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油断 それは甘美で

セイにとって、討伐隊の仲間は、盾か、鬼の気を緩ませる道具であった。それは死んでも変わりなく、今目の前にいる鬼の凶刃を、一時でも止められるなら、死体が切り刻まれ、悲惨なことになろうが構いはしなかった。その隙に鬼の頭をかち割る。鬼は死んだ討伐隊の仲間たちと変わらず、ただの塊となった。斧についた血を落とす。後ろから声をかけられる。

「残るは俺らだけだな。」

元自衛隊の男。それ以外にも何か言っていたような気がするが忘れてしまった。だって興味が持てないから。

「この辺はこんなもんだろうね。」

「一度、シェルターに戻ろう。これ以上は不可能だ。仲間が死にすぎた。支援も足りない。鬼の数は想像以上だった。人員を補充しなくては。」

「人員って言っても、シェルターには子供しかいないけどね。」

「・・・使えるものは使わないとな。上司様方も分かっているだろうよ。」

ユキのかわいらしい顔が頭をよぎる。それが歪むのをちょっぴり見てみたいと思った。

「徴兵か。果たして使える子供は何人いるやら。」

「ほとんど無駄死にでもいい。目的を達せるなら、些細な問題だ。・・・上司様方はそういうだろうさ。」

(ユキ。かわいいユキ。久しぶりに会える。待っててね。)

左手薬指に付けた指輪をなでる。心拍数が上がる。きっとさみしがっているだろう。どうやって愛して(かわいがって)やろうか。


外で雪が降った日。セイを含む討伐隊は帰ってきた。肩に雪を降り積もらせ、かじかんで赤くなった手でシェルターの扉を開いた。ユキはシェルター入口前の広場で小さな子たちの子守をしていた。自分より小さな子供と接する機会がなかなかなかったユキは、子守に苦戦していた。だから、セイが帰ってきたとき、すぐに気づかなかったし、セイが嫉妬深いこともここ約半年間の間に、忘れかけていた。そもそもセイを必要としてたことさえ忘れていたのかもしれない。斧が地面に突き刺さり、ユキの周りにいた子たちが驚いて、泣き出す。

「君のことを考えない日はなかったよユキ。」

左手薬指のリングをなでながら、セイが言った。

「この胸に飛び込んできてもいいんだよユキ。」

ユキは改めてこの男の異常性と言おうか、人と違った部分があることを思い出す。

「おかえりなさいセイ。音沙汰無いから心配してたよ。今、子守中でさ、子供の面倒を見るのって結構大変なんだね。」

「俺たち二人の子供ができたら、ユキは苦労しそうだね。隊長のところに行ってくるよ。部屋で待っててね。」

「行ってらっしゃい。」

内心苦笑い。表情に出ていないといいが。ユキは子守を、他の友達に任せ、部屋へと戻る。結局、夕飯の放送が鳴ってもセイは帰ってこなかった。それでも我慢して、セイを待つ。時計が深夜十二時を回る頃、セイは帰ってきた。

「待たせてごめんねユキ。老人どもの話が長くって。」

「何を話してきたの?」

「そのうち発表があると思う。それより、一緒に風呂に入ろ。」

セイとあの日ぶりに風呂に入る。セイの体は、あの時と違って、細かい傷でいっぱいだった。

「やっぱり大変だった?傷だらけ。」

セイの顔がパーッと明るくなる。

「大変だった。撫でてもらえれば回復するんだけどな。」

その言葉に、セイの傷跡を優しくなでてやる。満足したのか、僕の頭を優しくなでる。

「今日はやっと、一緒に寝られるよ。待望の初夜だね。」

僕の顔が風呂の熱さとも違って、赤くなる。

「変なことはするなよ。」

「変なことって例えば?」

セイがにやにやする。楽しそうだ。

「・・・静かに寝ててくれればいいよ。」

僕の答えが想像していたものと違ったからか、

「残念。」

そう答えるセイ。セイも帰ってきて、僕の気は完全に緩みきっていた。討伐隊はうまくいったんだ。勝手にそう思っていた。風呂から出て、ベッドで横になるとセイが抱き着いて来る。僕の服の中に手を突っ込み強く抱きしめ、頭の匂いを吸っていた。僕はされるがままだった。それでも、その手が下の方に伸びてきたときにはセイの腕をはたいた。

「いてっ。」

「そういうの禁止!」

「はは、きびしっ。」

完全にリラックスしていたからあんな夢を見るなんて思いもしなかった。いつのまにか寝てしまって、気づくと家の中にいた。自分が十六年育った家だ。父さんと母さんがいた。懐かしさとさみしさが込み上げてきた。父さんに近寄って、腕を伸ばす。すると、父さんの首元が裂けてめくれ上がる。

