第六話 ネズミさん
第六話 ネズミさん
昼過ぎ。
いつもの公園。
平日のこの時間は、人も少ない。
風が吹き、木々が揺れる。
その中で。
「……おかあさん……」
小さな声がした。
ベンチの近くに、一人の子供が立っている。
まだ幼い。
小学校へ上がったかどうか、そのくらいの年齢だろう。
「おかあさん……」
目には涙。
周囲を見ても、誰もいない。
「どこ……」
また涙が落ちる。
「うぇぇ……」
泣き声が、静かな公園に響いた。
◇
がさっ。
茂みが揺れた。
子供は気づかない。
その奥から、ほんの少しだけ顔が出る。
ネズミ怪人。
右を見る。
左を見る。
公園の入り口を見る。
人はいない。
でも、目の前には人間がいる。
「うぇぇ……おかあさん……」
ネズミ怪人の顔が引っ込んだ。
茂みが静かになる。
「……ひっく……」
また、顔が出た。
「おかあさん……」
引っ込む。
数秒後。
また出る。
「うぇぇぇ……」
ネズミ怪人は落ち着かない。
右。
左。
子供。
また右。
左。
そして子供。
どうすればいいのか分からない。
それでも、子供は泣いている。
しばらく迷ったあと、ネズミ怪人は一歩、茂みから出た。
止まる。
子供はまだ気づかない。
もう一歩。
また止まる。
「……ひっく……」
さらに一歩。
そこで、子供が顔を上げた。
「……?」
泣き声が止まる。
ネズミ怪人も止まった。
「……」
「……」
見つめ合う。
子供が瞬きをした。
「……ねずみ?」
「……」
「ネズミさん?」
「……?」
ネズミ怪人が首を傾げた。
子供も首を傾げる。
「ネズミさん……なの?」
ネズミ怪人は逃げなかった。
◇
「おかあさん、いなくなっちゃった……」
「……?」
「どこにもいないの」
「……」
「ぼく、ここにいたのに……」
もちろん、ネズミ怪人にはほとんど理解できていない。
でも、泣いている。
それだけは分かる。
「……アガト!」
「……?」
子供が泣きながら首を傾げた。
「なに?」
「アガト!」
「……ありがと?」
「アガト!」
「まだ何もしてないよ?」
ネズミ怪人が少し困る。
「オイシ!」
「おいしい?」
「オイシ!」
「何が?」
これも違う。
「マタナ!」
「え?」
子供がさらに困った。
「どこか行っちゃうの?」
「……!」
ネズミ怪人が慌てる。
違う。
たぶん、違う。
でも、知っている言葉がもうない。
ネズミ怪人はオロオロした。
子供を見る。
周囲を見る。
自分の手を見る。
そして、何かを思いついた。
◇
ネズミ怪人が手を握った。
その手を子供の前へ差し出す。
「……?」
ゆっくりと手を開く。
ころ。
どんぐり。
一つ。
二つ。
三つ。
「どんぐり?」
ネズミ怪人が、もう少し手を前へ出す。
「くれるの?」
少し考えて。
「ハイ!」
「ほんと?」
「ハイ!」
子供は恐る恐る、どんぐりを一つ取った。
「……きれい」
涙が少しだけ止まった。
「これ、ネズミさんが拾ったの?」
「……?」
「ありがとう」
「……!」
ネズミ怪人が大きく反応した。
「アガト!」
「ありがとう」
「アガト!」
「ちがうよ」
子供が少しだけ笑った。
「ありがとう」
「アガト!」
「ありがとう」
「アガト!」
「言えてないよ」
「アガト!」
「ふふっ」
笑った。
さっきまで泣いていた子供が、笑った。
ネズミ怪人は、その顔をじっと見る。
そして。
「アガト!」
もう一度、嬉しそうに言った。
◇
「…………何してんのお前」
声がした。
ネズミ怪人が振り返る。
「カワデ!」
「いや、そうだけど」
川出だった。
調査帰り。
最近では、仕事が終われば自然とこの公園へ足が向く。
今日もそのつもりだった。
そして、公園へ入って見つけた。
ネズミ怪人。
その前には、子供。
川出は少しだけ頭が痛くなった。
「お前さ……」
「カワデ!」
「嬉しそうに俺の名前呼んでる場合じゃないんだよ」
子供が川出を見る。
「おじさん、ネズミさんのお友達?」
「……」
今度は川出が止まった。
「おじ……」
一瞬、そこに引っかかりそうになった。
だが、今はそれどころではない。
「いや……まあ……」
何と答える。
友達なのか。
そもそも、怪人と友達というのは。
「……知り合い?」
「カワデ!」
「名前言うなって!」
「カワデ!」
「何で今日に限ってそんなに連呼するんだよ!」
子供が笑った。
「カワデ!」
「君まで言わなくていいから!」
「カワデ!」
「お前もやめろ!」
何なんだ、この状況は。
◇
川出は子供の前にしゃがんだ。
「一人?」
「うん……」
「お父さんかお母さんは?」
「おかあさん……いなくなった」
「そっか」
川出の表情が変わる。
仕事の顔。
ただし、子供を怖がらせないよう声は柔らかい。
「お名前、言える?」
子供が答える。
「何歳?」
また答える。
「お母さんと、どこから来た?」
「お買い物……」
「それで、ここに来た?」
「うん」
少しずつ話を整理する。
