なんで?」
「大きいから」
「大丈夫!」
「大丈夫じゃないと思うよ」
「大丈夫!」
「じゃあ」
ジンがギターを差し出した。
「持ってみる?」
「うん!」
紀人は両手で受け取る。
「…………重っ!」
「ほら」
「重くない!」
「今、重いって言ったよね」
「言ってない!」
「言ったぞ」
パンさんが即座に突っ込む。
「言ってない!」
「俺も聞いたよ」
「ジン兄さんはどっちの味方なの!?」
「事実の味方」
「ずるい!」
それでも。
紀人はギターを手放さなかった。
大人用のギター。
小さな紀人には。
どう見ても大きすぎる。
「こう?」
「もう少しこっち」
「こう?」
「そう」
ジンに教えてもらいながら。
どうにか構える。
「おお……」
紀人の顔が輝いた。
「格好いい?」
「ギターはね」
「俺は!?」
「…………」
「ジン兄さん!」
「格好いい格好いい」
「絶対適当に言った!」
紀人は不満そうにしながらも。
すぐにギターへ目を戻す。
「で?」
「何?」
「どうやって弾くの?」
「そこからなんだよなあ」
パンさんが頭を抱えた。
◇
「まず」
ジンが紀人の横へ座る。
「ここを押さえて」
「うん」
「それで――」
「…………」
紀人が。
ネックを握る。
「…………」
指を伸ばす。
「…………」
もう少し。
必死に伸ばす。
「…………」
届かない。
「紀人」
「待って」
「無理しなくていいよ」
「待って!」
さらに伸ばす。
「んんんん……!」
「…………」
「んんんんんん……!」
「紀人」
「もうちょっと!」
「いや」
ジンが苦笑する。
「指の長さは気合いじゃ伸びないよ」
「伸びる!」
「伸びない」
「伸ばす!」
「どうやって?」
「頑張って!」
「だから、そういう問題じゃないって」
パンさんが横から覗き込む。
「ほら。別のにしろ」
「嫌だ!」
「もっとお前でも扱いやすいのにすればいいだろ」
「これがいい!」
「何でそこまでこだわるんだよ」
「だって!」
紀人が。
ジンを見る。
「ジン兄さんと同じのがいい!」
「…………」
ジンが瞬きをする。
パンさんも黙った。
「ジン兄さんがこれ弾くんだろ?」
「まあ」
「だったら俺もこれ!」
「…………」
「俺もジン兄さんみたいに弾く!」
紀人は。
大きすぎるギターを抱え直した。
「…………」
パンさんがジンを見る。
少しだけ。
ニヤッとする。
「よかったな」
「何が?」
「憧れられてるぞ」
「…………」
「ジン兄さん?」
「いや」
ジンは少し困ったように笑った。
「それは嬉しいけど」
紀人の持つギターを見る。
「でも大きいものは大きいんだよなあ」
「大丈夫!」
「だから、その大丈夫は信用できないって」
「弾ける!」
「じゃあ」
ジンが少し考える。
「全部ちゃんと弾こうとするのはやめよう」
「え?」
「紀人ができるところだけ」
ジンが紀人の手を取って。
指の位置を教える。
「ここ」
「うん」
「無理に全部押さえなくていい」
「でもジン兄さんは?」
「僕は僕」
次に。
紀人を見る。
「紀人は紀人」
「…………」
「同じギターを使うからって、全部同じことしなくていいんだよ」
「…………」
紀人は。
少し考えた。
「でも」
「うん」
「いつか同じように弾ける?」
「練習すればね」
「本当?」
「ああ」
「じゃあ練習する!」
「よし」
「今日できるまで!」
「それは無理」
「なんで!」
「急に十年くらい成長しない限り、その指は伸びないから」
「じゃあ十年分練習する!」
「今日中に!?」
パンさんが吹き出した。
「はははは!」
「笑うなよ!」
「いや、無茶苦茶だろ!」
「できる!」
「できねえよ!」
「やってみないと分かんないじゃん!」
「分かるわ!」
ジンも笑いながら。
もう一度。
紀人の指をギターへ置いた。
◇
それから。
練習が始まった。
当然。
上手くはいかなかった。
「違う違う」
「え?」
「そこじゃない」
「ここ?」
「一個隣」
「こっち?」
「反対」
「…………こっち?」
「戻った」
「分かんない!」
「ははは」
「笑わないでよ!」
「ごめんごめん」
もう一度。
「ここ」
「うん」
「で、こっち」
「うん」
「それから――」
「指届かない!」
「そこは諦めよう」
「嫌だ!」
「紀人」
「届く!」
「届いてない」
「届く!」
「届いてから言おうよ」
「もうちょっと!」
「無理するなって」
「んんんんん!」
「だから指は気合いで伸びないって!」
何度失敗しても。
紀人はやめなかった。
ジンの手を見る。
真似をする。
失敗する。
また見る。
また真似をする。
「…………」
パンさんが。
その様子を見ていた。
「なあ、ジン」
「ん?」
「お前」
小さな声で言う。
「変なこと教えるなよ」
