療養 得たもの
ツミはモニターを眺めていた。二本角の周辺に集まる討伐隊。音声はない。しかし、二本角が口を動かしているのがわかる。その数秒後に二本角の手には針のようなものが握られていた。
「異能。」
それが、討伐隊の一人に向かって飛ぶ。針は、構えられた盾すら貫通し、隊員の喉を貫通する。その後、後ろの隊員に掠ったように見える。アルミニウム合金に、チタンを重ねた盾。ちょっとやそっとじゃ、貫通しないはず。二本角の脅威度の高さがうかがえる。雑兵の鬼が、包囲を抜けABチームに絡むのが見えた。
「数が多すぎるな。」
それから数秒、二本角が一瞬で隊員の目の前に到達する。剣を振り上げた隊員は、腕を軽々切り落とされる。後ろからは鬼共が迫っている。
「速いな。弱体化していてもこれか。」
その後、銃撃する隊員達にまた一瞬で近づく。隊員の一人が、もう一人の隊員を押す。手に向かって刀が振るわれる。何かが飛んでいくのが見えた。指だ。そこに隊員が突っ込んでいく。刀でいなされるが、何かを投げると二本角の体が一瞬止まる。
「ここで兵器を投げたのか。効き目は一瞬か?」
その後をすぐにセイが斧で叩き潰しているのが見えた。動画を見進めると、首を切り落とされた二本角がまだ動いているのが見えた。セイがそれを分解する。
「生命力が極めて強い。」
周囲の鬼たちが動きを止め、隊員達が次々に首を刈っていく。
「催眠のような力があるのだろうか?少なくとも、統率は二本角が倒れた時点で崩れる様だ。」
ツミはモニターから目を離し、眉間に手を当てる。
「報告書だ。見るか?」
隊長が報告書を机に置く。AチームとBチームの報告書を持ち、交互に見る。
「鬼と会話。交渉するも決裂。ヒナタ隊員が死亡。ユキ隊員が四肢切断の大怪我。ソウ隊員が指を切断する怪我。治療済み。Aチーム実質一名に。」
他のチームの報告書にも目を通す。
「鬼の数が多すぎるのと、首を狙われるので対処が困難。何体かがすり抜けてABチームの作戦を妨害。銃撃による目つぶしは効果的。しかし、素早く動く個体が多いため、効果は限定的。」
「作戦は成功だったといえるだろう。懸念していたほど犠牲は出なかった。」
「上級国民の皆様にいい話のタネができたな。」
「ふん。茶会に消費される命ねー。」
「不満でも?」
「いや、遺体の一つぐらい回収してやれたらいいのにってさ。」
「死体はちゃんと潰したか?」
「聞いてないから、やってないかもな。メンタルの方が心配だったから仕方あるまい。C地区の完全掃討作戦の時に確認させてみるよ。」
「死体を乗っ取られて、戦いのときに手が止まるようなことは避けさせたいからな。」
隊長がため息をつく。
「C地区除いて、残りはE地区か。」
「C都市もこれで落ち着くな。」
「終わったら、パンデミックで大変だったB都市の手伝いに向かえるな。B都市は、物資受け取りした後どうだ?」
「無事にパンデミックから脱して、今はシェルター内の秩序回復に努めているらしい。だいぶパニックになったようだ。物資の一人占めとか酷かったらしい。」
「外には?」
「B地区に、資材を回収して以降は出していないようだ。先遣隊も、討伐隊も無事らしい。子供たちはまだ、作戦に関与することはないみたいだ。」
「そりゃいい。B都市はスムーズに行くかもな。」
「だといいのだが。」
ツミは立ち上がる。
「少し寝させてもらうよ。さすがに疲れた。」
「お疲れさん。モニターの監視は引き続きやらせとく。」
「頼んだよ。」
ツミは、管理室から上級区画へと向かう。
「管理人さん!」
女の子が一人走って来る。
