終わり それはあまりに唐突で
20XX年日本。ニュースでは鬼の出現が取り沙汰されていた。この鬼はどこからともなく現れ人を食らい、残った人皮を着て人間になりすまし、また人間を食らうことを繰り返していた。一匹ではなかった。数百単位で鬼はまぎれているという。鬼という超常的な存在が認められたのは、政府による発表からだった。政府はここ最近起きている大量不審死の連続は鬼によるものであると発表した。人々は混乱した。テレビは鬼の話題で持ちきりになり、学校などでは注意喚起がなされた。しかし、注意のしようがない。鬼はどこからでも現れて、その空間にいる人々を一瞬で屠れたのだから。事件は増えていく一方で、ある地区からは人が完全に消え去った。政府は非難された。この状況に手を打たなかったから。しかし、政府はここにきて手を打つ。音響兵器を用いて日本全土に攻撃を行った。捨て身の作戦だった。音響兵器によって、人々は脳に深刻な被害を受け、倒れた。無事だったのは、対音響兵器のシェルターに入っていた人々だけであった。富裕層が生き残った。政府は容赦なく日常に音響兵器を使った。それほどまでに鬼による被害は深刻だった。無差別攻撃としか言いようのないそれは、日本の生態系を一瞬で破壊し、民族を滅ぼした。それと共に鬼は滅びたはずだった。
個人シェルター内、個室にて。
ユキは轟音とともに目覚めた。どこからともなくした音はユキの脳を揺さぶった。軽く鼻血が出るが、拭えない。ユキの手足は椅子に縛られていた。彼は一般的な高校一年生だ。父母と三人暮らしの一般的な核家族。友達は多い方。成績は平均よりちょっと下。付き合いたての彼女がいて、学校には欠かさず通うという意味では優等生であった。猿ぐつわを噛まされた口がもごもご動く。彼の今の状況は、まさしくピンチと呼ぶにふさわしかった。目の前には机の上に、ナイフやペンチが置かれ、その置かれた道具たちの意味を考えるに、拷問されるか、殺されるかであった。ユキには全くと言っていいほどそんな目に合う心当たりがない。だらだらと汗をかきながら、あまり良くない頭で、この状況を乗り切る手立てを考える。戸が開く音がした。ユキはどうか話す余地が与えられることを祈った。祈りは届く。部屋に入ってきた何者かはユキの猿ぐつわをほどく。ユキは頭を巡らせる。なんて言い訳したら許されるだろうか。何者かは、机に置いてあるナイフを手の中で弄んだ。そしてユキに聞く。
「あの女とはどういう関係だった?」
男の声であった。顔はフードで見えない。
「それってソウコちゃんの事?」
「どういう関係だ?」
「彼女でした。体育祭の時に告られて付き合いだしました。」
男がナイフでユキの首を優しくなぞる。
「あの女の正体に気づいていたか?」
冷汗が止まらない。
「さっぱり。全然。なんのこっちゃ。」
壁をナイフで刺す音。
「あれは魔性だった。俺の純粋な部分を汚した。」
「・・・。」
何も言えず固まる。そうか、ソウコが原因で僕、殺されるんかー。
「お前は本当に何も知らないんだな。」
「・・・はい。」
足にナイフが当てられる。ロープが切られる。続いて、手の方のロープも切られる。手足が自由になる。しかし僕は座ったままだ。
「・・・あの。」
「なんだ?用は済んだんだが。」
「ソウコは浮気してたかもって・・・聞いたことがあって。」
「何が言いたい。」
「同じ傷を抱えているから、相談役ぐらいにはなれると思うんですよ。」
鼻を拭った。白いシャツの袖に、赤い血が付いた。
「同情しているつもりか。」
「気づかないふりしてたんです僕。ソウコ、僕といてもあんま楽しそうじゃないなって。」
「・・・。」
「さみしい人だったんだろうなって。だから浮気しちゃう。僕がもっと受け止められてたらよかった。そうしたら、きっと、あなたも傷つかずに済んだって・・・。」
男がフードを外してまっすぐに見る。金髪が目にかかっている。緑色の目、珍しい。日本人顔はしている。かっこいい顔。まじまじとその顔を見た。
「・・・いい。」
「へ?」
「いいぞ。」
首をかしげる。彼が腕を伸ばし、僕の頬を両手で包む。優しくなでられる。少しだけぞわっとした。気づくと緊張はほぐれていた。男が自分のズボンのポケットをまさぐる。目の前に小箱が突き出される。男がゆっくりと開けると、指輪が光った。
「それは?」
「受け取ってほしい。」
促されるまま手に取る。緊張からの解放でよく考えていなかった。指にはめられる。左手薬指。そこに付ける意味を思い出す。
「婚約指輪?」
「本当は彼女に付けてもらう予定だった。君でもピッタリなのは運命だな。」
「僕が婚約?」
「不服かい?」
きらりとナイフが光った。
「そんなまさか!」
慌てて手を振る。
「でも僕男ですよ。」
「愛の上では関係ない。俺は君を気にいった。」
「はは、光栄です。ところでもう、家に帰らなくっちゃ。両親が心配しているんで。」
「もういないだろうよ。」
「え?」
「さっきの音響兵器でみんな死んだと思うよ。」
何を言ってるんだこの人は?
