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ビーストギア Another  作者: 戮
ミラーカメレオン編3

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第五話 カワデ、マタナ

第五話 カワデ、マタナ


仕事を終えた川出は、駅とは少し違う方向へ歩いていた。


もう、言い訳はしなかった。


偶然近くを通ったわけでもない。


休憩したかったわけでもない。


公園へ行く。


目的地は最初から決まっていた。


「……いるかな」


公園へ入る。


いつものベンチ。


川出は腰を下ろし、周囲を見回した。


誰もいない。


公園の奥。


茂み。


「いるか?」


返事はない。


少し待つ。


やはり何も起きない。


「今日は来ないか」


別に約束しているわけではない。


毎回来るとも限らない。


そう思った時だった。


「カワデ!」


「おう」


川出はもう驚かなかった。


声のした方を見る。


木の陰から、ネズミ怪人が顔を出している。


「いたのか」


「カワデ!」


「はいはい。川出です」


ネズミ怪人が周囲を確認する。


右。


左。


人がいない。


それを確かめてから、川出へ近づいてきた。


「今日は普通に出てきたな」


「?」


「何でもない」


川出は少し笑った。


最初に会った時なら、怪人が近づいてくれば、いつでも動けるよう警戒していた。


今は、そんなことを考えもしなかった。


◇


「ん?」


川出は気づいた。


ネズミ怪人が両手で何かを抱えている。


「今日は何?」


「アガト!」


「いや、それは分かった」


ネズミ怪人が手を開いた。


「……石?」


小さな石がいくつか。


白っぽいもの。


黒くて丸いもの。


少し光って見えるもの。


ネズミ怪人なりに、きれいだと思ったものを集めたらしい。


「これ、俺に?」


「アガト!」


「だから毎回お返ししなくていいんだって」


「アガト!」


「通じてないな」


川出は手を出した。


「まあ、もらうけど」


ころころと、石が手のひらへ落ちる。


「……これ、結構きれいだな」


一つ摘まみ、光にかざす。


少し透けている。


ネズミ怪人が川出を見る。


「スキ?」


「ん?」


「スキ?」


「ああ」


前回教えた言葉。


覚えていた。


「好き。これ好きだよ」


「スキ!」


「そう。ありがとう」


「アガト!」


「うん」


川出は石をポケットへ入れた。


前回はどんぐり。


今回は石。


このままいけば、家に何が増えていくのか。


少し不安になってきた。


◇


「俺もあるぞ」


川出は鞄から小さな袋を出した。


ネズミ怪人の鼻がすぐに動く。


「反応早いな」


すん。


すんすん。


「まだ開けてないだろ」


袋の中には焼き菓子。


「食べる?」


ネズミ怪人が頷く。


「お」


川出は一つ取り出す。


「はい」


「……ハイ?」


「そう。はい」


焼き菓子を渡す。


「はい」


「ハイ」


「そうそう」


ネズミ怪人は受け取り、一口かじった。


「オイシ!」


「よかったな」


もう一口。


「オイシ!」


「はいはい」


川出は隣へ座る。


ネズミ怪人も自然にベンチへ座った。


もう端ではない。


川出の隣。


少し間を空けるだけ。


「……慣れたな、お前」


「?」


「こっちの話」


川出も自分の飲み物を開けた。


◇


「そうだ」


川出が言った。


「せっかくだから、もうちょい覚えるか」


「?」


「言葉」


「コトバ!」


「お、覚えてる」


川出は少し考えた。


「『はい』は分かったな」


「ハイ」


「じゃあ、『いや』」


「……イヤ?」


「そう。嫌な時」


どう説明するか。


川出は飲み物を差し出した。


「これ、前に嫌がっただろ」


ネズミ怪人が鼻を近づけ、すぐに離れる。


