第三話 怪人
第三話 怪人
どれくらい、そこにいたのだろう。
窓の外が明るくなり、暗くなり、また少しずつ明るくなる。
それを何度か繰り返した頃には、サクラの時間感覚はすっかり曖昧になっていた。
ただ、一つだけ分かったことがある。
怪人になっても、腹は減る。
「……そりゃそうか」
壁にもたれたまま、咲子は小さく呟いた。
喉も渇く。
眠くなる。
疲れもする。
姿が変わったからといって、何も食べなくてよくなるわけではないらしい。
「変なところだけ普通なのね……」
自分で言っておきながら、笑う気にはなれなかった。
食料はない。
水も、いつまでもどうにかできるわけではない。
このまま隠れているだけでは、いずれ限界が来る。
分かっている。
それでも、人前へ出る方が怖かった。
◇
その日。
サクラは、いつもより少しだけ潜伏場所から離れていた。
食べ物を奪いに行こうとしたわけではない。
ただ、空腹と喉の渇きに加えて、何も分からないまま同じ場所に閉じこもり続けることに耐えられなくなっていた。
「……少しだけ」
誰もいないことを確認しながら、廃屋を離れる。
道路は避ける。
できるだけ木陰を選ぶ。
人の声が聞こえたら、すぐに隠れる。
それだけは決めていた。
身体の扱いにも、ほんの少しずつ慣れてきている。
慣れたくはない。
それでも、物を壊さず歩くためには慣れるしかなかった。
一歩ずつ、足を置く位置を意識する。
腕を不用意に振らない。
木や壁には触れない。
以前なら考える必要すらなかった動作を、一つ一つ慎重に繰り返す。
その時だった。
「……ん?」
物音。
近い。
サクラは足を止めた。
人の声が聞こえる。
一人。
たぶん男。
こちらへ近づいてくる。
「まずい……」
周囲を見る。
木の陰。
茂み。
まだ間に合う。
そう思って身を隠そうとした瞬間――。
「あ」
目が合った。
「…………」
「…………」
数秒。
どちらも動かなかった。
男の手にはコンビニの袋。肩からは小さな鞄を提げている。
そして。
サクラを見た男の顔から、みるみる血の気が引いていった。
「か……」
サクラは反射的に一歩下がった。
「待って」
言ったつもりだった。
けれど。
「怪人だあああああ!」
「っ……!」
男は悲鳴を上げた。
手にしていた荷物を放り出し、そのまま全速力で逃げていく。
「待って!」
サクラも一歩踏み出した。
しかし。
すぐに止まる。
追いかけてどうする。
この姿で。
自分が追えば、相手はさらに恐怖するだけだ。
「…………」
逃げていく背中を、ただ見送った。
「怪人……」
小さく呟く。
自分で水面を見た時も、そう思った。
でも。
他人の口から浴びせられたその言葉は、まるで違った。
あれは。
間違いなく自分へ向けられた言葉だった。
「……そう見えるよね」
サクラは、ゆっくりと視線を落とした。
地面には。
男が落としていった物が散らばっていた。
◇
すぐには拾えなかった。
これは自分の物ではない。
持っていけば、盗むことになる。
けれど、男が戻ってくる気配はなかった。
それどころか。
誰かを呼びに行った可能性もある。
警察か。
他の人間か。
分からない。
ここに長くいる方が危険だった。
「……ごめんなさい」
サクラは、小さく頭を下げた。
誰もいないのに。
それでも。
「本当に、ごめんなさい」
落ちていた袋を拾う。
中には食料と飲み物。
そして、少し離れた場所に。
「……スマホ」
地面に落ちたスマートフォン。
画面には傷が入っていたが、まだ動いている。
さらに、鞄から飛び出したらしい小さなメモ帳とボールペンも落ちていた。
食料。
スマホ。
書くもの。
サクラは、それらを見つめた。
「これなら……」
何かできるかもしれない。
まずは、生きる。
そして調べる。
自分に何が起きたのか。
怪人とは何なのか。
元に戻る方法はあるのか。
「……使わせてもらいます」
もう一度だけ。
男が逃げていった方角へ頭を下げる。
サクラは荷物を抱え、急いでその場を離れた。
◇
廃屋へ戻ると、まず食料を取り出した。
そこで手が止まる。
「……食べられるよね」
自分の身体を見る。
普通の食事を受け付ける保証なんてない。
けれど。
空腹の方が勝った。
恐る恐る、一口。
「…………」
味がした。
普通に。
人間だった頃と同じように。
「……よかった」
思わず声が漏れた。
何がよかったのか、自分でもよく分からない。
それでも。
食べ物がおいしい。
味が分かる。
そんな当たり前のことが残っていた。
その事実だけで、少しだけ救われた気がした。
食事を終えると、サクラはスマホを手に取った。
画面は開いたままだった。
ロックも掛かっていない。
「……勝手に見るの、本当にごめんなさい」
何度目か分からない謝罪をして、検索画面を開く。
さて。
何を調べればいい。
少し迷ってから、文字を入力する。
『怪人 元に戻る方法』
検索。
すぐに結果が並んだ。
怪談。
都市伝説。
創作。
動画。
「違う……」
次。
『怪人 人間 変身』
また検索する。
出てきたのは、特撮。
アニメ。
漫画。
ゲーム。
「……そりゃそうよね」
思わず吐き捨てる。
今までなら、自分だってそう思っていた。
怪人なんて、テレビや漫画の中にしかいない。
現実にいるわけがない。
そんなものは全部、作り物。
でも。
サクラは、自分の手を見る。
今、その作り物でしかなかったはずの姿になっている。
だからこそ。
検索結果に並ぶ「フィクション」や「特撮」という文字が、妙に腹立たしかった。
「…………」
検索を続ける。
怪人。
目撃情報。
事件。
戦闘。
いくつもの記事。
動画。
噂。
その中で。
「……これ」
一つの動画に目が止まった。
派手なサムネイル。
いかにも加工されたような映像。
その中央に。
人型のヒーローらしき姿が映っている。
タイトルには――。
『キッド』
「……キッド?」
サクラは動画を開いた。
◇
最初は。
やっぱり作り物に見えた。
映像は派手だ。
演出らしきものもある。
現実の戦闘と言われても、すぐには信じられない。
「……特撮でしょ」
少し前までなら。
その一言で閉じていた。
でも。
画面の中には怪人がいる。
「…………」
サクラは無意識に、自分の手を見る。
そして、もう一度画面へ視線を戻した。
怪人。
今までは、どう見ても作り物だった。
なのに。
今は妙に生々しく見える。
「これ……」
怪人が動く。
キッドが応じる。
攻撃をかわし、間合いを詰め、拳を返す。
サクラは、いつの間にか画面へ身を乗り出していた。
「……何なの、これ」
胸の奥がざわつく。
もし。
怪人が本物なら。
このキッドも。
本物なのか。
そう思った、その時。
画面の中で。
キッドが一歩、踏み込んだ。
「…………え?」
サクラの指が止まる。
今。
何かを見た。
動画を少し戻す。
再生。
キッドが踏み込む。
「…………」
見覚えがある。
いや。
どこかで一度見た、という程度ではない。
何度も。
何度も。
すぐ近くで。
真正面から。
「……嘘」
サクラは、もう一度動画を巻き戻した。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




