第七話 誰に話す?
第七話 誰に話す?
数日後。
川出はCASHの一室で、調査資料を整理していた。
机の上には書類。
パソコンの画面には、現在追っている情報。
手は動いている。
仕事もしている。
だが、頭の片隅にはずっと、あのネズミ怪人がいた。
『アガト!』
川出は手を止めた。
思い出す。
泣いていた子供。
誰もいないことを確認して、それでも放っておけず姿を現した。
どんぐりを渡して、どうにか慰めようとしていた。
「……やっぱ、誰かに話すべきだよな」
小さく呟く。
問題は、誰に話すか。
◇
川出は顔を上げた。
CASHのメンバーがいる。
最初に目に入ったのは、南浦。
怪人に関する資料を難しい顔で見ている。
以前、南浦が言った言葉を思い出す。
怪人は全部敵じゃないのか。
現場で敵と味方を見分けろと言われても難しい。
それも無理のない話ではある。
南浦には、南浦なりの理由がある。
だからこそ。
(南浦はないな)
今は、絶対にない。
川出が見ていることに気づいたのか、南浦が顔を上げた。
「何だ?」
「え?」
「さっきから見てるだろ」
「いや、何でもない」
「何だよ」
「本当に何でもない」
「気持ち悪いな」
「すみません」
「何で謝るんだよ」
川出は視線を逸らした。
(やっぱり今は無理だな)
◇
次に視線を向けたのは東。
現場で指揮を取る立場。
そして最終的には、この話も東へ報告することになるのだろう。
ただ。
今は、何を報告する。
正体不明。
目的不明。
どこにいるのかも分からない。
なぜ自分を助けたのかも分からない。
危険ではないと断言できる材料もない。
分かっているのは、二度自分を助けたこと。
焼き菓子を食べたこと。
どんぐりや石をくれたこと。
片言で喋ること。
そして、泣いている子供を慰めたこと。
「……」
(報告書にしたら、どうなるんだこれ)
川出は想像した。
『怪人からどんぐりをもらいました』
「……駄目だな」
「何がだ?」
「うわっ!」
東がこちらを見ていた。
「どうした?」
「いや、何でもないです」
「そうか?」
「はい」
東は少し不思議そうにしながら、また仕事へ戻った。
川出は小さく息を吐く。
(東さんに話すのは、もう少し分かってからだな)
隠したいわけではない。
ちゃんと説明できる状態にしてから話したい。
今はまだ、分からないことが多すぎる。
◇
その次。
シラメ博士。
川出は少し考えた。
怪人について調べるなら、おそらく一番向いている。
身体。
能力。
性質。
何か分かるかもしれない。
(でもなあ……)
川出の頭の中に、勝手な想像が浮かぶ。
『へえ! そんな怪人がいるんだ! 僕も見たい!』
『ちょっと調べてもいい?』
「……」
もちろん、本当にそう言うかは分からない。
完全に川出の想像だ。
ただ、あのネズミ怪人は人の気配がしただけで逃げる。
ようやく、自分には近づくようになった。
そこへ、いきなり誰かを連れていく。
「……まだ早いな」
博士も保留。
◇
そして。
ニシ。
大きな身体。
元プロレスラー。
豪快だが、人の話を聞かない人間ではない。
むしろ、変な話でもまず最後まで聞いてくれそうな気がする。
(ニシさんなら……)
候補。
その隣。
北山。
川出は少し考えた。
冷静。
簡単に感情へ流されない。
怪人だからという理由だけで、すべて同じものとして見るタイプでもない。
かといって、簡単に信用するタイプでもない。
(北山さんもだな)
川出自身、もうあのネズミ怪人へかなり情が移っている。
それは自分でも分かっている。
だからこそ、自分以外の目が必要だった。
安全だと思いたいから、安全だと決める。
それでは駄目だ。
(ニシさんだけだと……)
川出はニシを見る。
(俺と一緒になって『大丈夫だろ』で終わりそうな気もするんだよな)
もちろん、偏見である。
だが。
二人なら、ちょうどいい。
「……よし」
◇
仕事が一段落した頃。
「ニシさん」
「ん?」
「北山さん」
「何だ?」
「ちょっといいですか?」
川出の声に、二人が振り返る。
「相談があるんですけど」
「仕事か?」
「まあ……仕事に関係あると言えばあります」
「何だそりゃ」
川出は周囲を見る。
「できれば、人のいないところで」
ニシと北山が顔を見合わせた。
「……分かった」
三人は、人のいない別室へ移動した。
◇
「で?」
ニシが腕を組む。
「何の話だ?」
川出は、いざ話そうとして困った。
どこから説明する。
「実は……」
「うん」
「怪人のことで」
二人の表情が変わった。
「何か出たのか?」
北山が聞く。
「いや……出たっていうか」
「襲われた?」
「逆です」
「逆?」
「……助けられました」
「……」
「……」
沈黙。
ニシが少しだけ首を傾げた。
「悪い」
「はい」
「もう一回言ってくれ」
「怪人に助けられました」
北山が言う。
「最初から話せ」
「はい」
◇
川出は、まず一度目のことから話した。
シロアリ怪人に追い詰められた時。
隊員を先に逃がし、自分が残った。
危険な状態になったところへ、ネズミ型の怪人が現れた。
「俺の手を引いて、逃がしたんです」
「怪人が?」
「はい」
「その時、シロアリには?」
北山が聞く。
「攻撃してません」
「一度も?」
「見た限りでは」
「お前を逃がしただけか」
「はい」
次は二度目。
乱戦の中、自分が攻撃を避けきれなかった。
そこへ、またネズミ怪人が現れた。
「引っ張られて、助けられました」
「同じ奴?」
「たぶん。見た目は同じです」