「どうしてお前だけが生き残ったんだ。」

その問いに腕を止める。父さんの首元から目が離せなかった。汗が噴く。必死に顔をそらして、助けを求めるように母さんの方を見た。母さんの顔がめくれる。

「私も生き残りたかったのに。」

その言葉に体が震えだす。目の前にいるのはあの時見た、鬼そのものだった。

「しょうがないんだ。そもそもあの時たまたま連れ去られて、セイのシェルターに入れられて・・・。」

「見捨てたの?」

生唾をごくりと飲み込む。知らなかった。その一言が出てこなかった。そこで目が覚めた。何とも後味が悪い。まだ寝ていたセイの温かい息が髪にかかる。僕はセイに抱き着いた。忘れたかった。セイが目を覚ます。

「悪夢でも見たの?」

頷くと、セイはゆっくりと僕の頭をなでた。突如館内放送が鳴る。朝食の時間にしては速い。

「十七から十八の子供は、食堂に速やかに集まるように。」

それだけ伝えると静かになった。

「何のために集めるの?」

「・・・。」

セイは答えない。僕は何とも言えない不安を感じていた。起き上がり、食堂に向かう。セイはそれを止めず、ついてくるようだ。

食堂には集められた子の他に、僕のように放送の内容が気になった子が何人か来ていた。初日に見た筋骨隆々の男。通称隊長が告げる。

「君たちは栄誉ある使命に選ばれた。これから一か月程度訓練を行い、戦闘能力があると認められたものは、討伐隊に入り、鬼退治に協力してもらう。拒否権はないものとする。討伐隊入りを拒むものには、シェルターから出て行ってもらう。逆に、討伐隊で活躍したものは、この先の生活を保障しよう。以上だ。訓練日程は追って放送する。」

隊長が去って行く。食堂がざわつく。無理もない。討伐隊がうまくいっていると思っていた者がほとんどだ。かくいう僕もそうだ。鬼は順調に倒され、街が解放されるときは近いと思っていた。しかし、ここにきての人員補充。しかも戦闘が未経験である学生達。それを補充要因としてみていることの意味は、よほどの馬鹿でもなければわかるだろう。討伐隊はうまくいっておらず、未経験者を取り込まねばいけないほどに深刻な状況。僕は、セイの方を見た。

「しばらくは心配ないよ。」

セイは僕の心配を正しい意味では察っさず、言葉を紡ぐ。

「でも、俺としては、ユキが戦場に来てくれるとやる気が出るだろうな。愛の力ってやつ。」

思わずたたいてやりたくなったが、我慢して、アオイを探す。アオイは十八だ。アオイと目が合った。アオイは落ち着いていた。駆け寄る。何人か仲の良い子たちも集まって来る。

「本気なのかな大人たちは?」

「冗談で人を集めないでしょう。そもそも、いままでこんな風に人を集めたことなんてなかったわけだし。」

「訓練ってどんなことをするんだろ。鬼なんて殺せないよ・・・。」

誰かが言った言葉に沈黙が訪れる。

「何とかなるっしょ!」

アオイが声を張り上げる。空元気って感じだ。

「そろそろ朝ごはんの時間だよ。難しいことは後々考えればいいよ。」

皆頷く。そもそもあの言い方をされた以上、選択肢はない。そしてそれはいつか僕らにもやって来る。朝食の時間はいつもより静かだった。何も知らない小さい子供だけがはしゃぎまわる。あまり食べる気分にはならなかったから、スープだけを飲んで後はセイに譲った。セイは気にもせず食べる。訓練を知らせる放送はその日のうちに来た。アオイたちと別れ、部屋に戻り、借りたラノベを手に取る。セイも、教官要員として連れていかれた。セイは俺に抱き着いていやがったが俺が、

「セイに頑張ってもらわなきゃ困る。」

というと、喜んで仕事に出ていった。実際セイの頑張りによって、アオイたちが生き残れる確率が変わるのは明白だった。訓練度合いによっては、アオイたちは何事もなく奇跡の生還を果たすかもしれない。夢のような話だ。頭の片隅ではわかっていた。大人が帰ってこれないほどだ。しかも元自衛隊とか、戦闘慣れしている人々がだ。子供なんて、帰ってこれるのが奇跡に等しいかもしれない。嫌だ。人が死ぬのを見るのはもう嫌だ!ラノベを机に置く。読む気分にはとてもじゃないがなれない。大人たちは何をしているんだ!腹が立った。そもそも、殺戮兵器を使ったのはここにいる大人たちだし、この状況にだんまりを決め込んだのも、ろくな説明もなく戦場に子供を放り込むのも、ここの大人たちだった。何か言ってやりたくて、部屋を飛び出し、会議をしていた部屋の前で立ち止まる。しかし、思いとどまる。文句を言って、追い出されたらどうしよう。そもそも僕はイレギュラーだ。セイがいるとはいえ、何のとりえもない子供が喚いたって、何も変わりゃしないのに。不意に冷静になって、部屋に戻ろうとすると、扉が開く。セイのお父様だった。

