第五話 果たし状
第五話 果たし状
翌朝。
紀人は、ほとんど眠れないままベッドを出た。
鏡を見る。
「……最悪」
目の下には薄い隈ができていた。
頭も重い。
それ以上に。
右手を見るたび、胸の奥がざわつく。
昨日から何も変わっていない。
ただの手。
それなのに、拳を作ろうとすると指が途中で止まる。
「…………」
紀人は諦めて手を下ろした。
学校へ行く気にもならない。
道場へ行くなんて、もっと無理だった。
今あそこへ行けば、サクラがいた場所を嫌でも見ることになる。
そう思った時だった。
スマートフォンが震えた。
「……誰だよ」
画面を見る。
東からだった。
『話したいことがある。店にいる?』
「…………」
少し迷った。
誰にも会いたくない。
でも。
昨日のことなら、逃げてはいけない気もした。
『いる』
それだけ返した。
◇
しばらくして。
パンさんの店に東がやってきた。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
東は店内を見回す。
「紀人は?」
「上。今日は学校も休んでる」
「そう」
パンさんが少し声を落とした。
「昨日から変なんだよ」
「…………」
「何か知ってる?」
東は一瞬だけ黙った。
「仕事の話なので」
「ああ、そういうやつ?」
「そういうやつです」
「じゃあ聞かない」
パンさんはそれ以上踏み込まなかった。
ただ。
「無理させんなよ」
それだけ言った。
東は小さく頷き、二階へ向かった。
◇
「……何?」
扉が開く。
「入るわよ」
「もう入ってるじゃん」
「そうね」
東は部屋へ入り、扉を閉めた。
紀人は机の前に座ったまま、東を見ない。
「昨日のこと?」
「それもある」
「サクラは?」
東の動きが、ほんの一瞬止まった。
それだけだった。
でも。
紀人には十分だった。
「……そっか」
「紀人」
「いい」
「まだ何も言ってない」
「その顔で分かる」
東は何も言わなかった。
紀人も聞かなかった。
聞けば。
昨日からずっと避けてきたことが、言葉になって確定してしまう。
「……で?」
紀人が言った。
「何の話?」
東は手にしていた封筒を机へ置いた。
「これを見つけた」
「何?」
「彼女が、あなたを呼び出すために送ったもの」
紀人の視線が封筒へ落ちる。
「……果たし状?」
「正確には、警察の情報提供窓口へ送られてきた文章」
「…………」
「怪人関連の報告だったから、こちらへ回された」
東が中身を取り出す。
印刷された紙だった。
紀人は受け取ろうとして。
手を止めた。
「……読みたくない」
「そう」
東は無理に渡さなかった。
「でも、知っておいた方がいいと思う」
「何を」
東が紙を見る。
「そこには」
少し間を置いて。
「『自分を倒してほしい』とは書かれていない」
「…………」
紀人が顔を上げた。
「何?」
「一騎打ちを申し込む。指定した場所と時間。必ず来い。決着をつける」
「…………」
「それだけ」
紀人は、ゆっくり紙を受け取った。
◇
『キッドへ』
最初の一文。
そこから。
紀人は黙って読み進めた。
知っている。
あの言い回し。
あの偉そうな文面。
文字だけなのに。
サクラの声で聞こえる。
『逃げるな』
「……誰が逃げるかよ」
小さく返した。
『必ず来い』
「行っただろ」
『決着をつける』
「…………」
そこで終わっている。
ない。
どこにも。
昨日、サクラが語った本当の目的が。
「何で……」
紀人が呟く。
「何で書かなかったんだよ」
東は答えない。
答えを知っているのは。
もう。
サクラしかいない。
でも。
紀人には分かってしまった。
『言ったら、本気でやらなかったでしょ』
「…………」
昨日の声が蘇る。
「……そういうことかよ」
紀人の手が震えた。
「最初から」
紙を見る。
「最初から、俺に何も選ばせる気なかったんじゃん」
「紀人」
「だってそうだろ!」
思わず声が大きくなる。
「これ見た俺は、ただ勝負しに行ったんだぞ!」
「…………」
「普通に戦って!」
紀人は紙を握りかけて。
力を抜いた。
破りたくはなかった。
「最後まで本気でやって」
