第四話 おすそわけ
第四話 おすそわけ
数日後。
川出は仕事を終え、駅へ向かって歩いていた。
今日も一日、よく歩いた。
聞き込みをして、確認をして、移動して、また聞き込み。
「……腹減ったな」
時計を見る。
まだ少し早い。
このまま帰ってもいいし、どこかで食べて帰ってもいい。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと足が止まった。
少し先に、見覚えのある公園がある。
「……いや」
川出は一度、そのまま通り過ぎようとした。
数歩進む。
だが、また止まる。
「……別に、あいつに会いに来たわけじゃないからな」
誰に言っているのか、自分でも分からない。
川出は公園へ入った。
◇
いつものベンチ。
誰もいない。
川出は腰を下ろし、公園の奥を見る。
何もいない。
「まあ、そりゃそうか」
約束したわけではない。
あのネズミ怪人が、ここに住んでいるのかどうかすら知らない。
毎日ここへ来る理由もない。
川出は鞄を開けた。
中から飲み物と、自分用に買ったパンを取り出す。
そして、もう一つ。
小さな袋。
パンさんの店で買ってきた焼き菓子だった。
「……」
川出は袋を見る。
「別に、あいつのためだけに買ったわけじゃないからな」
当然、誰も聞いていない。
「この前どんぐりもらったし。来たら渡す。それだけ」
言い訳を追加して、袋を横へ置く。
パンを食べ始める。
一口。
もう一口。
公園の奥を見る。
いない。
また一口。
もう一度見る。
やっぱり、いない。
「何やってんだ、俺」
川出はため息をついた。
待っている。
完全に、ネズミ怪人が現れるのを待っている。
「別に来なくてもいいんだけどさ」
そう言いながら、また見る。
いない。
「……帰るか」
川出が飲み物へ手を伸ばした。
その時だった。
「……カワデ」
「うわっ!」
振り返る。
ベンチの後ろ。
いつの間にか、ネズミ怪人が立っていた。
「お前! いつからいたんだよ!」
「カワデ」
「いや……いい」
川出は胸を押さえた。
「びっくりした……」
仕事柄、人の気配には敏感なつもりだった。
なのに、こいつは時々、本当に分からない。
「カワデ!」
もう一度。
川出はネズミ怪人を見る。
「お前、覚えてたの?」
「カワデ」
「そう。川出」
自分を指差す。
「川出」
「カワデ!」
「正解」
川出は思わず笑った。
「結構頭いいじゃん、お前」
「……アタマ?」
「そこはいい」
ネズミ怪人が首を傾げた。
◇
「そうだ」
川出は横に置いた袋を取った。
「ほら」
ネズミ怪人が袋を見る。
「?」
「この前、どんぐりいっぱいくれただろ」
ネズミ怪人は首を傾げている。
「まあ、通じないか」
川出は袋を差し出した。
「おすそわけ」
「……オス?」
「違う」
「オス?」
「そこだけ覚えるな」
「オス」
「やめろ」
川出は袋を開け、焼き菓子を一つ取り出した。
「これ。食べる?」
ネズミ怪人の鼻が動いた。
すん。
すんすん。
「そう。食べ物」
川出が差し出す。
ネズミ怪人はすぐには取らない。
焼き菓子を見る。
川出を見る。
また焼き菓子。
「大丈夫だよ」
意味が通じるかは分からない。
それでも、ネズミ怪人は手を伸ばした。
受け取る。
匂いを嗅ぐ。
少しだけ、かじる。
「……!」
「どう?」
もぐ。
もぐもぐ。
もう一口。
「アガト!」
「はいはい」
川出は笑った。
「アガト」
「アガト!」
「俺まで完全に使うようになったな、これ」
ネズミ怪人は嬉しそうに焼き菓子を食べている。
「美味しい?」
「……?」
「おいしい」
川出は自分のパンを一口食べる。
「美味しい」
ネズミ怪人を見る。
焼き菓子を指差す。
「美味しい?」
「……オイ?」
「お・い・し・い」
「オイ……シ?」
「もうちょい」
「オイシ?」
「惜しい」
川出は笑う。
「美味しい」
「オイシ!」
「まあ、いいか」
「オイシ!」
また一口。
「オイシ!」
「気に入ったならよかったよ」
「アガト!」
「はいはい」
◇
川出はパンを食べながら、隣を見る。
ネズミ怪人は、前より近い場所に座っていた。
前回はベンチの一番端。
今日は、少しだけ川出に近い。
川出は何も言わなかった。
言えば離れそうな気がした。
しばらく、二人で食べる。
川出はパン。
ネズミ怪人は焼き菓子。
妙な光景だ。
「なあ」
「?」
「もう一個いる?」
袋を見せる。
ネズミ怪人がじっと見る。
「食べる?」
少し迷って、こくんと首を縦に動かした。
「お」
川出の目が少し変わる。
「今の、はい?」
「?」
「もう一回」
焼き菓子を見せる。
「食べる?」
ネズミ怪人。
こくん。
「なるほど」
川出は焼き菓子を渡した。
「言葉より、こっちの方が分かりやすいな」
川出は刑事だ。
人を見る。
反応を見る。
小さな仕草から、相手が何を考えているのかを読む。
それは、相手が怪人でも案外同じなのかもしれない。
「これは?」
川出が空になった包装を見せる。
ネズミ怪人は興味を示さない。
「これは?」
今度は飲み物。
鼻を近づける。
すぐに少し離れた。
「嫌なんだ」
そして、焼き菓子を見せる。
ネズミ怪人はすぐにそちらを見る。
「これは好き」
「……スキ?」
「そう。好き」
焼き菓子を指差す。
「好き?」
「スキ!」
「おお」
川出が笑う。
「結構通じるようになってきたな」
「スキ!」
「それは菓子が好きって意味な」
「スキ!」
「……まあいいか」
まだ、言葉の意味をどこまで理解しているのかは分からない。
でも、少しずつ。
確実に。
分かることは増えていた。
◇
遠くから話し声が聞こえた。
ネズミ怪人の耳が動く。
「……!」
すぐに立ち上がる。
「誰か来るな」
川出も公園の入り口を見る。
まだ姿は見えない。
だが、声は近づいている。
ネズミ怪人が茂みを見る。
「行った方がいいな」
川出が言う。
ネズミ怪人は一度、川出を見る。
「カワデ」
「ん?」
「……」
何か言おうとしている。
でも、出てこない。
「どうした?」
「……マタ」
川出が止まった。
「ん?」
「マタ」
前回、別れ際に川出が言った。
『またな』
「覚えてたのか?」
「マタ」
「そう。また」
川出が手を振る。
「またな」
「……マタナ?」
「そう」
「マタナ」
「正解」
ネズミ怪人は茂みへ走る。
「おう。またな」
姿が消える。
川出も荷物を片づけ、立ち上がった。
その時。
茂みの奥から。
「マタナ!」
声がした。
川出は少しだけ笑った。
「おう」
誰も見えない茂みに向かって、もう一度手を上げる。
「またな」
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企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




