第三話 勝ち逃げ
第三話 勝ち逃げ
「サクラ!」
返事はない。
「おい、起きろって!」
キッドはサクラのそばに膝をついたまま、何度も名前を呼び続けた。
さっきまで。
あれだけ速く動いていた。
笑っていた。
怒鳴り合っていた。
なのに今は、目を閉じたまま動かない。
「……ふざけんなよ」
自分の拳を見る。
まだ残っている。
あの感触が。
止めようとした。
気づいた。
でも、遅かった。
あと少し早ければ。
ほんの一瞬でも早く、サクラが避けるつもりではないと気づいていれば。
「くそ……!」
地面を殴りそうになり、寸前で拳を止める。
怖かった。
もう、自分の力を何かにぶつけること自体が。
「誰か!」
もう一度叫ぶ。
「誰か来いよ!」
返事はない。
さっきまで近くにいたはずの謎のヒーローも、人間側の部隊も、すぐには姿を見せなかった。
「何やってんだよ……!」
キッドはサクラを見る。
「こういう時に来いよ……!」
その時。
「……うるさい」
微かな声がした。
「!」
「サクラ!」
「だから……大声、出さないでって……」
サクラが薄く目を開ける。
「お前……!」
「何、その顔」
「どんな顔だよ!」
「知らない……」
サクラが僅かに笑う。
「見えないし」
「笑ってる場合か!」
「……笑ってない」
「笑ってるだろ!」
「じゃあ……笑ってる」
「どっちだよ!」
いつものようなやり取りだった。
それが、余計に怖かった。
サクラの声は、さっきより明らかに弱くなっている。
「なあ」
キッドはサクラの顔を覗き込む。
「もう喋るな」
「……さっきは、聞けって言ったくせに」
「あれはあれ! 今は黙れ!」
「勝手」
「お前にだけは言われたくねえよ!」
サクラが、また少し笑った。
「……それは、そうかも」
「だから笑うなって……」
キッドの声が掠れた。
◇
「なあ、サクラ」
「……何?」
「まだ終わってないからな」
「何が?」
「勝負」
サクラの目が、僅かに動いた。
「俺、今ので勝ったなんて思ってねえぞ」
「……何それ」
「お前がわざと食らったんだろ」
「うん」
「だったら反則だ」
「反則?」
「反則だよ!」
キッドは必死だった。
何でもいい。
話を続けたかった。
「勝負ってのはな、ちゃんと最後までやるんだよ」
「最後まで……やったじゃん」
「やってねえ!」
「私、負けたけど」
「負けてねえよ!」
サクラが少し眉を動かす。
「どっちなのよ」
「知らねえよ!」
「理不尽……」
「うるせえ!」
キッドは俯いた。
「こんなの……勝ちじゃねえだろ」
今度は、怒鳴らずに言った。
「俺は、お前に勝ったなんて思いたくねえよ」
サクラはしばらく黙っていた。
「……じゃあ」
「何?」
「私の勝ちね」
「は?」
キッドが顔を上げる。
サクラの口元が、ほんの少しだけ上がった。
「最後まで……あんたに負けたって思わせなかった」
「何だよ、それ」
「だから……私の勝ち」
「ふざけんな」
「勝ち逃げ」
「ふざけんなって!」
思わず声が大きくなる。
「次やるぞ!」
「…………」
「今度はこんなのなし!」
返事はない。
「普通に!」
キッドは続ける。
「普通に道場でやるぞ!」
いつもの道場。
空手着。
畳。
北山の声。
何度も繰り返した組手。
「次は俺がちゃんと勝つ!」
「……それ」
サクラが薄く目を開ける。
「私が……言う方じゃない?」
「どっちでもいいだろ!」
「よくない……」
「じゃあお前が言えよ!」
「次は……」
サクラの声が途切れる。
「おい」
「次は……私が……」
「そうだよ!」
「ちゃんと……」
「勝つんだろ!」
「…………」
「サクラ?」
サクラの目が閉じた。
「おい」
返事はない。
「サクラ」
キッドは顔を近づける。
「その先言えよ」
返事はない。
「勝つんだろ」
沈黙。
「お前が言い出したんだぞ」
何も返ってこない。
「……なあ」
さっきまで、声があった。
弱くても。
ちゃんと。
そこにいた。
「サクラ?」
肩へ触れる。
今度は迷わなかった。
「起きろって」
反応はない。
「……おい」
キッドの声が震える。
「勝ち逃げすんなよ」
何も。
返ってこなかった。
◇
「キッド!」
遠くから声がした。
誰かが駆けてくる。
人間側の部隊。
その後ろから、謎のヒーローも姿を見せた。
「退け!」
「嫌だ」
「状態を見る!」
「嫌だ!」
「キッド!」
「まだ終わってねえんだよ!」
自分でも何を言っているのか分からない。
それでも、サクラから離れたくなかった。
「こいつ、まだ……」
言葉が詰まる。
「まだ、話の途中なんだよ」
誰かの手が肩に触れた。
「退け」
「触んな!」
キッドが振り払う。
「俺が……」
拳を見る。
「俺がやったんだ」
その言葉を口にした瞬間。
急に。
全部が現実になった。
「俺が……」
サクラが避けなかった。
わざと受けた。
それでも。
拳を当てたのは、自分だ。
「俺が、サクラを……」
「今はそれを考えるな」
謎のヒーローの声。
「うるせえ」
「キッド」
「うるせえよ!」
振り返る。
「お前、分かってたのか?」
「……何をだ」
「サクラが、こうするって!」
「…………」
「知ってたのかよ!」
「知らなかった」
「じゃあ何で止めなかった!」
「キッド!」
「俺が気づくまで!」
怒りの向け先が分からなかった。
サクラにも。
謎のヒーローにも。
自分にも。
「何で誰も――!」
言葉が続かなかった。
誰かのせいにしたい。
でも。
一番分かっている。
最後に拳を出したのは。
自分だ。
「……くそ」
キッドは俯いた。
「くそ……!」
◇
どれくらい経ったのか。
分からなかった。
人の声。
足音。
何かを確認する声。
全部が遠い。
キッドは、少し離れた場所に立っていた。
何もできない。
何をすればいいのかも分からない。
ただ、自分の右手だけを見ていた。
「…………」
この拳で。
何度も白蟻を倒した。
怪人と戦った。
誰かを守った。
そう思っていた。
でも今は。
それしか考えられない。
この拳で。
サクラを倒した。
「……勝ち逃げとか」
キッドは、小さく呟いた。
「ふざけんなよ」
返事はない。
「俺、認めねえからな」
誰に言っているのか。
分かっている。
「こんなの」
拳を握ろうとして。
途中で止める。
「こんなの……勝負じゃねえよ」
何も返ってこない。
「次やるって言っただろ」
言ったのは自分だ。
サクラは最後まで言えなかった。
「……だから」
声が掠れる。
「戻ってこいよ」
誰も。
答えなかった。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




