鬼女 弱った鬼の行方
セイがE地区に討伐確認をしに行っている間、ユキはリハビリをしていた。まだまだぎこちないが、歩くことはできるようになってきた。しばらくして、昼食時になってセイは帰ってきた。鼻歌を歌いながら、セイはベッドにどこからか持ってきたバラ柄のシーツを引いて、机の上に持ってきた食事を置く。アロマキャンドルを灯し、プレゼントを枕の後ろに隠した。ユキをリハビリ室から呼んでくると、ベッドに座らせた。
「なんの匂い?」
「ラベンダー。リラックスできる。」
セイが肩をくっつけるように隣に座る。机を引き寄せて、デートが始まった。食事の内容は、パンと、ハンバーグにコーンスープ、ニンジンサラダ。ぶどうジュース付き。ハンバーグを切り取って僕の口に近づけた。
「はい、あーん。」
ちょっぴり恥ずかしい気持ちになりながら、口にする。
「今日は全部食べさせてあげる。」
「割とここ最近いつもじゃない?手、だいぶ動くようになったよ。」
手をカチャカチャ動かす。
「まあ、そう言わず。」
セイに食べさせてもらう。
「E地区はどうだったの?」
「無事に鬼の排除は終わったよ。C都市は解放された。」
「やっとか・・・。」
「三か月かかった。思ってたよりも早かったな。」
「どのくらいかかると思ってた?」
「半年。討伐隊が思っていたよりも楽に軌道に乗ったからな。」
ふとケイトのことを思い出す。ケイトはいつ何時も果敢に攻めていた。確かに子供だけの討伐隊は、想像していたよりも強いのかもしれない。たくさんの犠牲はあったが。
ぶどうジュースを飲む。甘い。
「次はどうするんだろう?」
「さあ?ここから近いのはB都市か、D都市だな。D都市は海岸が有名だな。行きてえな。」
「海か。死んだ水族館よりかはロマンチックかもね。」
沈んだジンベイザメを思い出す。食後のデザートと言って、セイが食堂にお菓子を取りに行った。僕は考えに耽っていた。二本角。今の酒はまずいとか言ってたっけ?それって、昔を知っているってことだよな。いつの時代かにも鬼が出てきて、こんな混乱を起こしたのだろうか?音響兵器もない。音響兵器の効果のない鬼は、その空間にいる人を一瞬で屠るという。あの二本角はただでさえ素早かった。疑問は募る。セイがデザートを持って帰ってきた。羊羹だ。隣に並んで、これも食べさせてくれる。
「ねぇ、セイ?」
「どうした?」
「昔の鬼って強かったのかな。」
「昔は、術師とかもいたからな。今よりも、弱かったかもしれないね。」
術師。考えたこともなかった。確かに妖術とか聞く。怪しい力で操ったり、使役したり、呪い殺したり。今よりもそういう力が発達してたはず。そういえば、陰陽師の映画を見たことがあったな。鬼と戦っていたかもしれない。源氏が鬼退治する話も聞いたことがある。昔の方が、そういうのに優れた専門家とかがいたのかもしれない。今も残ってないのかな?
「そんなことよりもさ、プレゼントがあるんだ。」
枕に手を伸ばし、箱を手に取るセイ。僕に手渡す。箱を開けるには、まだ練度が足りないらしく、苦戦する。結局セイが開けてくれた。中には、ピアスが入っていた。
「近くのお店で見つけてさ。買っちゃった。安物だけどね。俺とお揃い。」
セイが耳を見せる。銀色のピアスが、鈍い光を放っていた。
「穴開けるの?ちょっと怖い。」
「大丈夫だよ。一瞬だから。器具借りてくる。」
セイが、戻って来るとピアッサーを手に持っていた。僕の耳に器具を当て、耳に穴をあける。思っていたよりも痛くはなかった。四肢を切断された時の痛みと比べたらそれもそうかと思った。ピアスを付ける。セイが鏡で見せてくれた。鈍く光る。お揃い。僕はにっこりと笑った。
「久しぶりに見たよ。笑顔。」
「そう?」
「喜んでもらえてよかった。」
ツミは研究者の先生から受け取った鎖を眺めていた。引っ張ったり、捻じったりしてみる。
「相当丈夫なはず。これで拘束すれば、二本角と言えど、たちまち動けなくなるはずだよ。」
崩落前からの研究によって作り出された鎖。それが活躍する時が来た。ツミは鎖を入れ物にしまった。
「決行は一週間後。それまでに使えそうな道具を寄せ集めておいてくれ。」
「わかったよ。僕としても、二本角には興味がある。」
ツミは管理室に戻り、モニターを確認する。二番シェルターの入り口前の監視カメラとはリンクしてもらってある。この日も二本角が、ボロボロの体を引きずってシェルターの戸を叩いていた。これに何の意味があるのか。答えはもうすぐわかるはずだ。