「ん?君は確か、・・・ユキ君だったかな?」

「あっはい。」

「何か用でもあったのかね?」

「あ、いや、その・・・。散歩してました。」

「討伐隊のことが気になるのだろう?」

バレてる。こくんと頷く。

「心配いらない。鬼は弱体化している。子供でも倒せるほどに。効率を求めた結果の徴兵だ。」

「そ、そうなんですね。」

「そんなことより、その、息子とはどうだ?」

「どうとは?」

「本気なのかね?」

「・・・。」

何も返せず黙り込む。

「まあ、いい。あれも随分変わっているからな。機嫌を損ねないことだ。」

「・・・はい。」

セイのお父様と別れ、部屋でふて寝する。セイのことをどうするか考える。結婚?正直馬鹿馬鹿しいと思っていた。相手は男だ。世の中には相手が男でも構わない人もいるが、僕はそうじゃない。指に付けたリングを眺める。今すぐにでも突き返してやりたい。僕が好きなのは、今でもソウコだ。最初はソウコからの告白でも、浮気してたかもしれなくても彼女への思いは残ってる。・・・でも、今セイを突き放すのはいろいろな意味でやばいと思った。僕にしては打算的な考えだ。セイの機嫌を損ねて、鬼と戦わなくなっても、僕の居場所を取り上げられても困る。生きていけなくなる。そんな打算的な考えは、セイが帰ってきたことで終わった。

「もう終わったの?」

「後は、他の人に任せた。俺じゃ直感的すぎるんだと。」

セイは拗ねていた。彼の機嫌を取るように頭をなでる。セイが抱き着く。簡単だ。制御できる人だ。僕はこの男を軽く見ていた。


一か月の訓練期間はあっという間だった。セイとの日常にも、慣れて絶妙な距離感で関係を維持した。とある朝、戦闘訓練に合格した子供たちが集められ、それぞれ武装させられ、シェルターの入り口前の広間に集められた。武器を持った子供たちの顔は緊張していた。隊長が告げる。

「国のため、みんなのために力を尽くせることはいいことだ。諸君らは今や立派な戦士だ。鬼を倒す準備はできたな。今日の作戦は、シェルター付近の鬼の捜索と退治だ。夜には帰ってきなさい。鬼を倒したものには武勲を与える。角を持って帰るのを忘れずに。以上だ。それでは解散!」

シェルターから大勢の人が出ていく。セイもその後に続く。僕はセイを呼び止めて、頬にキスしてやった。セイがにやつく。

「気を付けてね。皆を守ってね。」

「わかった。愛してるよ、ユキ。」

シェルターの入り口前の広場で小さな子供たちと一緒に帰りを待つ。兄弟が徴兵された子なんかは、不安なのかぐずった。それをなだめながら、ユキ自身緊張していた。皆が帰ってくることを祈った。


夜、タイムリミット。続々と子供たちが帰ってきた。その中にアオイの姿があった。思わず声をかけていた。

「お疲れ様。無事でよかった。」

「うん。前の討伐隊がこの辺の鬼をほとんど倒してたらしくてね、私の方では見かけすらしなかったよ。正直言うとホッとしちゃうよね。」

「そうだったんだ。」

セイのお父様が言っていた、効率を求めた結果の徴兵。あながち嘘ではないのかも。胸をなでおろす。帰ってきた子供の中に、角を掲げながら帰ってきた子がいた。

「隊長!やりました!一匹殺しました!」

「うむ、よくやった。後で勲章をやろう。」

場が盛り上がる。

「すげー!」

という声が聞こえてくる。この分なら大丈夫だ。そう思ってしまった。自分の番は来ないと。セイが帰って来る。

「ただいまユキ。ちゅーは?」

「はいはい。」

この男に関しては、そんな心配もしていなかったがご褒美をやる。その日の夕食は、外の話題で持ちきりだった。外がどうなっているか知らない子供たちにとって、その情報は魅力的だった。お菓子を持ち帰ってきた子もいた。一部で争奪戦になっていた。そこに隊長がやって来る。

「明日は足を伸ばしてA地区の捜索、討伐だ。皆英気を養うように。それから、次からは回収した物資は食堂のおばさま方に提出するように。貴重な共有財産だからな。」

まばらに返事が聞こえてくる。隊長は去って行った。そういえば、大人たちの大半は、食堂で見かけない。部屋で食べたりしているのだろうか?見かける大人は、作業員の人ぐらいなものだ。

「ねえ、セイ?」

「ん、どうした?」

「大人たちはどこで食べてるんだろ。」

「ああ、まあ、何つーか・・・。そんな気にしなくていいと思うよ。」

濁された。その日の夜も毎度のことながら、セイに抱きしめられながら寝た。惨劇がそばに近寄って来るのも気づかずに。

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