「えっと、帰ってほしくないとか?」
「俺が君について行けばいいだけだ。」
「?」
「とりあえず外に出て確かめてみればいい。鬼もいなくなっているはずだしな。」
鬼。さんざんニュースで取り沙汰されていた。無差別殺人鬼。僕は、鬼のことは比喩だと思っていた。正体不明の殺人鬼にあてがわれた仮面。仲間内でも人派と兵器派に分かれていたが、僕はそういう兵器が存在すると思っていた。ニュースでもやっていた。最近は音で人を殺せるらしいと。
立ち上がり、ドアへと向かう。ちょっぴり頭がくらくらした。両親心配してるだろうな。学校も。一度も休んだことはない。親子関係も良好で、顔を見合わせない日はない。多分二日は会ってない。ドアノブに手をかけ外に出る。見慣れない街が目に飛び込んでくる。どこまで拉致ったんだと思いつつ、スマホを取り出し、自宅までの道のりを案内してもらう。現在地は隣街。どうにも見覚えないわけだ。歩き出す。異変はすぐにやってきた。人が倒れていた。
「大丈夫ですか?」
駆け寄り、起こす。鼻血を出し白目をむいている。急いで救急に電話をかける。・・・出ない。あの救急がいくらたっても電話に出ない。最初は番号を間違えたと思ったが、そんなことはない。シンプルな番号だから間違えようがない。後ろを振り向くと男がそばまで来た。
「無駄だと思うけど?」
「何が起こったの?」
「だから、政府が音響兵器を使ったんだって。」
「政府が?何のために?」
「鬼を殺すためにも無差別殺人を許容したんだよ。国がね。」
「妄言だ!」
「現実だよ。」
ほんのりと温かかった倒れた人の体が、冷たくなっていく。現実は受け入れがたく、その人を放って家への帰路を走り出す。うそだ。まさか、そんなことあるはずがない。太陽が傾く中、家に着いた。玄関を開ける。帰ってきてもおかしくない時間なのに、父親どころか、主婦の母さんすらいない。
「なんで?」
「政府は日本全土に音響兵器を使う許可を出した。一部の人をシェルターに避難させ、一般市民には知らせずに実行した。致命的な麻痺も恐れず。鬼はそれほどまでに脅威だった。」
「じゃあ、なんで僕らは無事なんだよ!」
「俺の個人シェルターにいたからね。当初はこれが君の絶望の一つになるはずだった。」
「僕だけ助かったてこと?家族も友達も置いて、僕だけ?」
「ああ。そういうことになるな。」
呆然として立ち尽くす。ガタンという音で意識が引き戻される。
「帰ってきたんだ。父さん、母さん!」
男が首をかしげる中、玄関へと急ぐ。玄関には人が立っていた。
「ソウコ?!」
驚いた。彼女のソウコが来ていた。驚いている隙に男が僕とソウコの間に立つ。
「シェルターに入っていたのか?」
ソウコの様子がおかしい。何も言わず、僕と男を交互に見つめる。まるで品定めするかのように。突如男がソウコに向かってナイフを振るう。突然のことに声が出せない。止めようと手を伸ばす。ナイフがソウコの顔を切り裂く。すると切れ目から、何かの目がのぞいた。
「ひっ。」
思わず声が漏れていた。飛びのく。するとソウコの皮がみるみる剥がれ、中には角の生えた醜い化け物がいた。一つ目がこちらをにらみつけるように見ている。男が次の一撃を振るおうとナイフを振り上げる。それは飛びのくとどこかへと逃げていった。腰が抜けてしまった。立ち上がれずにいると、男が手を貸してくれた。
「大丈夫か?」
「今のって?」
「鬼みたいだな。政府の思惑と違って、生き残ったらしい。」
「ソウコ・・・。」
皮と洋服が玄関の前に落ちている。信じがたい光景だが、鬼は想像とは違う形で確かに存在していた。男が玄関に鍵をかける。
「意味があるといいんだが。」
部屋に戻ると僕をソファに座らせた。ソウコが死んだ。その現実が受け入れがたくって涙があふれてきた。男が背中を優しくさする。
「初めてできた彼女だったのに。」
「すぐに忘れられるさ。忘れさしてやる。」
男に抱きしめられる。いろいろなことがありすぎたショックからか受け入れていた。