「危ないですよ。シャロ嬢。」
「ごめんなさい管理人さん。C地区での作戦はどうなりましたか?」
「後で報告に上がりますが、無事済みましたよ。」
「まあ、素晴らしいわ。討伐隊の皆さんには頭が上がらないわ。」
「仕事ですから。お気になさらず。」
「千羽鶴を折ったのです。後で届けてもらえませんか?」
「ええ、かまいません。ちょうど、大怪我をした隊員がいるので病室にでも飾っておきましょう。」
「まあ、大変。怪我の完治を祈っておりますわ。」
(四肢切断だがな。)
その言葉を飲み込んで、
「私はひと眠りするので、失礼します。」
「お疲れ様です。ゆっくりお休みください。」
シャロ嬢の見送りに頭を下げて自室に戻る。
「あのお嬢様にも困ったものだ。」
千羽鶴を机に置き、ソファにどかりと座る。眠い。睡眠時間はこの一週間で数十分を一日二回程度取るだけだった。
「外に出たがったりしなければいいのだが。」
シャロ嬢は、他の上級国民と比べて外への関心が強い。真っ先に討伐隊の話を聞きたがる。おとぎ話や英雄譚のように。他の上級国民は、シェルター内の生活を受け入れていた。今までが忙しすぎて、シェルターでのひと時を喜ぶ者さえいた。シェルターには、テニスコートなど体を動かせるスペースもあるから、困るものは居ない。物資も潤沢だ。そんなことを考えながら、ツミは着替えてベッドに横になった。
(眠っている間に面倒ごとが起きませんように。)
そう祈ってから眠りに落ちた。
ユキは夢を見ていた。体を拘束されていた。手足が痛い。生々しい夢だ。丸ノコが腕に迫ってきていた。
(怖い。)
丸ノコが腕に食い込む。激しい痛みが襲う。それなのにうめき声の一つも出せない。丸ノコが腕を通り過ぎていった。切断面が見える。ピンクの肉に赤い血が滴り、白い骨が見えた。丸ノコは足も奪っていった。痛くてたまらない。体をグネグネと動かすと、もう一方の腕が良く見える角度になった。丸ノコがもう一方の腕に当たる。金属の冷たさが伝わって来る。
(やめてくれ。)
その願い届かず、丸ノコはもう一方の腕も奪っていった。鮮血の鉄臭い匂い。そこに、焼きごてが当てられる。ジューと言う音。肉の焼ける生々しい香ばしい匂い。気が飛びそうになるのを必死でこらえる。何のために?ユキは手足を動かした。傍から見たら、芋虫のようにも見えるだろう。ユキは惨めな気持ちになった。セイ。セイは助けに来てくれなかった。
「じゃあ、ヒナタは?ヒナタのことも助けてくれなかったよね。」
バッと起き上がる。夢?全部?ユキは両腕を見た。・・・無い。腕がない。足も見る。布団越しの足は、シルエットが途中で区切れていた。ゆっくりとだが鮮明に、C地区での討伐を思い出す。
「ああ、そうか。全部鬼に持ってかれた。」
嫌に冷静にその言葉を吐き出す。僕はあたりを見回した。誰もいない。二本角は?そのほかの鬼は?どうなったのか覚えていない。ただ必死にない腕で剣を取ろうとしたことだけは覚えている。そこにセイが入って来る。セイは僕に気づくと、急いで駆け寄った。
「ごめんよ。少しの間だけと思って、飲み物を取りに行っていたんだけど。一人にしちゃったね。もう大丈夫。どこにもいかない。」
その言葉を聞いて安心したのか、自分の現実を思い出してきたのか、わからないけど涙があふれてきた。セイがハンカチで涙を拭う。僕はそのハンカチを奪ってやりたかったけど、そうすることはもう出来ない。
「なんで。」
声が漏れる。セイが優しく、
「どうした?」
と考えなしに聞く。
「なんで助けてくれなかったんだ!僕もヒナタも!」
