手がないなら、使わせてもらう!」
ANOTHER BEAST GEAR
第3話「手がないなら、使わせてもらう!」
時根脱才 作
カバーは開いた。
そこまでは、どうにかなった。
怪人の攻撃でひしゃげた柵。その折れ曲がった金属部分へベルトを引っかけ、腰を捻り、身体ごと動かしてカバーをこじ開けたのだ。
我ながら、よくやったと思う。
少なくとも数秒前までは。
「…………」
紀人は、自分の腰へ視線を落とした。
開いたカバー。
その奥に、コブラメモリーが鎮座している。
抜けばいい。
たった、それだけだ。
それだけなのだが――。
「手を使わずに……どうやってメモリー抜くんだよ!」
叫んだところで、消えてしまった両腕が生えてくるわけではない。
当然、怪人が解決方法を教えてくれるわけでもなかった。
むしろ怪人は地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。
「うおっ!」
振り下ろされた拳を、紀人は横っ跳びでかわした。
直後。
背後で轟音が弾ける。
怪人の拳をまともに受けた壁が砕け、破片がばらばらと路上へ降り注いだ。
「だからちょっとくらい考える時間くれって!」
怪人がゆっくりと振り返る。
言葉など通じていない。
いや、通じていたとしても待ってくれるはずがない。
「くれないよな! 知ってた!」
紀人は駆け出した。
左右の肩から先がない。
腕を振って身体のバランスを取れないため、普通に走っているだけでも重心が妙にぶれる。
最初に比べれば慣れてきた。
それでも、走りづらいものは走りづらい。
しかも今は、ベルトのカバーが開いたままだ。
転倒して地面にぶつけるなど、絶対に避けたい。
「あとメモリー抜くだけなんだぞ……!」
そこまで来た。
本当に、あと一歩なのだ。
「指が一本あれば済む話なんだよ!」
その一本すら、今の紀人にはない。
◇
「何か……何かあるだろ!」
怪人から逃げながら、紀人は必死に周囲を見回した。
先ほど使った壊れた柵。
道路へ散乱した瓦礫。
壁。
ひしゃげた道路標識。
手の代わりになりそうなもの。
メモリーへ引っかけて、そのまま引き抜ける何か。
「…………」
紀人の視線が、再び壊れた柵へ向いた。
「いや……ダメだ」
すぐに首を振る。
カバーならよかった。
大きく張り出した部分へ金属を引っかけ、身体を動かせば開けることができた。
しかしメモリーは違う。
ベルトへ直接差し込まれている。
その隙間へ無理やり金属片を突っ込み、こじって引き抜く。
もし途中で折れたら。
あるいはメモリーだけでなく、ベルト側まで壊したら。
「…………」
嫌な想像が頭に浮かんだ。
腕はない。
メモリーは壊れた。
ベルトまで故障した。
「地獄じゃねえか!」
即座に却下した。
その瞬間、背後から空気を裂く音。
「くっ!」
紀人は身体を沈めた。
怪人の拳が頭上すれすれを通過する。
その勢いを利用して身体を反転させる。
「おらっ!」
怪人の膝へ蹴りを叩き込んだ。
巨体がわずかに沈む。
紀人は止まらない。
「もう一発!」
軸足を返し、顎を狙って蹴り上げる。
鈍い手応え。
怪人が数歩後退した。
「よし!」
腕がなくても戦える。
最初こそ転ぶ、受け身が取れない、捕まれば何もできないと散々だったが、脚だけを使う戦闘にも少しずつ適応してきている。
だが。
「勝つのは別問題なんだよな……!」
拳は使えない。
掴めない。
腕による防御もできない。
何より、この状態で無理に戦い続ける理由がない。
「戻れるなら、戻った方がいいに決まってる!」
紀人は開いたベルトへ目をやった。
そこに刺さっているコブラメモリー。
抜く。
ただ抜けばいい。
「抜く……抜く……」
何かで。
何かを使って。
手の代わりになるもの。
「…………」
そこで紀人の視線が、ふと怪人へ向いた。
怪人が両腕を構えている。
右腕。
左腕。
その先には。
当然ながら、手がある。
「…………」
紀人の足が止まった。
怪人もまた、わずかに距離を置いて紀人を見ている。
「お前……」
紀人の目が怪人の手へ吸い寄せられる。
「手、あるな」
怪人は答えない。
「しかも両方」
自分の肩を見る。
ない。
怪人を見る。
ある。
自分にはない。
相手にはある。
「…………あるじゃん」
紀人の口元が、ゆっくりと持ち上がった。
「手」
思わず怪人を指差そうとして――。
「…………」
指すための腕がない。
「くそっ! こういうときまで!」
しかし。
方法は見つかった。
◇
「よし」
紀人は怪人へ身体を向けた。
「ちょっと協力してもらうぞ」
返答の代わりに、怪人が地面を蹴った。
「もちろん!」
紀人も駆ける。
「お前に協力する気がないのは知ってる!」
正面から拳が飛んでくる。
紀人は首を振ってかわした。
