第二話 アガト
第二話 アガト
数日後の朝。
公園の中央には大きな池があり、その周囲をぐるりと囲むように遊歩道が整備されている。
紀人はいつものように、その周回路を一定のペースで走っていた。
朝のランニングは毎日の日課だ。
池の水面には朝の光が反射し、まだ時間が早いこともあって遊歩道を利用している人も少ない。
「ふっ、ふっ……」
呼吸と歩幅を一定に保ちながら、池の周りを走る。
何周目かに入ったところで、紀人は何となく周囲へ目を向けた。
遊歩道脇の茂み。
木の陰。
ベンチ。
特に変わったものは見当たらない。
「……別に、探してるわけじゃないからな」
誰に言っているのか、自分でも分からない。
紀人は前を向き、そのまま走り続けた。
◇
もう一周して、池の反対側へ差しかかった時だった。
がさっ。
「ん?」
紀人の速度が落ちる。
遊歩道脇の茂みで、何かが動いた。
少し待つ。
がさっ。
まただ。
「まさか……」
紀人は足を止めた。
まず遊歩道の前後を確認する。
今のところ、人はいない。
それを確かめてから茂みへ目を向けた。
「……いるの?」
返事はない。
しばらくすると、茂みからほんの少しだけ顔が出た。
「あ」
ネズミ怪人。
前に子供たちと遊んでいた。
そして、それより前には川出を助けていた。
あの怪人だった。
「……いた」
ネズミ怪人も紀人を見る。
しばらく、お互い動かなかった。
前回は東も一緒にいた。
その時は二人に気づくと警戒して逃げてしまったが、今日は紀人一人。
逃げようとはしない。
ただし、近づいてもこなかった。
「今日は俺一人だよ。別に捕まえたりしないから」
意味が通じているのかは分からない。
紀人も近づかなかった。
捕まえに来たわけではないし、話を聞こうにも、そもそもどこまで言葉が通じるのか分からない。
「まあ、いいや。俺、走ってるだけだから」
もう一度、遊歩道の前後を確認する。
誰もいない。
紀人は遊歩道脇の少し広くなった場所へ移動し、軽く身体をほぐし始めた。
◇
腕を左右に伸ばし、肩を回す。
それから屈伸。
何気なく顔を上げると、ネズミ怪人が茂みから半分ほど身体を出して、じっとこちらを見ていた。
「何?」
返事はない。
紀人がもう一度腕を伸ばす。
すると、ネズミ怪人も少し遅れて腕を伸ばした。
「……ん?」
反対側。
ネズミ怪人も反対側。
今度は屈伸。
ぎこちないながらも、同じようにしゃがんで立ち上がる。
「お前、真似してんの?」
「……?」
ネズミ怪人が首を傾げた。
紀人は少し考えると、両手を大きく上へ伸ばし、片足を上げてわざと妙なポーズを取った。
ネズミ怪人はそれをじっと見てから、同じように両手を上げ、片足を持ち上げる。
ぐらっ。
「危なっ」
何とか踏ん張った姿を見て、紀人が吹き出す。
「何やってんだよ。……いや、俺がやったんだけどさ」
今度は腕を横へ伸ばし、片足を後ろへ。
「これは?」
ネズミ怪人も真似をする。
しかし、また身体がぐらぐらと揺れる。
「下手だな」
「……!」
何となく不満そうに見えた。
「怒った?」
言葉は分からないはずなのに、何となく反応だけは伝わってくる。
紀人はまた笑った。
◇
その時、ネズミ怪人の耳が動いた。
「ん?」
紀人もすぐに気づく。
遊歩道の向こうから足音が近づいてくる。
「……人来るな」
ネズミ怪人の身体が強張った。
紀人はすぐ茂みを指差す。
「隠れてろ」
言葉が通じたのか、それともネズミ怪人自身がそう判断したのか。
すぐに茂みの奥へ姿を消した。
紀人も何事もなかったようにストレッチを続ける。
少しして、散歩中らしい男性が歩いてきた。
