第一篇「十年前の夏」
『ビーストギア Another』
第一篇「十年前の夏」
第1話「ジン兄さん」
十年前。
紀人は、まだ今よりずっと小さかった。
「ジン兄さーん!」
返事はない。
紀人は少し待った。
耳を澄ませても、奥から聞こえてくるのは機械の微かな動作音だけだ。
「…………」
もう一度、大きく息を吸う。
「ジン兄さーん!」
「聞こえてるよ」
今度は、奥からのんびりとした声が返ってきた。
「だったら返事してよ!」
「今したじゃないか」
「二回目で!」
「二回目なら十分じゃない?」
「十分じゃない!」
紀人は頬を膨らませながら、ずかずかと部屋の奥へ入っていった。
◇
そこは。
いつ来ても、紀人にはよく分からない場所だった。
工具。
コード。
基板。
細かな部品が詰め込まれたケース。
小さなランプを明滅させる箱。
低い唸り声のような音を立てている機械。
何に使うのか分からないものばかり。
もっとも。
紀人が尋ねれば、ジンはたいてい教えてくれる。
教えてはくれるのだが――。
途中から専門用語が増えすぎて、結局何を説明されているのか分からなくなる。
「…………」
紀人は、その中でも特に気になる装置へ手を伸ばした。
「触らない」
「まだ触ってない!」
「触ろうとした」
「してない!」
「右手」
「…………」
言われて。
紀人は自分の右手を見る。
しっかり。
装置へ向かって伸びていた。
「…………」
そっと引っ込める。
「ほら」
「ずるい!」
「何が?」
「見てないのに分かった!」
「毎回同じことするからね」
「毎回じゃない!」
「じゃあ何回?」
「…………」
「紀人?」
「数えてない」
「だったら毎回でいいね」
「よくない!」
作業台に向かっていたジンが、小さく笑う。
紀人は不満そうな顔のまま、その横へ回り込んだ。
「何作ってるの?」
「秘密」
「また?」
「また」
「ジン兄さん、秘密多すぎ」
「大人には秘密が多いんだよ」
「じゃあ俺も大人になったら秘密いっぱい作る」
「それはやめた方がいい」
「なんで!?」
「面倒だから」
「…………」
紀人が眉を寄せた。
「ジン兄さんが言ったんじゃん」
「言ったね」
「ずるい!」
「今日はそれ、よく言うなあ」
紀人は近くにあった椅子へ腰を下ろした。
まだ足は床に届かない。
ぶらぶらと揺らしながら、作業するジンを眺める。
「なあ」
「ん?」
「ジン兄さんって」
「うん」
「何でも作れるの?」
「何でも?」
「うん」
紀人は部屋の中を見回した。
ここにある物の大半は、何のための物なのかすら分からない。
けれど。
壊れた物を持ってくれば、ジンはたいてい何とかしてしまった。
玩具。
ラジオ。
時計。
それに以前、パンさんが持ち込んできた、何に使っていたのか紀人には最後まで分からなかった古い機械まで。
「ロボットも?」
「物による」
「車は?」
「物による」
「飛行機!」
「だんだん大きくなってきたね」
「じゃあ宇宙船!」
「急に宇宙まで行ったな」
「作れる?」
「無理」
「えー!」
紀人は本気で残念そうな顔をした。
「何でも作れるんじゃないの?」
「誰がそんなこと言ったんだよ」
「俺」
「君か」
「でもジン兄さんなら作れそうじゃん」
「宇宙船は無理だよ」
「じゃあロケット」
「もっと無理」
「じゃあタイムマシン」
「方向性がおかしくなってきた」
「透明になるやつ!」
「それも無理」
「空飛ぶ靴!」
「……それは」
ジンの手が。
ほんの一瞬だけ止まった。
「?」
「ジン兄さん?」
「いや」
すぐに何事もなかったように、作業へ戻る。
「それも今は無理」
「今は?」
「言葉の綾だよ」
「言葉のあや?」
「気にしなくていい」
「気になる!」
「じゃあ宿題終わった?」
「…………」
「紀人?」
紀人は少し考え。
「気にしないことにする」
「よろしい」
「ずるい!」
また言った。
今度はジンも声を上げて笑った。
◇
「ただいまー……って」
その時。
別の声がした。
「また来てるのか、紀人」
「パンさん!」
紀人は椅子から飛び降りる。
パンさんは買い物袋を提げたまま、部屋の中を覗き込んでいた。
「今日は何を壊しに来た?」
「壊さないよ!」
「前も聞いたぞ、それ」
「今日はまだ何も壊してない!」
「“まだ”って言ったな」
「…………」
紀人が固まる。
ジンが吹き出した。
「ほら」
「ジン兄さんは黙ってて!」
「俺の部屋なのに?」
「今だけ!」
パンさんは笑いながら、買い物袋を机へ置いた。
「ほら。差し入れ」
「何?」
「ジュースと菓子」
「やった!」
紀人はすぐさま袋へ駆け寄る。
「お前、自分の家みたいに喜ぶな」
「いいじゃん」
「まあいいけど」
パンさんは飲み物を冷蔵庫へ入れながら、ジンの作業台をちらりと見た。
