第四話 キッド
第四話 キッド
動画を巻き戻す。
再生。
キッドが踏み込む。
「…………」
サクラは画面を止めた。
もう一度、少し前へ戻す。
再生。
同じ動き。
「……似てる」
口にしてから、すぐに違うと思った。
似ているだけなら、こんなに引っかかるはずがない。
前へ出る直前、ほんのわずかに重心を沈める癖。
相手との間合いを測る時の足運び。
拳を放ったあと、すぐ次の動きへつなげられる位置まで身体を戻すところ。
全部、知っている。
「いや……」
サクラは画面へ顔を近づけた。
「似てるんじゃない」
また巻き戻す。
何度見ても同じだった。
「私が、この動きを見間違えるわけない」
何度、真正面から見てきたと思っている。
何度、この踏み込みから拳をもらった。
何度、この間合いを潰そうとして失敗した。
何度、自分の攻撃を読まれた。
数え切れないほど知っている動きだった。
「……紀人?」
名前を口にすると、不思議なくらい腑に落ちた。
「嘘でしょ……」
それでも、そうとしか思えない。
画面の中では、キッドが怪人と戦い続けている。
サクラはもう、怪人の方をほとんど見ていなかった。
足。
肩。
腰。
拳。
蹴り。
一つ動くたびに、確信が強くなる。
紀人だ。
◇
「何やってんのよ、あいつ……」
思わず、そんな言葉が漏れた。
少し前までなら、こんな映像を見せられても鼻で笑っていただろう。
特撮。
加工。
どこかで撮影しているだけ。
その程度にしか思わなかった。
けれど。
サクラは自分の腕を見る。
もう人間のものではない腕。
背中には翼まである。
こんな身体になっておいて、画面の中だけを作り物だと言い切るほど都合よくは考えられなかった。
「じゃあ……本当に戦ってるの?」
紀人が。
怪人と。
「何でよ」
問いかけても、映像の中の紀人は答えない。
ただ、目の前の敵へ向かっていく。
それが妙に紀人らしくて。
「……馬鹿」
小さく呟いた。
自分でも気づかないうちに、ほんの少し口元が緩んでいた。
◇
いつからだろう。
紀人のことが、こんなにも気になるようになったのは。
最初は単純だった。
負けたくなかった。
同じ道場。
同じくらいの年齢。
同じ頃に空手を始めた。
中学までは、本当に互角だった。
「一本!」
「今の入ってない!」
「入ったって」
「入ってない!」
「じゃあ、もう一回やる?」
「当たり前!」
思い出すだけで腹が立つ。
昔から、ああだった。
少し勝てば得意そうな顔をする。
負ければ、次は絶対勝つと言ってくる。
こちらが女だからと遠慮することもない。
それが。
サクラには、嬉しかった。
◇
女だから。
その言葉を、何度聞いてきただろう。
女の子なんだから。
そこまでやらなくても。
男の子には勝てないよ。
高校に入れば差が出る。
もっと女の子らしいことをしたら。
悪気がないのは分かっていた。
だからこそ、余計に腹が立った。
まだ何も終わっていないのに。
最初から限界だけを決められているようで。
でも。
紀人だけは違った。
「今日、手加減したでしょ」
「してない」
「した」
「してないって」
「じゃあ、何であの蹴り止めたのよ」
「入らないと思ったから」
「私が女だからじゃなくて?」
そう聞いた時。
紀人は、本気で意味が分からないという顔をした。
「何でそこで女が出てくるんだ?」
「……え?」
「空手だろ?」
それだけだった。
紀人にとって。
少なくとも組手をしている時、咲子が男か女かなんて関係なかった。
「勝ちたいなら勝てばいいじゃん」
「簡単に言うな!」
「じゃあ次も俺が勝つ」
「だから腹立つのよ!」
何度も。
何度も。
そんなやり取りをした。
でも。
あいつだけだった。
サクラを最初から最後まで、一人の空手家として見てくれたのは。
◇
高校に入ってから。
少しずつ、差が開いた。
サクラにも分かっていた。
認めたくはなかったが。
紀人は強くなった。
自分だって努力している。
稽古も休んでいない。
身体も鍛えている。
それでも。
以前なら届いていた拳が、届かない。
以前なら止められた蹴りを、止められない。
組手が終わるたびに悔しかった。
悔しくて。
また稽古した。
それなのに。
次に紀人と組手ができる日は、少し楽しみでもあった。
「…………」
サクラは動画を止めた。
怪人へ向かって構えるキッドが、画面の中にいる。
「私……何でこんなにあいつのこと見てるんだろ」
昔からそうだった。
道場でも。
試合でも。
誰かと話している時でも。
気づけば紀人を探している。
勝ったと聞けば腹が立つ。
負けたと聞けば、それはそれで気になる。
誰かに褒められていれば、
「別に大したことないでしょ」
と言いたくなる。
そのくせ、自分以外の誰かに負ければ、
「何やってんのよ」
と、それもまた腹が立つ。
「……何なのよ、本当に」
好き。
そういうものなのだろうか。
サクラには分からない。
恋をしていると言われても、たぶんすぐ否定する。
でも。
どうでもいい相手では絶対にない。
それだけは、はっきりしていた。
◇
動画が終わる。
サクラは次の動画を開いた。
またキッドが怪人と戦っている。
今度は、先ほどとは違う力を使っていた。
「……こんなことまでできるんだ」
強い。
サクラが知っている紀人より、ずっと。
「そりゃ……勝てないわけだ」
少しだけ悔しい。
こんな身体になってまで、最初に出てくる感想がそれなのだから、自分でも呆れる。
でも。
その時だった。
「…………」
別の考えが、ふと頭をよぎった。
サクラは自分の手を見る。
怪人の手。
今はまだ。
自分が誰なのか分かる。
父親の顔も。
母親の顔も。
道場も。
紀人も。
全部覚えている。
でも。
これからも?
「……このまま」
身体は、もう変わった。
昨日までは人間だった。
今は怪人になっている。
なら。
明日は?
一週間後は?
「もっと……変わったら?」
翼。
異常な力。
自分では加減すら難しい身体。
まだ何かあるかもしれない。
そして。
変わるのが身体だけだと、誰が言える。
「もし……」
考えたくなかった。
けれど、一度浮かんだ考えは消えてくれない。
「頭まで……おかしくなったら?」
理性を失ったら。
人間だったことを忘れたら。
父親も。
母親も。
道場も。
全部分からなくなったら。
誰かを襲ったら。
今の自分の力なら。
簡単に――。
「…………」
サクラはスマホを握りしめかけて、慌てて力を抜いた。
危うく壊すところだった。
「……嫌」
こんな身体になっただけでも耐えられないのに。
自分まで、自分ではなくなるなんて。
「そんなの……絶対嫌」
なら。
どうする。
元に戻る方法は見つからない。
誰にも相談できない。
家にも帰れない。
警察へ行くことすら怖い。
もし。
本当に自分ではなくなる時が来たら。
その前に。
「…………」
サクラは画面を見る。
動画の中。
キッドが立っている。
紀人が。
怪人と戦っている。
サクラは長い間、その姿を見つめていた。
「もし……」
声が小さくなる。
「もし、私がこのまま怪人になっていくなら……」
その先の言葉だけは。
まだ、口にできなかった。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