「おはようございます」
「おはようございます」
普通に挨拶を交わす。
男性はそのまま遊歩道を歩いていった。
紀人はその背中を見送り、姿が遠ざかってからもう一度周囲を確認した。
誰もいない。
「……もういいぞ」
茂みを見る。
何も起きない。
「行ったよ」
がさっ。
茂みから顔が出た。
「いた」
ネズミ怪人がゆっくり出てくる。
「お前も大変だな」
「……?」
「いや。見つからない方がいいもんな」
それは紀人にも分かる。
怪人が公園にいる。
それだけで、何が起きるか分からない。
「俺も黙っとくから」
意味は通じていないだろう。
それでも、紀人はそう言った。
◇
「よし。じゃあ、俺もう一周するから」
紀人は池を囲む周回路を見る。
今なら人はいない。
「来る?」
ネズミ怪人が首を傾げる。
「まあ、好きにすればいいけど」
紀人が走り出した。
いつものペースで遊歩道を進む。
しばらくすると、後ろから別の足音が聞こえてきた。
たっ、たっ、たっ。
紀人が振り返る。
「……やっぱ来るんだ」
ネズミ怪人が少し後ろを走っている。
「へえ」
紀人が少しだけ速度を上げる。
ネズミ怪人も上げる。
さらに少し速くする。
それでもついてくる。
「結構速いじゃん」
返事はない。
ただ、一緒に走る。
池をぐるりと回りながら、紀人の顔に少しずつ笑みが浮かんだ。
「じゃあ、次は競争する?」
「?」
当然、言葉は通じない。
◇
一周して、再び人のいない場所まで戻ってきた。
紀人は足を止め、遊歩道の前後と、隣接する遊び場を確認する。
まだ誰もいない。
「今なら大丈夫か」
少し先のカーブを指差す。
「ここから、あそこまで」
ネズミ怪人は首を傾げている。
「分かんないよな」
紀人はスタートの姿勢を取った。
すると。
ネズミ怪人も同じように姿勢を低くする。
「それは分かるんだ」
紀人が笑った。
「じゃあ、よーい……」
少し間を置いて。
「ドン!」
二人が同時に走り出した。
◇
最初は、ただの競争だった。
カーブまで走り、紀人が先に到着する。
「俺の勝ち!」
ネズミ怪人が少し遅れて到着した。
「もう一回?」
紀人が構えると、ネズミ怪人も構える。
「よーい……」
その瞬間。
ネズミ怪人が先に飛び出した。
「おい!」
紀人も慌てて追う。
「まだドンって言ってないだろ!」
当然、通じない。
ネズミ怪人は先にカーブへ到着し、振り返った。
何となく嬉しそうに見える。
「それ反則だろ! 絶対分かっててやっただろ」
「……?」
「その顔やめろ」
紀人は笑った。
次は紀人が走るふりをして、右と見せかけて左へ。
ネズミ怪人が右へ飛び出す。
「引っかかった!」
「……!」
今度はネズミ怪人が紀人を追う。
「ちょっ!」
遊歩道から大きく外れない範囲で、走って、追って、方向を変える。
競争だったはずが、いつの間にかただの追いかけっこになっていた。
「ははっ!」
紀人が笑う。
ネズミ怪人も楽しそうに走っている。
◇
ただし、紀人は遊びに夢中になっても周囲への注意だけは忘れなかった。
前方に人影。
「待った」
紀人が止まる。
ネズミ怪人も止まった。
「人」
紀人が指差す。
ネズミ怪人も気づき、すぐ遊歩道脇の茂みへ隠れた。
紀人は一人で走り始める。
向こうから来たジョギング中の女性とすれ違う。
「おはようございます」
「おはようございます」
何もなかったように走り続ける。
女性が遠ざかる。
紀人は速度を落とし、周囲を確認した。
「もういいぞ」
がさっ。
ネズミ怪人が出てくる。
「続きやる?」
「……?」
「まあ、いいや」
紀人が走る。