「本当に母さんも父さんも死んでしまったの?」
「あの状況じゃ助からないだろうな。」
ソファの上に横になり、目をつぶる。
「しばらくそっとしておいてくれ・・・。」
いつの間にか眠ってしまっていた。夢の中ではソウコが俺の部屋に来て、ベッドで横になっていた。覆いかぶさる。
「ソウコ。好きだ。」
ソウコのシャツに手を伸ばす。ボタンを一つ一つ外して、肌がはだける。胸の上に裂け目があった。指でなぞる。一つ目がこちらを覗いていた。
「!」
飛び起きる。ソファの上から転がり落ちる。
「いってぇ。」
男が顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「なんとか。」
「食事の準備ができたから食べようか。」
電気が普通に通っていた。とはいえ、いつまでもつかはわからない。チャーハンを出される。普通においしそう。
「料理できるんすね。」
「食べたらここを出て、シェルターに向かおう。」
終始無言で食べる。母親の作ってくれたチャーハンの味を思い出す。いなくなってしまった。現実味がない。今の状況は夢と大差ない。食べ終わって、食器を洗っている間、男が試しにテレビをつける。砂嵐のもの、倒れた人を永遠に流し続けるもの様々で、非日常を嫌でも感じさせられる。実は生き残ったのも僕と彼だけなんじゃないかと妄想する。それはそれで悲惨だ。頭を振って考えを戻す。
「そもそもえっと、そういえば名前すら聞いてなかったや。」
目の前の男を見る。緑色の目をしたこの男の名をまだ知らない。知らずに一緒に行動している。それすら非現実を加速させていた。だから聞いた。
「名前は?」
「セイ。」
やっと本題に入れる。
「セイはどうして、シェルターの事や、鬼のことを知ってるの?」
「親が官僚だから。」
「官僚?偉い人ってこと?」
「・・・俺の話はいいよ。シェルターにどうやって行くかだな。」
あまり家族のことを触れられたくないのかな?そんな感じがした。
「鬼、徘徊してたりするのかな?」
「わからん。」
「シェルターは本当に安全なの?」
「おそらくは。自衛隊のお偉いさんもいるはずだし、そもそも鬼が、前ほどの力を発揮してないように見える。」
「前ほどの力って?」
「その空間に現れたら、一瞬で皆殺しにできる力を、持っているらしい。監視カメラに残ってた。政府が焦り倒した理由はそこにある。」
身震いする。確かにそれほどの力を持っているのならば、さっきの対応はおかしい。セイが何かする前には動けるということなのだから。ナイフなんて怖くもなんともないだろう。しかし、逃げていった。ナイフを恐れてなのか、ほかの理由からなのか。そもそも鬼は、ソウコが俺の知り合いだって知ってたってことだよな。記憶を覗いたりできるのか?嫌な事実に気づき、もう一度身震いした。
「とにかくシェルターだ。俺たち二人だけっていうのもロマンチックだが、上級国民様が何か情報をつかんでいるかもしれないからな。」
僕は部屋から、カバンを取ってきて、保存食を詰め込む。それから使えそうなものも。
「行けるか?」
「うん、大丈夫。」
太陽はすっかり真上に来ていた。思っていたよりもぐっすり眠っていたんだなと思った。セイがぐんぐん歩く。精一杯僕はついていく。住み慣れた街を離れ、隣街からさらに隣の街へ。長い事歩いた。帰宅部の足にはなかなかしんどかった。たまに倒れた人を見かけつつ、それとともに嫌なにおいがした。スルーして、歩いた。鬼の姿は幸い見なかった。突然セイが足を止める。古い劇場だった。その中へと入っていく。
「ここにシェルターがあるの?」
「ああ。あまり目立つとこにあると、一般人に気づかれちまうからな。」
劇場の中には、舞台があって、幕の中に、真っ白い大きな扉があった。セイがそばに備え付けられているパネルを押す。すると、扉の鍵が解除される音がした。セイが扉を開けて、促す。
「さあ、どうぞ。」
僕は一歩踏み出す。この先に待ち受ける苦しみも知らず、無知な僕は飛び込んでいった。