「嫌?」


「イヤ」


「そうそう」


今度は焼き菓子を見せる。


「これは?」


「スキ!」


「正解」


もう一度。


「食べる?」


「イヤ!」


「分かった」


川出が焼き菓子を袋へ戻そうとする。


「……!」


ネズミ怪人が慌てて手を伸ばした。


「ん?」


「……」


「いらないんだろ?」


ネズミ怪人は焼き菓子を見る。


川出を見る。


「イヤ!」


「だから戻すんだけど」


「……!」


焼き菓子へ手を伸ばす。


「食うの?」


こくこく。


「じゃあ『はい』だろ」


「ハイ!」


「どっちなんだよ」


「ハイ!」


「本当に分かってんのか?」


「ハイ!」


「今の『はい』も怪しいな」


川出は笑いながら焼き菓子を渡した。


「まあ、ゆっくり覚えればいいか」


「ユックリ!」


「それも覚えてたのか」


ネズミ怪人は満足そうに焼き菓子を食べ始めた。


◇


しばらくして。


ネズミ怪人が突然、食べるのを止めた。


「ん?」


ベンチから降りる。


「どうした?」


川出には目も向けない。


何かを見ている。


公園の端。


川出もそちらを見る。


地面に何か落ちていた。


ネズミ怪人が近づく。


小さな赤い帽子。


子供用だろう。


風で飛ばされたのか、道の端に落ちている。


「帽子?」


ネズミ怪人は拾った。


見る。


周囲を見る。


「誰かの忘れ物だろ」


「……?」


「ここに置いとけば、取りに来るんじゃないか?」


川出がベンチを指差す。


だが、ネズミ怪人は帽子を持ったまま、公園の入り口を見る。


また反対側を見る。


帽子。


入り口。


帽子。


また入り口。


落ち着かない。


「……持ち主探してんの?」


返事はない。


ネズミ怪人は帽子と公園の入り口を交互に見ている。


「お前……気になるのか?」


ネズミ怪人が帽子を見る。


「誰か困ってると思ってる?」


もちろん、そんな長い言葉が通じるはずはない。


でも、様子を見れば分かる。


「……そういうの、放っとけないんだな」


「?」


「いや」


川出は立ち上がった。


「俺が預かるよ」


手を出す。


「持ち主が来たら渡す」


「……?」


「大丈夫」


ネズミ怪人は少し迷ってから、帽子を川出へ渡した。


「ハイ」


「お」


川出が受け取る。


「今の使い方は合ってる」


「ハイ!」


「そうそう」


川出は帽子をベンチの目立つ場所へ置いた。


「これなら分かるだろ」


ネズミ怪人は、しばらく帽子を見ていた。


それからようやく、川出の隣へ戻った。


◇


少しして、公園の外から話し声が聞こえてきた。


ネズミ怪人の耳が動く。


「誰か来るな」


もう、川出も慣れたものだった。


「今日はここまでだな」


ネズミ怪人が立つ。


「カワデ」


「おう」


「アガト!」


「はいはい」


ネズミ怪人が茂みへ向かう。


「またな」


「マタナ!」


「おう。またな」


今度は迷わない。


ネズミ怪人は一度振り返る。


「マタナ!」


そのまま姿を消した。


川出は笑いながら荷物を片づける。


ベンチの上。


子供用の赤い帽子。


「……困ってるの、放っとけないのか」


思い返す。


二度、自分を助けた。


そして今。


落ちていた帽子一つが気になって仕方がなかった。


「変な怪人だな」


川出は立ち上がる。


公園を出ようとして、ふと止まった。


「……っていうか」


最近。


仕事帰りにここへ来る。


ベンチへ座る。


あいつが現れる。


少し話す。


何か食べる。


人が来れば。


「またな」


そう言って別れる。


「……俺、完全に待ち合わせしてないか?」


誰も答えない。


「……まあ、いいか」


ポケットの中。


ネズミ怪人にもらった小さな石に触れる。


そのまま、川出は公園をあとにした。

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