「また何か作ってんのか」
「まあね」
「今度は爆発しない?」
「前のは爆発じゃない」
「煙出てたぞ」
「放熱」
「音もしたぞ」
「動作音」
「近所の犬、めちゃくちゃ吠えてたぞ」
「犬は機械に詳しくないからね」
「そういう問題じゃない」
紀人は二人のやり取りを聞きながら、菓子の袋を開ける。
この二人が話している時は。
いつもこんな感じだった。
「ジン兄さん」
「ん?」
「パンさん」
「何だ?」
「二人って、昔から知り合いなの?」
「昔からっていうか」
パンさんがジンを見る。
「腐れ縁だな」
「言い方」
「違うのか?」
「否定はしないけど」
「ほら」
紀人の目が輝いた。
「じゃあ昔から一緒に遊んでた?」
「まあ」
「バンドも?」
パンさんの動きが。
ぴたりと止まった。
「…………」
ジンも。
ゆっくりとパンさんを見る。
「誰から聞いたの?」
「近所のおばちゃん」
「あの人か……」
パンさんが額を押さえる。
「バンドって何!?」
「別に大したもんじゃない」
「やってたの!?」
「バンドっていうほどのものでもないよ」
ジンが笑う。
「昔、地元の催しでちょっと演奏しただけ」
「何それ!」
紀人の目がさらに輝く。
「今度やろう!」
「何でそうなる」
「俺もやる!」
「もう参加する気なの!?」
パンさんが呆れる。
「お前、何の楽器できるんだよ」
「…………」
紀人は真剣に考えた。
「歌!」
「楽器じゃない」
「じゃあ太鼓!」
「できるの?」
「叩けば音出る!」
「基準が低い」
「でも楽しそう!」
紀人はすっかりその気だった。
ジンが、そんな紀人の顔を見て。
次に。
パンさんを見る。
「…………」
「その顔やめろ」
「何も言ってないけど」
「お前、またやろうとか考えてるだろ」
「別に?」
「顔に書いてある」
「…………」
さっき。
ジンが紀人へ言ったのと、まったく同じ言葉だった。
紀人はそれに気づき。
吹き出した。
「ジン兄さんも顔に書いてあるんじゃん!」
「これは違う」
「何が違うんだよ」
パンさんまで笑う。
「じゃあ」
ジンが言った。
「やる?」
「やらない」
「パンさん!」
「やらない」
「パンさーん!」
「その目やめろ!」
「一回だけ!」
「嫌だ!」
「お願い!」
「嫌だ!」
「パンさーん!」
「引っ張るな!」
紀人はパンさんの腕を引っ張り。
ジンはそれを見ながら。
楽しそうに笑っていた。
◇
そんな。
何でもない日だった。
紀人にとって。
ジンのところへ遊びに来ることは。
特別でも何でもなかった。
パンさんがいて。
ジンがいて。
三人でくだらない話をして。
笑う。
時には何かを作り。
時には何かを壊し。
ジンに怒られ。
パンさんに呆れられ。
それでも最後には。
三人で笑う。
そんな時間が。
ずっと続くものだと思っていた。
◇
「じゃあな、紀人」
夕方。
そろそろ帰らなければならない時間になった。
「うん!」
「寄り道するなよ」
パンさんが念を押す。
「しない!」
「昨日しただろ」
「昨日は昨日!」
「今日も同じこと言ってるぞ」
「今日はしないって!」
「本当かなあ」
ジンが笑う。
「ジン兄さんまで!」
「暗くなる前に帰れよ」
「分かってる!」
紀人は走り出した。
数歩進み。
ふと思い出して振り返る。
「パンさん!」
「ん?」
「今度、バンドやるからね!」
「勝手に決めるな!」
「ジン兄さんも!」
「ああ」
「また来る!」
ジンが。
いつものように。
片手を上げる。
「またな、紀人」
「うん!」
紀人も。
何の疑いもなく。
大きく手を振り返した。
「またな!」
明日でも。
明後日でも。
来週でも。
また会える。
また。
知らないことを教えてもらって。
難しすぎて途中から分からなくなって。
パンさんと一緒にジンへ文句を言って。
それから。
三人で笑う。
そんな日が。
これからも。
当たり前のように続いていく。
そう思っていた。
十年後。
行方の分からなくなったジンから。
一つの荷物が。
紀人のもとへ届くことになるなど。
この時の紀人は。
まだ。
知るはずもなかった。
――つづく
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※本作は、作者が物語のストーリー、世界観、キャラクター、設定、展開を考案し、AIとの対話を通じて文章の整理・推敲・執筆補助を行いながら制作しています。
物語の方向性、設定、展開、および最終的な内容の判断は作者自身が行っています。
本作では「人間とAIが協力して、一つの物語を作る」という創作の形にも取り組んでいます。
※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