「教えてないよ」
「こいつ、お前の真似なら何でもするぞ」
「…………」
ジンは。
一生懸命ギターと格闘している紀人を見る。
「そうかな」
「そうだよ」
「ジン兄さん!」
「ん?」
「これ!」
「ああ、それは――」
ジンは。
また紀人の横へ座った。
パンさんは。
それを見ながら。
小さく笑った。
◇
そして。
本番の日。
「…………」
紀人は。
大きすぎるギターを抱えて。
舞台袖に立っていた。
「…………」
客席を見る。
地元の人たち。
家族連れ。
子供たち。
知っている顔もいる。
「…………」
さっきまで。
あれだけ騒いでいた紀人が。
急に静かになった。
「どうした?」
パンさんが聞く。
「…………」
「紀人?」
「人」
「いるな」
「いっぱい」
「催しだからな」
「…………」
紀人が。
一歩下がる。
「帰ろうかな」
「おい」
「急にお腹痛くなってきた」
「さっき菓子食ってただろ」
「あれで痛くなった」
「嘘つけ」
「…………」
ジンが。
紀人の隣へしゃがむ。
「緊張してる?」
「してない」
「そう」
「…………」
「ちょっとだけ」
「そっか」
紀人は。
自分の手を見る。
「俺」
「うん」
「ちゃんと弾けないし」
「うん」
「指も届かないし」
「うん」
「失敗したらどうしよう」
「失敗すればいいよ」
「え?」
紀人が顔を上げる。
「別にプロじゃないんだから」
ジンは笑った。
「僕ら」
一拍。
「バンドの真似事してるだけだろ?」
「…………」
「間違えたら」
「うん」
「笑えばいい」
「…………」
「それに」
ジンがパンさんを見る。
「パンさんが何とかしてくれる」
「何で俺に投げるんだよ!」
紀人が吹き出す。
「ははっ!」
「ほら」
ジンが立ち上がる。
「大丈夫」
「…………」
紀人は。
自分には大きすぎるギターを。
ぎゅっと抱えた。
「うん!」
そして。
三人で。
舞台へ出た。
◇
本番。
紀人は。
やっぱり。
ジンのようには弾けなかった。
指は届かない。
コードもまともに押さえられない。
何度も間違えた。
それでも。
紀人は。
すぐ隣にいるジンの手元を見た。
「…………」
真似をする。
違う。
もう一度。
ジンを見る。
真似をする。
「…………!」
今度は。
少しだけ。
それらしい音が鳴った。
紀人がジンを見る。
ジンも紀人を見る。
そして。
笑った。
「…………」
紀人も笑う。
上手いとか。
下手とか。
そんなことは。
もうどうでもよかった。
ジン兄さんと。
同じギターを持って。
同じ舞台に立っている。
それだけで。
紀人は。
楽しかった。
◇
演奏が終わる。
拍手。
「…………!」
紀人は目を丸くする。
誰かが笑っている。
知っている人が手を振っている。
拍手が聞こえる。
「ジン兄さん!」
「うん」
「パンさん!」
「聞こえてるよ」
「すげえ!」
「何が?」
「分かんないけど、すげえ!」
「何だそれ」
三人で頭を下げる。
そして。
舞台を降りた。
◇
「成功!」
紀人が宣言した。
「成功なのか?」
パンさんが聞く。
「拍手もらった!」
「まあな」
「楽しかった!」
「それはよかったな」
「またやろう!」
「それは却下」
「何で!?」
「疲れた」
「パンさん!」
「嫌だ」
「ジン兄さん!」
「僕はいいよ」
「お前は簡単に乗るな!」
「じゃあ次はもっと機材を――」
「増やすな!」
「光るやつ!」
「いいね」
「紀人も煽るな!」
「あと煙!」
「それは駄目」
ジンが即答した。
「何で!?」
「前に怒られたから」
「やっぱり爆発させたことあるんじゃねえか!」
「爆発じゃないって」
「じゃあ何だよ!」
「演出」
「絶対嘘だろ!」
「はははは!」
三人の笑い声が響く。
世界を救うためでもない。
誰かと戦うためでもない。
地元の小さな催しで。
三人で。
バンドの真似事をしただけ。
紀人は。
最後までまともにコードを弾けなかった。
大人用のギターは。
最後まで大きすぎた。
それでも。
ジンの隣に立って。
同じギターを抱えて。
一生懸命。
その真似をした。
それだけの。
何でもない一日。
けれど。
その日のことを。
紀人は。
ずっと忘れなかった。
――つづく
――――――――――
※本作は、作者が物語のストーリー、世界観、キャラクター、設定、展開を考案し、AIとの対話を通じて文章の整理・推敲・執筆補助を行いながら制作しています。
物語の方向性、設定、展開、および最終的な内容の判断は作者自身が行っています。
本作では「人間とAIが協力して、一つの物語を作る」という創作の形にも取り組んでいます。
※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