どうやら、公園の近くで母親とはぐれてしまったらしい。
「それで泣いてたの?」
「うん」
子供は手の中のどんぐりを見る。
「そしたらネズミさんが来た」
「……こいつが?」
「うん」
「何かされた?」
「どんぐりくれた」
「……」
「あとね」
「うん」
「アガトって言う」
川出はネズミ怪人を見る。
「そこ教えなくていいんだけどな」
「アガト!」
「はいはい」
「ネズミさん、優しいよ」
川出は、少しだけ何も言えなくなった。
◇
「じゃあ」
川出は立ち上がった。
「お母さん探そうか」
「うん!」
「この辺なら、そんな遠くには行ってないと思うから」
子供がネズミ怪人の手を握った。
「……!」
「ネズミさんも行こう」
「ちょっと待った!」
川出が慌てる。
「ネズミさんも!」
「いや、こいつは……」
「?」
怪人だから。
連れて歩けない。
そんなことを、子供へどう説明する。
「こいつはここで待ってる」
「なんで?」
「それは……」
「ネズミさんもお母さん探してくれるよ」
ネズミ怪人は、子供に手を握られたまま困ったように川出を見る。
「お前もそんな顔するなよ……」
「カワデ」
「分かってる。何とかするから」
川出はしゃがむ。
「ネズミさんはさ」
自分で言って、少し変な気分になる。
「人がいっぱいいるところ、苦手なんだよ」
「そうなの?」
「そう」
たぶん、嘘ではない。
「だから、ここで待っててもらおう」
子供はネズミ怪人を見る。
「待っててくれる?」
「……?」
「待ってて」
ネズミ怪人は子供を見る。
川出を見る。
「……ハイ」
川出が少し驚いた。
子供が笑う。
「じゃあ待っててね!」
「ハイ!」
今のは本当に通じたのか。
川出には分からない。
でも、とりあえずそれでいい。
◇
川出は子供を連れて公園を出た。
そこからは早かった。
少し歩いたところで、女性の声が聞こえた。
必死に子供の名前を呼んでいる。
「おかあさん!」
子供が走る。
母親も走る。
二人はそのまま抱き合った。
「よかった……!」
泣いている。
今度は、母親の方が。
川出は少し離れたところで見ていた。
無事に再会できた。
それで十分だ。
「ありがとうございます!」
「いえ。近くの公園にいたので」
「本当に……ありがとうございます」
母親が何度も頭を下げる。
その横で、子供が言った。
「ネズミさんがね!」
川出の動きが止まった。
「ネズミさん?」
「うん! どんぐりくれたの!」
手を開く。
どんぐり。
「そうなの?」
「アガトって言うんだよ!」
「……アガト?」
「うん!」
母親は少し不思議そうな顔をした。
だが、それ以上は何も聞かなかった。
公園で出会ったネズミか。
あるいは、子供なりの想像。
そのくらいに思ったのだろう。
川出は何も言わなかった。
◇
「……まだいるかな」
母子と別れたあと、川出は公園へ戻った。
ベンチ。
誰もいない。
茂みを見る。
「おーい」
返事はない。
「帰ったか?」
少しだけ、残念に思った。
その時。
「カワデ!」
「……いた」
茂みから、ネズミ怪人が出てきた。
「本当に待ってたのか」
「カワデ!」
「そうか」
川出は笑った。
「ちゃんとお母さんのところ戻ったよ」
「……?」
「子供」
「……?」
「さっきの」
手で小さな背丈を示す。
「……?」
「難しいな」
川出は少し考えて、笑ってみせた。
「大丈夫」
「……ダイ?」
「大丈夫」
「ダイジョ?」
「まあ、そんな感じ」
ネズミ怪人は川出の顔を見る。
そして、少しだけ力を抜いたように見えた。
「心配してたのか?」
「?」
「そっか」
川出はネズミ怪人の頭へ手を伸ばしかける。
だが、途中で止めた。
まだ、そこまではやめておく。
代わりに。
「ありがとうな」
「アガト!」
「今回は俺が言ってんの」
「アガト!」
「はいはい」
川出は笑った。
◇
だが、帰ろうとして川出は立ち止まった。
「……なあ」
「?」
「お前さ」
ネズミ怪人を見る。
「困ってる奴いたら、また出ていくんだろうな」
「……?」
今日。
たまたま相手が幼い子供だった。
怖がられなかった。
騒ぎにもならなかった。
母親にも直接見られなかった。
だから、何も起きなかった。
でも、次もそうなるとは限らない。
大人の前に出たら。
大勢の前に出たら。
怪人だと騒がれたら。
川出は頭をかいた。
「これ……俺一人じゃ、どうにもならないか」
「カワデ?」
「いや」
川出は少し考えた。
「ちょっと考えるよ」
「……?」
「お前のこと」
「カワデ!」
「はいはい」
川出は公園を出る。
歩きながら考える。
誰かに相談した方がいい。
でも。
誰に。
一人、すぐに頭へ浮かんだ。
「……南浦はないな」
即座に消した。
川出はまた考える。
誰に話すべきか。
それは、まだ決まらなかった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