ネズミ怪人も走る。
人が来れば隠れる。
いなくなれば、また出てくる。
いつの間にか。
二人だけの妙なルールができていた。
◇
しばらくして。
紀人は池の見えるベンチへ座った。
「……疲れた」
飲み物を開ける。
ネズミ怪人は少し離れたところ。
人が来ればすぐ隠れられる位置に座っている。
さっきまであれだけ走っていたのに、今は静かだった。
紀人は飲み物を一口飲み、ネズミ怪人を見る。
「お前さ、言葉あんまり分かんないんだろ?」
「……?」
「まあ、俺もお前の言ってること分かんないけど」
言葉は通じない。
名前も知らない。
何者なのかも分からない。
それなのに、一緒に走れた。
一緒に遊べた。
人が来れば、二人とも見つからないようにする。
「……変なの」
ネズミ怪人が首を傾げた。
「いや、お前じゃなくて」
紀人は自分を指差す。
「俺が」
◇
紀人は自分の手を見る。
見た目は、人間の手だ。
だが、自分の身体は普通の人間とは違う。
怪人と戦える。
メモリーを使えば、身体そのものが変わる。
そして、自分には失われている記憶もある。
隣を見る。
ネズミ怪人。
言葉もまともに通じない。
なのに、走れば分かる。
追えば逃げる。
逃げれば追う。
笑えば、何となく向こうも楽しそうに見える。
「お前とは、言葉通じないのにな」
「……?」
「なんか分かるんだよな」
少しだけ考える。
「ひょっとして俺も、人間より……お前らの方に近かったりしてな」
ネズミ怪人が首を傾げた。
紀人は少し笑う。
「……何でもない」
深刻に考えるつもりはなかった。
ただ、何となくそう思っただけだった。
◇
「よし。そろそろ帰るわ。学校もあるし」
紀人が立ち上がり、飲み物をしまう。
周囲を確認する。
今のところ、人はいない。
「じゃあな」
公園の出口へ向かおうとした時。
ネズミ怪人が何かを持っていることに気づいた。
握った手を、紀人の前へ差し出す。
「何?」
手が開く。
どんぐり。
「どんぐり?」
ネズミ怪人が、もう少し手を前へ出す。
「俺に?」
「アガト!」
「……ん?」
「アガト!」
「アガト?」
「アガト!」
紀人はどんぐりとネズミ怪人を交互に見る。
そして、受け取った。
「ありがとう」
「アガト!」
「……」
紀人は少し考える。
どんぐりを渡したあとも、ネズミ怪人は同じ言葉を繰り返している。
「……あ」
何かに気づいたように顔を上げた。
「お前、アガトっていうの?」
「アガト!」
「やっぱり」
完全に理解した顔で頷く。
「そっか。名前あったんだな」
「アガト!」
「分かった分かった。アガトな」
「アガト!」
ネズミ怪人も嬉しそうだった。
それを見て、紀人はますます自分の理解が正しいと思った。
◇
紀人は公園の周回路をもう一度走り始めた。
少し進んだところで速度を落とす。
「そうだ。一応、報告しとくか」
東から渡された連絡用のものを取り出す。
少し考えてから連絡を入れる。
『例のネズミ怪人に、また会いました。攻撃してくる様子はありません』
そこまで入力して、少し迷う。
『一緒に走りました』
「……何の報告だよ、これ」
自分で書いて少し変な気分になる。
だが、事実だ。
さらにもう一つ。
『あと、名前はアガトらしいです』
送る。
紀人はポケットの中のどんぐりに触れた。
「アガト、か」
捨てる気にはならなかった。
そのまま朝のランニングを再開する。
池を囲む、いつもの周回路。
いつもと同じ朝。
ただ今日は、少しだけ違っていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