E地区掃討作戦から一週間が過ぎた。その間、討伐隊の面々は、年下の子たちに武器の使い方を指導していた。隊長からの命令だ。もちろん自分たちの訓練も怠らない。後方支援部隊が着々と物資を集めるのを支援したりもした。今日はB都市に行く日だ。シェルターのある六番地区を目指す。弱った二本角がいることが知らされていた。拘束して、連れて帰ることも。皆、それぞれ不安に思っていた。前代未聞の鬼の捕獲。それも、二本角。意思疎通の取れることが理由の一つだろう。大人たちは、何かを聞き出そうとしている。二番シェルターのことも聞かされていた。何でも、少し前にパンデミックが起こり、やっと安定したところらしい。大人の先遣隊と討伐隊が、まだ残っており、今回のことが解決すれば、二番シェルターとは連携を取って、鬼退治することになるらしい。大きな進歩が目の前に来ていた。朝五時館内放送が鳴る。朝食の時間だ。
朝六時。セイはバスへと乗り込んだ。今回は、後方支援部隊も一緒だ。彼らは医療キットを持っている。後方支援部隊は、医療行為の勉強をさせられていた。そのため、簡単な手術ならこなせるようになっていた。セイは一人、窓の外を見た。ユキはこれからリハビリだろう。そんなことを思いながら、鬼を捕獲するシミュレーションを頭の中で繰り広げていた。ABチームに支援してもらいつつ、やる予定だ。他のチームは他の鬼が来た時用に周辺待機を命じられている。外はだいぶ冷え込んでいる。冬も終わりが近いとはいえ、最後のあがきのように雪を降らせていた。道路に雪がたくさん積もる。他の車が通ることもないため、道が雪でふさがれている。そのため、運転も慎重だ。到着までには時間がかかった。昼頃、やっとB都市にたどり着く。周辺に鬼は見えない。シェルターのある新築の劇場にバスが止まる。劇場の入り口は、開け放たれており、シェルターの白い扉がここからでも見えた。バスを降りる。シェルターの入り口に着くと、監視カメラがあるであろう位置に向かってセイは手を振った。お父様が見ているはずだ。そしてシェルター横のパネルにパスワードを入れる。扉が開く。後方支援部隊の一人が、使節として、中に入る。扉をすぐに閉めた。他のチームをバスの中に残して、ABチームとセイで劇場の陰に潜むことにした。カーテンの後ろに隠れる。呼吸を殺す。長いかもしれない戦いが始まった。持参したおにぎりをそれぞれが、警戒を怠らずに食べる。ゴミをカバンにしまってセイは、監視カメラの方を一瞥した。もう二本角は来てしまったのだろうか。やってくる時間はバラバラだと聞いた。その場合、明日まで待つべきだろうか。体力的にも、寒さ的にもきつい。吐いた息が白くなる。劇場に暖房は効いていない。時間を決めて待つべきだとセイは思った。しかし、時計を持っていない。腕時計くらいは手に入れておくべきだったかも。セイは思った。耳たぶのピアスを触る。ユキの事しか考えていなかった。どう喜ばせようかと、それで手いっぱいになっていた。変化は突如やって来る。誰かが入ってくる足音が聞こえた。一人。残りの討伐隊が呼びに来るときは、二人以上で来ると決めていた。であれば、二本角?様子はうかがえない。今、顔を出せば確実に目が合う。逃げはしなくても、先制攻撃の口実を与えたくない。じっと耐えた。そして、床板のきしむ音。壇上に上がった音を合図に斧を握って、飛び掛かる。斧の背の部分で二本角を叩く。二本角が簡単によろめく。斧を離して、体を抑える。鎖を手にしたケイトが飛び込んでくる。手早く二本角を拘束する。二本角はさっきの一撃が効いたのか動かない。双子が銃を突きつけながら出てくる。コウイチは高周波ブレードをいつでも振り下ろせるように二本角の背後に回る。ヒメコが周囲の安全を確認する。誰もいないようで、手で合図する。セイは、二本角を抱え、バスに行く。ケイトがシェルターのパネルを押す。さっき派遣した後方支援部隊の子の回収に向かう。バスに全員が乗り込むと出発した。C都市まで、二本角が暴れないように後ろでセイが監視する。他の子達も落ち着かないのか、後ろの方をちらちら見る。二本角はぐったりとしていた。足が腫れ上がり、片腕の方もだらんとしている。さっきの一撃で意識を失ったのか、目を閉じていた。
三番シェルターに着く。入口で、すでに隊長とお父様が待機していた。バスから降りる。
「預かろう。」
二本角を引き渡す。
「意識を失ってる。どうするんだ?」
「いろいろとやってみるさ。」
そういって、シェルターの中に二本角を抱えていく。ユキが見ていた。
「ユキ!」
「セイ。無事に終わったんだな。今のが二本角?」
「そうだよ。気を失ってる。」
「足が腫れてたね。」
「お父様たちがいろいろと聞きだすだろうよ。」