「これは違う!」
続いて反対側。
身体を捻る。
拳が胸元を掠める。
「これも違う!」
蹴りを返し、いったん距離を取った。
「問題は……」
怪人の手を見る。
「どうやって、あいつの手をメモリーに当てるかだ」
拳を直接ベルトへ誘導する。
そんな真似はできない。
怪人の一撃には壁を砕くほどの威力がある。
そんなものをベルトに直撃させれば、メモリーを抜くどころではない。
「殴らせるんじゃない」
必要なのは。
手。
できれば、指。
「……掴ませる」
そこまで考えて。
「…………」
紀人の顔が引きつった。
「いや、どうやって!?」
ここを掴んでください。
できればメモリーに指を引っかけてください。
そんなお願いを怪人が聞いてくれるわけがない。
「そりゃそうだよ!」
怪人が再び迫る。
紀人は一歩後退した。
さらに一歩。
逃げるのではない。
距離を測る。
相手の腕。
手。
自分の腰。
開いたカバー。
その奥にあるメモリー。
「だったら――」
やらせるしかない。
紀人は足を止めた。
「来い!」
今度は避けない。
怪人の手が伸びる。
拳ではない。
紀人の身体そのものを捕まえようとしている。
「まだ……!」
巨大な指が迫る。
本能が逃げろと叫ぶ。
だが紀人は動かない。
「まだ……!」
あと少し。
あと一歩。
「今!」
直前で身体を捻った。
怪人の手が紀人の胴へ回り込む。
「ぐっ!」
強烈な圧迫感。
捕まった。
「よし!」
成功――。
「いや、よくねえ!」
足が地面から離れた。
「うおおおおおっ!?」
視界が一気に高くなる。
怪人が紀人を持ち上げたのだ。
「違う違う! そうじゃねえ!」
そのまま腕が動き始める。
嫌というほど覚えがある。
「また振り回す気かよ!」
だが。
今回は目的が違う。
紀人は必死に怪人の手の位置を確認した。
胴体を掴む太い指。
そのすぐ下。
腰には開いたままのベルト。
「もうちょい下……!」
腕は使えない。
ならば、胴体そのものを動かす。
腰を捻る。
背中を反らす。
怪人の手へ、ベルトの方を近づける。
「そこ……!」
指先がカバーの縁に触れた。
「あとちょっと!」
紀人はさらに身体を捻った。
「頼む!」
敵に何を頼んでいるんだ、俺は。
そんな考えが一瞬だけ頭をよぎる。
当然、怪人は紀人の都合など知らない。
暴れる紀人を押さえ込もうとして、指へ力を込める。
その一本が滑り――。
開いたカバーの内側へ。
「――!」
コブラメモリーへ引っかかった。
「そこだ!」
紀人は思い切り上体を反らした。
怪人は紀人を掴んでいる。
怪人の指はメモリーへ引っかかっている。
なら。
自分の身体を動かせば。
「抜けろぉぉぉぉぉっ!」
腰を捻る。
怪人の手。
ベルト。
コブラメモリー。
三つに異なる方向から力がかかる。
ぐっ。
「もうちょい!」
確かに動いた。
メモリーがわずかに浮いている。
「いける!」
その瞬間。
怪人が紀人を投げようと、大きく腕を振った。
「今だけは――!」
足は宙に浮いている。
踏ん張れない。
それでも紀人は身体を捻り続けた。
「離すなよ!」
敵に向かって、自分を離すなと叫ぶ。
状況だけ切り取れば意味不明だった。
「うおおおおおおっ!」
怪人の腕が振り抜かれる。
紀人の身体が引っ張られる。
指に引っかかったメモリーへ、最後の力が加わった。
――スポン。
「!」
コブラメモリーが抜けた。
「抜けたあああああああっ!」
やった。
これで――。
「…………」
紀人は一瞬だけ自分の肩を見る。
ない。
「……そうだった!」
抜いただけでは終わらない。
形態変化を確定させるには、カバーを閉じなければならない。
「最後まで面倒くせええええ!」
しかも。
怪人に掴まれたままである。
「だったら!」
紀人は再び腰を捻った。
開いたカバーを怪人の手へ押し当てる。
「ついでだ! 最後まで付き合え!」
怪人が紀人を振り払おうと腕を動かした。
その勢い。
怪人の手。
そして、押し当てたカバー。
――カチン。
「!」
閉じた。
次の瞬間。
形態変化が走る。
肩から先。
失われていた部分が戻っていく。
「おおおおおおっ!」
右腕。
左腕。
手。
そして、十本の指。
「戻った!」
拳を握れる。
指が動く。
腕に力が入る。
普段なら意識すらしない感覚が、今は信じられないほどありがたい。
「…………」
ただし。
まだ怪人に掴まれている。
紀人と怪人の視線が合った。
「…………」
紀人は、戻ったばかりの右手をゆっくり握り締めた。
「じゃあ――」
拳を作る。
「まず離せ!」
拳が怪人の顔面へ突き刺さった。
怪人の手が緩む。
「よし!」
紀人の身体が落下する。
「っと!」
両手を地面につく。
衝撃を逃がす。
そのまま転がり、すぐに立ち上がった。
「…………」
両手を見る。
握る。
開く。
