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日常 緩やかな絞首刑

扉の中はどこまでも白い廊下が続いていた。セイと一緒に奥へと進む。扉がまたあった。こちらはパネルなどもなく、ドアノブを回すと、戸が開いた。広間に出た。幼い子供たちが駆け回っている。子供の一人が足を止め、僕を見上げた。

「鬼だ!鬼が来たぞー!」

「逃げろー!」

子供たちが騒ぎ立て、物陰に隠れる。僕は困惑して一言も発せぬまま、立ち尽くした。

「隊長は居るか?」

セイがこの空間に尋ねる。

「王は玉座の間で待っておるよ。」

子供が指人形を物陰から出して言う。

「しゃーない。報告しに行くか。」

セイが僕の手を引っ張って、扉を一つくぐる。それからいくつの扉をくぐっただろうか?一つの部屋の前でセイが足を止める。

「会議中か、まあ、いいだろ。」

話し声がかすかに聞こえる中で、セイが扉を押す。視線が一斉にこちらに向く。

「セイ!」

一人の男が立ち上がる。地味で真面目そうな男。ここにいる人々のほとんどがそんな感じだ。

「鬼は死滅しなかったらしい。」

「監視カメラで確認したところだ。」

その中で異彩を放つ、筋骨隆々の男が、セイの声に反応する。

「でも、弱ってはいるみたいだった。先手無差別速攻攻撃とまではいかないらしい。」

「それも外に出た先遣隊が確認したよ。人の手で討伐可能なレベルまで弱体化している。」

「セイ、その子は?」

「紹介しますお父様、俺のフィアンセです。」

「ふぃ、ふぃあんせ?フィアンセだと!男の子じゃないか!」

セイが僕のほっぺにキスをすると会議の場が若干ざわつく。

「お父様って、官僚の?」

「ああ。」

セイのお父様は彼に似ていなかった。セイはお母さん似なのかもしれないとのんきに思った。

「ヴ、ううん。生き残りがいたのか?」

「俺の個人シェルターに一緒にいました。」

「個人シェルターだと!よくも耐えられたものだな。というかいつの間に外に出ていた!厳戒令だといっただろう。」

「用事がありましたので。」

下手すれば、僕を殺す用事か・・・。僕はこっそりため息をつく。

「まあ、落ち着いて。セイ。これから討伐隊の派遣を話し合っていたところだ。」

「俺も参加しますよ。」

「それは心強い。お前ほど腕の達者なものがいれば、任期もすぐに終わるだろうよ。」

セイの顔をちらりと見る。タダ者ではないと思っていたけど、鬼を殺せるぐらいの武術の心得とかがあるのかな。

「ひとまず会議は解散しよう。君、名前は?」

「ユキです。」

「ユキ君。当シェルターは君を歓迎しよう。素晴らしく運のある君を。」

運。これを運と言っていいのか・・・。両親の顔が、友達の顔が浮かぶ。ソウコ・・・。生き残れた俺の運はここから先も続くのだろうか。

「セイ!後で部屋に来なさい。」

セイの父親が部屋を足早に出ていく。

「あんなこと言ってよかったの?」

「事実しか言ってない。そんなことより、俺の部屋に案内するよ。そこで一緒に暮らそう。」

「個室とか・・・?」

「君専用は厳しいと思う。イレギュラーだからね。俺と同室でいいだろう。婚約者なんだし。」

ちょっと悩んで頷く。受け入れる以外に生きる道無し。んじゃあと、外にほっぽり出されても困る。おとなしく従うことにした。扉をいくつかくぐり着いたセイの部屋には大きな本棚があり、ダブルベッドが置かれていた。大きめなソファもある。本棚を覗く。哲学書、政治家の本、なんだか小難しい言語の本。趣味の物はなかった。