ユキと共に病室まで歩く。ユキの歩きはだいぶ自然なものとなっていた。
「上手に歩くようになったね。」
「毎日、何時間もやってるしね。」
セイはユキの頬にキスをした。
「ご褒美。」
ユキは照れて、セイの腕に手を絡み付けた。
研究室B。その中の壁に二本角を拘束し、ツミはため息をついた。きつけに、先生がアンモニア水を嗅がせる。二本角の体が跳ね上がった。目を開ける。赤く鋭い目。獣を思わせる。
「お前に聞きたいことがいろいろとある。」
「血を・・・血をよこせ。」
弱弱しく、二本角が言った。
「回答によってはくれてやってもいい。」
「何を知りたいというのじゃ。人間風情が。」
「なぜお前は、シェルターをノックしていた?」
「人間の血が欲しかったから。わしにはもう人間を襲う力は残っておらぬ。」
「その判断はできない。拘束は続けさせてもらう。人間を襲う気だったのか?」
「等価交換。血をもらう代わりに、守ってやってもいいと思っていた。」
隊長と顔を見合わせる。
「他の地域にいる二本角のことは知ってるか?」
「知っているとも。わしは鬼になってから長い。」
「異能のことを教えてほしい。」
「その前に少し血をよこせ。少しでいい。こうして喋るのもつらいんだ。」
先生の方を見る。先生が輸血パックを持ってきて、コップの中にそそぐ。
「大丈夫だ。鬼は制御できる。」
コップを二本角の口に近づける。二本角は必死に舌を出した。犬のようにぺろぺろと血をなめる。惨めな感じがして、少しばかりの優越感を感じた。
「このくらいでいいだろう。もう少し話してもらおうか。」
先生がコップを、そばの机に置いた。二本角はそれを目で追う。
「どれの話じゃ?」
「B都市にいる二本角のことを聞かせてほしい。何体いる?」
「二体。わしを含めて三体いた。一人は、雷の力。もう一人は水に形を与える力。どちらもわしより若い。」
(雷と水・・・。これで対策を練れる。)
「具体的にはどういう風に戦う?」
「雷の方は、雷を天から落とす。それ故、外に好んでいる。遮蔽物でもあれば防げるだろう。水の方は、どこであれ、水さえあればそれを武器にできる。水で切ったりはできないが、窒息を狙ってくる。人間相手なら十分な力だ。」
「お前たちはどこから来た?」
「地の底より、蘇った。死んでから千年たったでな。」
「お前たちの目的はなんだ?」
「地上で暮らすこと。人の生き血をすすり、かつての繁栄を取り戻すこと。」
「お前の異能は?」
「・・・。金属を捻じ曲げる力。」
「念力か。」
「そうじゃ。昔はそれで人の役に立ったこともあった。」
「人を襲わずにはいられないのか?」
「血を欲しているだけじゃ。殺しはしない。」
「何人も殺されているのだが?」
「・・・。最近の鬼の目的はわしにもわからん。人が滅びるようなことがあれば、鬼も滅びる。じゃから、わしらは人の生き血をすすって、脅すだけじゃ。昔の術師もそれがわかって、封印するか、追い払うだけじゃった。」
「鬼殺しの例は?」
「野心家で、暴れすぎたんじゃろうな。少なくともわしのような鬼はそんな暮らしをしてきたよ。」
「鬼は復活するのか?」
「常世のものでな。角さえあれば千年たって、蘇る。自然の摂理よ。」
「なぜ今になって大勢?」
「大戦があった。鬼と人との。人が勝った。それだけの事よ。」
「お前に他の鬼を止める力はあるか?」
「ない。わしより強い鬼はごまんといる。できるのはせいぜい、近くの弱い鬼を操る事だけじゃ。」
(都市の機能回復は狙えるかもしれない。しかし・・・二本角が厄介すぎるな。外から来られたらどうしようもなくなる。シェルター内生活は継続か?)
「二本角には、テリトリーがあるか?」
「ある。しかし、必ずではない。わざわざ、テリトリー外のわしに攻撃してきた二本角がいる。」
(やはり、リスキー。)
「協力すれば、血を恵んでくれるかの?」
「考えてやってもいい。」
定期的な献血で、血は足りていた。
「だが、信頼はできない。」
「うむ。そうじゃろうな。縛って置いたままでも構わんよ。血さえくれればの。」
先生の方を見る。
「実は、協力してほしいことがあるんだ。」
「血さえ恵んでくれて、わしにできることがあるならな。」
先生が、集めた道具を広げる。
「頭をつぶす、首を切る以外に有効な討伐方法は知っているかね。」
「拷問か。」
二本角の声色が変わる。しかし、落ち着き払っている。
「協力してくれれば、血はやろう。何、無下にはしないさ。」
先生が、メスを取り出す。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。名前は?」
「銀姫。」