セイが僕をじっと見つめる。
「俺にはほかに手段がなかった。」
「手足がなくなっちゃったんだよ!もう、歩くことも、誰かを抱きしめることもできない!」
僕は未来を悲観した。セイはそっと僕を抱きしめた。僕は駄々っ子みたいに暴れた。体をくねらせ、精一杯暴れる。シーツが波打つ。ただそれだけだ。
「わーあー!」
泣き叫んだ。それの持つ意味は無い。ただただ惨めだ。惨い現実が僕の心を抉る。
一通り泣き叫ぶと、セイがあの後のことを教えてくれた。二本角を、ケイトが隙を作ってセイが頭を叩き潰したこと。そのほかの鬼たちは、二本角を倒すと動かなくなり、楽に殺せたこと。セイは抱きしめながら、僕の耳にささやいた。
「予知夢を見ることがあるんだ。君の四肢がなくなると知ったとき絶望した。でも、命は助かるんだ。それだけは確かだったから、俺は必死に鬼を殺せた。君が助かって本当に良かったと思った。君がどんな姿になったにせよ、君がどんな未来を選ぶかわからないけどそれでも、俺は、君の味方で婚約者だから。」
「防ぐことはできなかったの?」
「俺に見えたものは、その時のすべてだ。結末は変わらない。ヒナタは死んで、君は生き残る。」
僕は泣いた。一生分の涙を出し尽くした気がする。セイの背中に短くなった腕を回す。
「僕、生きてるって言えるかな。」
「君が望めば、義肢がある。社会復帰はできる。」
「もう戦えない。」
「それでもかまわないよ。俺が全部どうにかしてあげる。」
その後も、鬱々とした気分は変わらなかった。涙が止まっても、絶望は止まらなかった。セイは僕の身の回りの世話を良くしてくれた。トイレも体を清潔に保つのも全部セイがやった。医者が僕の状態を確認するときも、セイは僕から離れなかった。上手く食べれなくなった僕に、医者が点滴を刺す。痛みに涙を流すとセイが拭き取ってくれた。そうしている間に時間は過ぎていく。残酷なほどに。誰かが作った千羽鶴が飾られた。セイは本当にどこにもいかなかった。セイのお父様が説得に来るほどには。セイは何を言われても首を振り、片時も僕から離れることはなかった。そんな時、ケイトが来る。
「や、ユキ。調子はどう?」
「だいぶ良くはなったよ。これでもね。」
僕は短い腕を振った。
「C地区の掃討作戦は無事に終わって、C地区の安全も確保されたわ。次はE地区の予定だって。Eには、二本角はいないそうなの。」
「E地区・・・。」
E地区は僕の家があるところだ。ちょっと見たいなと思った。
「あたしは、Bチームと行動してるの。あの双子はちょっぴし苦手だけど、ヒメコとは仲良くなったよ。」
ヒメコの顔を思い出す。あまり接点がない。暗めの子だなとは思う。
「皆あんたのこと心配してたよ。復帰はできそう?」
首を振った。どちらにせよ、今の僕じゃ足手まといだ。リハビリも時間がかかるだろうし。
「そう。いつでも待ってるかんね。」
ケイトが去って行った。そばで見ていたセイが僕の頭をなでる。僕はそれを受け入れた。拒否する腕がないからじゃない。僕はセイがいないと生きていけない体になっていた。僕は心の底のどこかで、セイを愛するようになっていた。セイに何事かつぶやく。顔を近づけてきたところにキスをする。それが日課になっていた。少しずつ、食べ物を受け付けるようになった。スープを上手にすすると、セイがほめてくれた。嬉しい。ある日は双子がやってきた。
「休息が長いと不安にならないかい?」
僕は頷いた。
「だよね。E地区の掃討戦はそんなに大変じゃないらしいけど、なかなかやらせてもらえないのも堪えるよね。」