「ラノベとか置いてないの?」

「読まないからなー。他の子に言えば、持っている子もいるかもよ。」

「そもそも俺と同じくらいの子は居るの?」

「結構いるよ。子供の方が多い位だよ。若き才能の保存って言って、金持ちの子以外も集めたからね。」

「どうやって親をだましたんだ?」

「留学の名目で集めた。実際にはシェルターの住民を集めていたわけだけど。」

「子供たちは知ってるの?」

「ここに入れられたときに伝えられたはず。」

なんだか残酷だなと思った。

「永遠の別れすら言わせてもらえないなんてね。」

「泣いて帰りたがった子は多かったみたいだよ。まあ、許されなかったわけだけど。」

大きめなソファに座る。体が沈み込む。居心地は抜群だった。

「ここで寝るよ。」

「なんで?ベッドにおいでよ。婚約者同士なんだから、遠慮しないで。」

なんだかむず痒い。婚約者。指にいまだにはめられている、リングを見る。どうしてこうなったかなー。

不意に館内放送が鳴る。

「食事の時間です。食堂にお集まりください。」

「食堂で食べるんだな。」

「食料も管理しないとだからな。必要以上に消費したら、シェルターが立ち行かなくなる。」

二人で食堂に向かう。近くに公衆トイレもあるようだった。食堂はかなり広く、たくさんの人々が、年齢問わず集まっていた。

「今日は、生姜焼きだって。」

近くで女の子の声がした。同い年くらいに見える。確かに子供の割合の方が多く見える。特に中高生が多い様だ。列に並ぶ。自分の順番が来ると、食堂のおばちゃんが、生姜焼きとごはんを盛ってくれた。みそ汁とミニサラダ付き。セイと並んで、座って食べる。

「うん。普通においしい。」

「三食きっちり出るからな。」

飯の心配はしなくて済みそうで安心した。

「君、見ない顔だね。新入りが増えるケースってあるの?」

首にチョーカーを付けた少女が話しかけてくる。かわいらしい感じの子だ。

「・・・別のシェルターにいたんだ。今日ここには来たばっか。」

「そーなんだ。私、アオイ。君は?」

「ユキ。」

「ユキ君よろしく。」

セイが若干不機嫌そうに間に入る。

「ユキ。今日はもう疲れたろう。部屋に戻ろう。」

「ん。そうだな。」

「あら、残念。もっと話したかったのに。じゃあね、ユキ君。」

部屋に戻ると、腕をつかまれ、ベッドに押し倒された。

「い、いきなり何?」

「にやついてた。」

「そんなつもりないよ。」

弁明する。

「そりゃかわいい子だったけど、僕、彼女いたし。いや、今はあんたがいるけど。」

彼が僕の着ているシャツのボタンを外していく。一個一個、丁寧に。貧相な僕の体があらわになる。胸からへそにかけて艶めかしくなぞられる。鳥肌が立つ。指の動きが止まる。

「風呂入るぞ。」

手を差し出される。それをつかむと、起き上がらせられる。

部屋にあったもう一つの謎の扉を開けると、風呂場だった。そこそこ広めの浴槽と、シャワー付き。風呂にはすでに、お湯が張られていた。半端に脱がされたシャツとズボンを脱いでシャワーを浴びる。湯船につかって、ため息をつく。

「はー。って、入んの?」

服を脱いだセイが、シャワーを浴びる。

「まあまあ、いいじゃない。」

湯船に滑り込むように入る。

「シェルターの生活には慣れれそう?」

「たぶんね。」

「俺は、討伐隊入りするから、なかなか帰ってこれないかもだけど、何かあったら教えてね。俺はユキの味方だから。」

「大丈夫。」

(いじめられたとか言った日には相手の腕の一つでもなくなりそうだな。他の子とイチャイチャしてるとこみられるのもやばそう。)

「ボーっとしちゃって。本当に大丈夫?」

「平気だよ。ちゃんとこの部屋で待ってるよ。僕にはもう、あんたしかいないしさ。」

セイがにっこり笑う。

「うん。待っててね。帰ってきて、一緒にお風呂にする?とか、癒されるなー。」

「新婚夫婦みたいなことはやる気ないけどね!」

「そりゃ、残念。」

セイが湯船に沈む。僕は風呂から上がって着替える。子供が充実しているのもあってか、用意された服のサイズはピッタリだった。セイも風呂から上がり、ラフなかっこに着替える。