もう一度、握る。
「すげえ……」
紀人は心の底から呟いた。
「手があると……めちゃくちゃ便利だ……!」
今さら知った。
当たり前すぎる事実だった。
◇
怪人が立ち上がる。
まだ戦いは終わっていない。
「さて」
紀人はベルトへ目を落とした。
今度は手がある。
メモリーを自分で選べる。
自分で差せる。
そして、自分でカバーを操作できる。
「もう間違えねえ」
一本取る。
「違う」
確認して戻す。
次。
「これも違う」
怪人が迫ってくる。
「待て! 今確認してる!」
待つはずがない。
「だからお前は!」
拳をかわしながら、次のメモリーを確認する。
「……これだ!」
見る。
もう一度見る。
「間違いないな?」
確認。
さらにスロットも確認。
「よし!」
差し込む。
そして。
カバーを閉じる。
形態変化。
紀人は真っ先に右腕を見た。
「ある!」
左腕。
「ある!」
両手を握る。
「ある!」
そこまで確認して、ようやく怪人へ顔を向けた。
「よし!」
構える。
「今度こそ戦える!」
怪人が突進してくる。
紀人も地面を蹴った。
拳。
回避。
蹴り。
身体を返す。
そして、もう一度拳。
「おらぁっ!」
打撃が怪人を捉えた。
巨体が大きく吹き飛んだ。
◇
戦いが終わった。
静けさを取り戻した場所で、紀人はその場へへたり込んだ。
「はぁ……はぁ……」
疲れた。
全身が重い。
だが、怪人と戦った疲労だけではない。
今日の戦いは、別の意味で精神を削られすぎた。
「…………」
紀人は両手を持ち上げた。
十本の指。
曲げる。
伸ばす。
握る。
開く。
「……ある」
当たり前なのに。
妙に嬉しかった。
「もう二度と……」
ベルトへ目を落とす。
「確認しないでメモリー入れねえ」
心の底から誓った。
メモリーには、それぞれ対応する生物の特徴がある。
そして、その特徴は装着した部位へ反映される。
だからこそ。
どのメモリーを。
どの部位へ入れるのか。
ちゃんと考えなければならない。
「コブラに腕はない……」
紀人は遠い目をした。
「なんで入れる前に気づかなかったんだ、俺……」
沈黙。
数秒後。
「…………待てよ」
紀人の視線が、手元のメモリーへ落ちる。
「じゃあ逆に……」
思考が動き始める。
「腕がある生き物なら――」
そこで。
紀人は勢いよく首を振った。
「やめろ」
自分自身へ言い聞かせる。
「今日はもう何も試すな」
メモリーをしまった。
「絶対ろくなことにならねえ」
立ち上がる。
歩き始める。
一歩。
二歩。
三歩。
「…………」
紀人は足を止めた。
振り返る。
怪人と戦った場所。
壊れた壁。
ひしゃげた柵。
散乱する瓦礫。
そして。
自分の両腕。
「…………」
深く。
本当に深く。
ため息をついた。
「腕って……大事だな」
その日。
紀人は怪人との戦いで、また一つ大切なことを学んだ。
メモリーは、ちゃんと確認してから入れよう。
そして。
コブラに腕はない。
――当たり前である。
◇
後書き
「手がないなら、敵の手を使えばいい」。
というわけで、「腕がない!?」編、これにて完結です。
第1話では、紀人が腕のスロットへコブラメモリーを入れてしまったことで、まさかの両腕消失。
第2話では、腕のない身体でどうにか戦いながらベルトのカバーを開けることには成功。
ところが、今度はメモリーを抜くための手がない。
そして第3話。
紀人が最後に利用したのは、よりにもよって戦っている怪人の手でした。
敵に自分を掴ませ、その手と戦闘中の動きを利用してメモリーを抜く。
さらに、メモリーを抜いただけでは形態変化は完了しないため、最後はカバーを閉じるところまで怪人に「協力」してもらいました。
もちろん怪人本人に協力しているつもりはありません。
そして紀人が今回得た最大の教訓。
メモリーは、ちゃんと確認してから入れよう。
コブラに腕はありません。
当たり前です。
でも、戦闘中に焦っていると、その当たり前を忘れることもある。
……たぶん。
これにて、ANOTHER BEAST GEAR「腕がない!?」編、完結です。
【ANOTHER BEAST GEAR】
本作は『ビーストギア』本編の設定をもとに、「もし、あのとき別の選択・結果になっていたら」を描くIFストーリーです。
本編とは異なる世界線の物語であり、本編の出来事そのものを変更するものではありません。
また、ANOTHERであっても、本編で確定している世界観・能力・ビーストギアおよびメモリーの基本設定は共通しています。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、基本設定は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。




