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ビーストギア Another  作者: 戮
アリア編2

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第六話 次は止める

第六話 次は止める


 数日後。


 紀人は道場の前に立っていた。


「…………」


 扉を開ければいい。


 ただ、それだけなのに。


 手が動かなかった。


 ここへ来るのは、あの日以来だった。


 サクラと戦い。


 自分の拳が、届いてしまった。


 あの日から何度か、道場の近くまでは来ていた。


 けれど、中には入れなかった。


「……何やってんだよ」


 自分に呟く。


 右手を見る。


 拳を握ろうとすると、まだ指が途中で止まる。


 それでも。


 数日前よりは動くようになっていた。


「…………」


 紀人は扉へ手をかけた。


 開く。


「失礼します」


 いつもの匂いがした。


 畳。


 道着。


 汗。


 聞き慣れた掛け声。


 何も変わっていない。


 だからこそ。


 変わってしまったものが、嫌でも目についた。


「紀人?」


 北山が気づいた。


「久しぶりだな」


「……はい」


「体調は?」


「まあ」


「そうか」


 北山は、それ以上聞かなかった。


 紀人は道場の中へ視線を向ける。


 いつもサクラが準備運動をしていた場所。


 組手の前になると髪を結び直していた場所。


 勝てば得意そうに笑って。


 負ければ露骨に機嫌を悪くしていた場所。


 そこには。


 誰もいなかった。


「…………」


 分かっていた。


 それでも。


 実際に見るのは違った。


 紀人は目を逸らす。


「稽古、するか?」


 北山が聞いた。


「……はい」


     ◇


 準備運動。


 基本。


 型。


 そこまではできた。


 身体が覚えている。


 何も考えなくても動く。


 拳を出す。


 引く。


 蹴る。


 戻す。


 ただ。


 拳だけは。


 最後まで握り込めなかった。


「…………」


「痛むか?」


 北山が聞く。


「いや」


「じゃあ、どうした」


「何でもないです」


 紀人は手を見る。


「ちょっと……力入りにくいだけ」


「そうか」


 北山は、またそれ以上聞かなかった。


 やがて。


 組手が始まった。


「紀人」


「はい」


「入れ」


「…………」


 返事が、一瞬遅れた。


「嫌なら今日は――」


「やります」


 即座に答えた。


 逃げたくなかった。


 相手は、自分より少し年下の門下生。


「お願いします!」


「……お願いします」


 構える。


 相手も構える。


 いつもの距離。


 いつもの空気。


 何百回と繰り返してきたこと。


 開始。


 相手が踏み込む。


 紀人はかわした。


 身体が勝手に反応する。


 横へ。


 すぐに返せる。


「――!」


 右拳。


 空いた胸元。


 入る。


 寸止め。


 いつもなら。


 身体が勝手に止めていた。


 そのはずだった。


「…………っ!」


 拳が止まる。


 相手の胸元。


 数センチ手前。


「…………」


 一瞬。


 誰も動かなかった。


 紀人の拳は。


 震えていた。


     ◇


 見えた。


 目の前にいるのは、道場の門下生。


 分かっている。


 なのに。


 一瞬だけ。


 サクラに見えた。


 避けない。


 こちらを見ている。


 拳が入る。


 身体が浮く。


「……っ!」


 紀人は大きく後ろへ下がった。


「紀人さん?」


「……ごめん」


 呼吸が乱れている。


「ちょっと待って」


 右手を見る。


 何も起きていない。


 誰も倒れていない。


 相手は普通に立っている。


「大丈夫ですか?」


「……大丈夫」


 また。


 その言葉。


 紀人は、自分で嫌になった。


「大丈夫じゃねえな……」


「え?」


「何でもない」


 拳を見る。


 止めた。


 今回は。


 ちゃんと止まった。


 それなのに。


 怖い。


 もし。


 次は止まらなかったら。


 相手が避けなかったら。


 また。


 間に合わなかったら。


「紀人」


 北山の声がした。


「今日はここまでにするか」


「嫌です」


「…………」


「続けます」


「無理する必要はない」


「無理じゃないです」


 すぐに返した。


 だが。


 北山は動かなかった。


「手、震えてるぞ」


「…………」


 紀人は右手を見る。


 確かに震えている。


「だから何ですか」


「紀人」


「俺、やれます」


「今のお前は、勝負してない」


 その言葉で。


 紀人の顔が上がった。


「相手を見ろ」


「…………」


「今、お前が見てるのは誰だ」


 紀人は答えられなかった。


     ◇


 相手ではない。