「お父様んとこ行ってくるから寝て待っててね。」

その言葉にうなずく。彼が期待のまなざしで僕を見て、何かを待つ。

「?」

「行ってらっしゃいのちゅーだよ。」

痺れを切らした彼からそんな言葉が出てくる。俺は顔を赤らめて、

「行ってらっしゃい!」

布団にもぐりこんだ。しばらくすると、あきらめたのか、ドアが閉まる音が聞こえてきた。布団の中はぽかぽかと温かい。自分の家で使っていたものより、寝具も高級なものらしい。心地よくてすぐに眠りについた。

ソウコが立っていた。長い黒髪が風になびく。美しい横顔に惚れ惚れする。ソウコは学校の中でも一位を争うほどの美人だった。告白はソウコからだった。そんなに目立った方でもない俺をなぜ、彼女は好きになったのか聞いたことがあった。

「気遣いができるところが好き。」

そう言われた。どこまで本気だったかはわからない。そのすぐ後に浮気のうわさを友達から聞いた。妬まれてるとも思ったけれど、嘘の気はしなかった。彼女ほどの美人だ。他に男が放っておくまい。そんなソウコが今、真横に立っていた。

「もっと一緒に居たかった。」

つぶやくように言った。ソウコがうんうんと頷く。

「セイのこと好きだったの?」

彼女は答えない。

「セイはどんな人なんだ?君を惹きつけた理由は?」

答えが返ってこない中、吹いていた風が止む。

「セイを好きになれるのかな・・・。」

もはや自問だった。答えはまだわからない。彼女の好きになった人だ。好きになってもおかしくはないはず。砂粒のように世界が決壊していく。愛した少女が消えていく。

(また、夢でいいから会いたいな。)

翌朝からは、日常が始まった。セイは結局、帰ってこなかったらしく、一人ベッドから起き上がった。館内放送で朝ご飯を食べに行く。昨日のアオイと会った。彼女は僕を気にかけてくれて、会話が弾んだ。同じくラノベ好きということが発覚して、本を借りる約束をした。他にも何人かの子と会話をした。皆、ほかのシェルターから来たことを知っているらしく、外の様子を聞いてきた。僕は、それをネタに何人かの子と親しくなった。夜、部屋に戻るとセイは帰ってきていなかった。風呂に入り寝る。朝起きて、食堂に行き、友達と時間をつぶす。そんな生活が、多分半年は続いた。多分というのは、このシェルターには、時計はあっても、カレンダーがなかったから。季節の変化を感じるようなこともない。シェルターの生活には早々になじんだ。子供ゆえの適応力の高さ。討伐隊のことは気になったが、大人たちから何かを聞かされるということもなかった。そもそも、大人とのかかわり自体ほぼなく、話すのは食堂のおばちゃんぐらいで、それも世間話程度にとどめられた。セイとは、あの夜別れてから、一度も顔を見ていない。それでも平気だった。最初の不安は、アオイが消し飛ばしてくれた。知り合いはそれなりにできた。もう、セイだけが味方の時間は終わっていた。左手薬指に付けた指輪がくすんで見える。学校はなかったけど、頭のいい子が勉強会を開いてくれたので、それに参加した。友達との交友で、日常は過ぎていく。

「シェルターから出られるのはいつ頃になるだろう。」

友達の一人が何気なくつぶやいた。討伐隊も頑張っているだろうし、

「街中に戻れる日もそう遠くないんじゃね。」

そう答えた。そう、僕らはもうすでに、元の生活を夢見ていた。討伐隊の惨状も、この国の人々を虐殺した、隠ぺい体質な大人たちのことも知らず、これから僕らに課される使命を一片も想像せず、時が過ぎるのをただ受け入れていた。それは秋の出来事だった。そのころ外では、しんしんと早めの雪が降り始め、セイは屠った鬼の残骸を死んだ討伐隊の死骸の上に投げ捨てていた。

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