「その時も攻撃は?」
「してません」
「お前を助けただけ?」
「はい」
ニシが腕を組んだまま少し考える。
「二回か」
「二回です」
「偶然って感じじゃねえな」
「俺もそう思いました」
ここまでは、普通に怪人事件の話だった。
問題は、ここからだった。
◇
「それで」
「うん」
「お礼に焼き菓子を置きまして」
「……」
「……」
ニシと北山が黙った。
「焼き菓子?」
「はい」
「怪人に?」
「はい」
「何で?」
「二回も助けてもらったので」
ニシが少し考える。
「……まあ、分からなくはねえけど」
「それで、数日後に公園へ行ったら出てきまして」
「また会ったのか?」
「はい」
「それで?」
「どんぐりをくれました」
「……」
「……」
「どんぐり?」
「はい」
「怪人が?」
「はい」
「お前に?」
「はい」
北山が眉間を押さえた。
「待て」
「はい」
「何の話をしてる?」
「怪人の話です」
「途中からペットの話みたいになってるぞ」
「ペットじゃないです」
川出は即答した。
「その次は石をくれました」
「増えた」
ニシが言った。
「何がです?」
「プレゼントが」
「そうですね」
「そうですね、じゃねえよ」
ニシが少し笑った。
「お前、怪人と何やってんだ?」
「俺も最近分からなくなってきました」
「だろうな」
◇
「あと」
「まだあるのか」
「少し喋ります」
二人が止まった。
「喋る?」
北山の声が変わる。
「はい」
「会話できるのか?」
「会話ってほどじゃないです。単語を少し」
「何て言う?」
「……アガト」
「……」
「……」
ニシが口元を押さえた。
「何だそれ」
「『ありがとう』らしいです」
「らしい?」
「俺が『ありがとう』って言うと、『アガト』って返すので」
ニシの肩が少し揺れた。
「笑わないでくださいよ」
「いや、悪い」
「本人は真面目なんです」
「本人って言うな」
「じゃあ何て言えばいいんですか」
「それもそうだな」
北山は笑わない。
むしろ、そこを気にしていた。
「言葉を覚える?」
「少しずつです」
「お前の名前は?」
「覚えました」
「呼ぶのか?」
「カワデって」
ニシがとうとう笑った。
「懐かれてんじゃねえか」
「やっぱりそう見えます?」
「それ以外どう見ろってんだ」
「俺も最近そんな気がしてきて」
北山が二人を見る。
「話を戻せ」
「はい」
「すみません」
◇
そして、川出は昨日の出来事を話した。
「公園で、子供が一人で泣いてたんです」
「それで?」
「俺はその時いませんでした」
「……まさか」
「はい」
川出は頷く。
「あいつ、自分から出ていったみたいです」
泣いている子供。
誰もいないことを確認した。
それでも放っておけなかった。
姿を見せた。
覚えた言葉を使って、どうにか慰めようとした。
うまくいかなくて。
最後には。
「どんぐりを渡してました」
「またどんぐりか」
「好きなんでしょうね」
「そこじゃない」
北山が言う。
「子供は?」
「怖がってませんでした。むしろ懐いてました」
「怪我は?」
「ありません」
「怪人は?」
「何もしてません。どんぐり渡しただけです」
「そのあと?」
「俺が子供を母親のところへ戻しました」
「怪人は?」
「公園で待ってました」
「……待ってた?」
「はい」
「お前が戻るまで?」
「はい」
北山が黙る。
ニシも、今度は笑わなかった。
◇
「それで、相談しようと思ったんです」
「……なるほどな」
ニシが腕を組む。
「たまたま今回は子供だったから、何も起きませんでした」
川出は続ける。
「でも、あいつ……たぶん、困ってる奴を見ると放っておけないんだと思います」
次は大人かもしれない。
人が大勢いる場所かもしれない。
そこで怪人だと騒がれたら。
川出の言葉が止まる。
北山が川出を見る。
「お前」
「はい?」
「そいつが人間を襲う心配をしてるんじゃないな」
川出は少し黙った。
「……はい」
「そいつの方が危ないと思ってるのか」
「はい」
怪人が出た。
そうなれば誰かが通報する。
警察が来る。
CASHが来る可能性もある。
その時。
何も知らない人間から見れば、ただの怪人だ。
「……あいつ」
川出が言う。
「たぶん、自分がどう見られるか分かってないです」
困っている。
だから助ける。
それだけ。
「このままだと、いつか……」
川出はそこで言葉を止めた。
◇
しばらく、誰も喋らなかった。
やがてニシが言った。
「一回、見せてくれ」
川出が顔を上げる。
「会ってくれます?」
「話だけじゃ分からん」
北山も頷く。
「安全とも危険とも、まだ決められない」
「はい」
「だが、お前の話が本当なら確認する価値はある」
「……ありがとうございます」
「礼はまだ早い」
「そうですね」
ニシが笑う。
「で」
「はい?」
「そのアガトって奴」
「アガトって名前じゃないですよ」
「まだ名前分からねえんだろ?」
「そうですけど」
「じゃあ今はアガトでいいだろ」
「本人が聞いたら喜びそうですけどね」
「じゃあ決まりだ」
「勝手に決めないでください」
北山がため息をつく。
「それで」
「はい」
「俺たちが行って、そいつは出てくるのか?」
川出が止まった。
ニシも北山も、川出を見る。
「……そこなんですよね」
「おい」
「人の気配がすると、すぐ隠れるんですよ」
「じゃあどうやって会うんだ」
「考えます」
「そこからかよ」
「すみません」
川出は頭をかいた。
まずは二人を、ネズミ怪人へ会わせる。
そこからだった。