声が震える。
「それで……」
言葉が詰まった。
「俺が止めるって」
やっと絞り出す。
「勝手に決めてた」
◇
「……勝手すぎるだろ」
紀人は紙を机へ置いた。
「自分で全部決めて」
「…………」
「俺を呼んで」
「…………」
「俺にやらせて」
昨日も言った。
同じ言葉。
でも。
果たし状を読むと、その意味がよりはっきり見えた。
「俺に選ばせろよ……」
紀人は俯いた。
「嫌だって言うかもしれなかっただろ」
「そうね」
「助けるって言うかもしれなかった」
「そうね」
「何か方法を探すって」
「…………」
「俺だって……」
言葉が止まる。
紀人は右手を見る。
「俺だって、考えたかったんだよ」
東は黙って聞いていた。
「なのにあいつ」
紀人が顔を上げる。
「何で一人で全部決めてんだよ」
怒っている。
悲しい。
悔しい。
もう、自分でも分からない。
「……馬鹿じゃん」
紀人は呟いた。
「ほんとに」
◇
しばらく。
二人とも何も言わなかった。
先に口を開いたのは東だった。
「あなたが悪い、と私は思っていない」
紀人の眉が動く。
「言うと思った」
「何?」
「そういうこと」
「…………」
「わざと受けたのはサクラだから、とか」
「それも事実よ」
「止めようとした、とか」
「それも事実」
「でも」
紀人が東を見る。
「当てたのは俺だ」
「…………」
「そこは変わらない」
「ええ」
東は否定しなかった。
紀人が少し意外そうな顔をする。
「否定しないんだ」
「事実を消して慰めても意味がないでしょう」
「…………」
「ただし」
東は続けた。
「あなたが意図して彼女を傷つけたわけではない。それも事実」
「……だから?」
「どちらか一つだけを選ぶ必要はない」
紀人は黙った。
「あなたの拳が当たった」
「…………」
「彼女がわざと受けた」
「…………」
「あなたは気づいて止めようとした」
「…………」
「間に合わなかった」
全部。
紀人が昨夜から何度も考え続けていることだった。
「全部が事実」
東は静かに言った。
「一つを消して、別の一つだけを背負う必要はない」
「簡単に言うなよ」
「簡単だとは言ってない」
「…………」
「だから難しいのよ」
紀人は返せなかった。
◇
東が帰ったあと。
紀人は一人で果たし状を見ていた。
何度も読む。
何度読んでも。
『倒してほしい』
とは書いていない。
「……ずるいだろ」
最後まで。
ただの一騎打ちだと思わせた。
そうしなければ。
自分が本気で戦わないと知っていたから。
「そんなに俺のこと分かってんなら……」
紀人は苦笑した。
「分かれよ」
声が震えた。
「俺が嫌がることくらい」
紙へ視線を落とす。
「……俺は」
一度、息を吸う。
「お前を倒したかったんじゃない」
返事はない。
「勝ちたかっただけだ」
道場で。
何度もやったように。
どちらが強いか。
それだけを決めたかった。
「……全然違うだろ」
紀人は紙を見つめる。
「倒すのと」
勝つのは。
全然違う。
今になって。
嫌というほど分かった。
◇
紀人は果たし状を丁寧に折った。
封筒へ戻す。
捨てる気にはなれなかった。
かといって。
見える場所に置いておくこともできない。
机の引き出し。
一番奥へ入れる。
閉じる。
「……勝手に終わらせんなよ」
小さく呟いた。
「俺、まだ納得してないからな」
当然。
返事はない。
紀人は右手を見る。
昨日より。
少しだけ。
指を曲げてみる。
また。
あの感触が蘇る。
「……っ」
止まる。
それでも。
完全には手を開かなかった。
ゆっくり。
少しずつ。
拳を作ろうとする。
「…………」
途中まで。
それ以上は無理だった。
紀人は手を下ろす。
「……くそ」
でも。
昨日は。
そこまでさえできなかった。
引き出しを見る。
「お前が勝手に決めたんなら」
紀人は小さく息を吐く。
「俺も勝手に決める」
まだ。
終われない。
このまま。
拳を握れなくなって終わるなんて。
それだけは。
認めたくなかった。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