 目の前の門下生を見ていない。


 あの日を見ている。


 サクラを見ている。


「……分かってます」


「本当に?」


「分かってる」


「なら」


 北山は静かに言った。


「目の前の相手とやれ」


 紀人は奥歯を噛んだ。


「倒すかどうかじゃない」


「…………」


「殴るかどうかでもない」


「…………」


「空手をやれ」


 その言葉が。


 妙に腹立たしかった。


 同時に。


 少しだけ、懐かしかった。


『何でそこで女が出てくるんだ?』


『空手だろ?』


「…………」


 紀人は目を閉じる。


「ほんと……似たようなこと言いやがって」


「何か言ったか?」


「何でもないです」


 もう一度。


 構える。


 相手の門下生も構え直した。


「お願いします」


「……お願いします」


 今度は。


 ちゃんと相手を見る。


 足。


 肩。


 呼吸。


 視線。


 サクラではない。


 目の前にいる相手だ。


 開始。


 踏み込み。


 かわす。


 相手の拳。


 流す。


 紀人が前へ出る。


 右拳。


 また。


 胸元が空く。


「…………」


 怖い。


 それでも。


 出す。


 拳が伸びる。


 相手の身体へ近づく。


 あと少し。


 止める。


「……っ!」


 拳が。


 胸元の直前で止まった。


 今度は。


 震えていなかった。


     ◇


「一本」


 北山の声。


 紀人はゆっくり拳を下ろした。


 相手が礼をする。


「ありがとうございました!」


「……ありがとうございました」


 紀人も頭を下げる。


 終わった。


 何も起きなかった。


 誰も倒れていない。


 当たり前のことなのに。


「…………」


 紀人は右手を見る。


 拳を握ってみる。


 最後まで。


 握れた。


「……できた」


 小さな声だった。


「何が?」


 北山が聞く。


「何でもないです」


 今度は。


 ほんの少しだけ。


 本当に大丈夫だった。


     ◇


 稽古が終わったあと。


 道場には、紀人と北山だけが残っていた。


「今日はもう帰れ」


「はい」


 紀人は荷物をまとめる。


 立ち上がって。


 また。


 サクラがよくいた場所を見る。


「…………」


「紀人」


「はい?」


「何かあったのか」


 紀人の手が止まった。


「…………」


 話せない。


 怪人。


 キッド。


 サクラ。


 全部。


「……別に」


「そうか」


「…………」


「なら、いい」


 北山は追及しなかった。


 紀人は少し迷ってから、口を開く。


「先生」


「ん?」


「寸止めって」


 北山が振り返る。


「絶対に止められるもんですか」


「何だ、急に」


「いいから」


 北山は少し考えた。


「絶対なんてない」


「…………」


「人間がやることだからな」


 紀人は黙って聞く。


「だから稽古する」


「…………」


「止められるように」


 北山は続けた。


「相手を傷つけないように」


「……それでも」


 紀人の声が少し低くなる。


「間に合わなかったら?」


 北山はすぐには答えなかった。


 やがて。


「その時は」


 静かに言う。


「次に間に合わせるしかない」


「…………」


 紀人が顔を上げた。


「起きたことを、なかったことにはできない」


「…………」


「でも、そこで全部やめたら」


 北山は紀人を見る。


「次も止められない」


 紀人は何も言わなかった。


     ◇


 道場を出る。


 外はもう暗くなり始めていた。


 紀人は少し歩いて。


 立ち止まった。


 右手を見る。


 拳を握る。


 もう。


 途中では止まらない。


「…………」


 それでも。


 あの日の感触は消えていない。


 たぶん。


 簡単には消えない。


 もしかしたら。


 ずっと消えないのかもしれない。


「……サクラ」


 名前を呼ぶ。


 返事はない。


「俺さ」


 自分でも。


 何を話しているのか分からない。


「まだ、お前に腹立ってるからな」


 勝手に決めたこと。


 何も言わなかったこと。


 自分に選ばせなかったこと。


「だから」


 拳を見る。


「これで終わりにしない」


 ゆっくり構える。


 誰もいない。


 相手もいない。


 それでも。


 拳を前へ出す。


 止める。


 自分の意思で。


 きちんと。


「……次は」


 小さく呟いた。


「絶対、間に合わせる」


 拳を引く。


 もう一度、構える。


 あの日。


 間に合わなかった一撃は。


 消えない。


 消すこともできない。


 だから。


 次は。


 止める。


※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。

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