「食事は食べれてるの?瘦せたんじゃない?」
「少しずつだけど食べれてるよ。セイが食べさせてくれるから。」
「ああ、そうだ。君にこれを渡そうと思って持ってきたんだった。」
指輪だった。セイがくれた婚約指輪。それを太ももの上に置かれ、僕は喜んだ。
「ありがとう!大事なものだったんだ。」
「お、おう、そうか。どこで買った指輪なんだ?」
僕はセイの方を見た。
「ブライダルで有名なとこだよ。結構したよ。2年分の給料が飛ぶくらいには。」
「へ、へーすごいな。そのぐらいはかかるものか・・・。」
ヨウが何かを期待するまなざしで兄を見ている。
「もう少しよく食べるんだよ。無理はいけないからね。」
そういって二人は、医務室を後にした。セイがどこからかチェーンを持ってきて、僕の首に指輪をかけてくれた。
「ありがとう。」
「君に送ってよかった。そんなに大事に思ってくれるとは。」
「初めて出会ったときの記念品でもあるしね。」
僕は監禁部屋のことを思い出す。セイの個人シェルターで指輪を渡されたことを。なかなかヘビーで、あの時はセイのことを怖いとすら思っていたが、今はそれがなんだか愛おしかった。
「どうなるかなんてわからないもんだな。」
セイがつぶやく。僕は頷いた。
「さ、体拭いてあげる。」
「お願いします。」
僕はセイに体を預けた。
ツミは、困っていた。セイが
「少なくともしばらくは外に出る気になれない。」
そんなことを言い出したからだ。
「そんなにユキが大事か。」
そう聞くと、セイは頷いた。親として、そこまで大事な人ができたことを喜ぶべきか否か。セイは、これからの戦力としても重要だった。彼がいなければ、C地区での二本角討伐は上手くいかなかっただろうし、これから先のほかの都市での討伐においても重要なポジションを任せられるのは火を見るより明らかだった。
「困り顔。そんなに眉間にしわ寄せちゃあ、老けるぞ。」
隊長がコーヒーを入れてやって来る。
「E地区の掃討戦、いつ始めるんだ?」
「ユキの回復を待とうと思って。」
「ユキの?そんなにすぐ動けないだろう。」
「セイが離れられるぐらいにはっていうだけだよ。」
「ああ、セイか。そんなにべったりなのか。」
頷く。
「ユキが回復して、リハビリに出てくれれば、参加してくれると思うんだ。」
「無理に行かせなくても。」
「あいつには場数を踏んでほしいんだよ。些細なものでもね。」
「二本角。そんなに心配か?今回も結局うまくいったじゃないか。」
「今回はだ。次もうまくいくとは言っていない。今回だって死人が出た。相手は余裕ぶっていた。だからうまくいったようなものだ。」
「おまえってやつは。はぁー。慎重すぎるのも考え物だぞ。」
「わかっている。もう数日待って、聞きに行くよ。それでもだめなら決行する。」
「俺としては、ケイトも評価してやってほしいけどな。」
「十分に評価している。彼女の機転がなければ、今回も厳しかっただろう。」
「そうだろ、そうだろ。彼女に例の音響兵器の実践練習を任せたいんだが。」
「お前の判断なんだろう。構わんよ。兵器はできたのか?」
「防御装置まである。後は試運転だけだ。」
「なら、E地区に投入する許可をやろう。」
「よし!これで二本角にまた一歩近づいたぞ。」
「油断ならないがな。」
隊長から受け取ったコーヒーは冷めていた。
「シャロ嬢の様子はどうだ?」
「なぜ彼女の?」
「最近やたらと外を気にしてる。脱走しないか心配でな。」
「・・・気にかけておこう。」
ツミは最後の一杯を飲み干し、モニターへと向かう。隊長は部屋を出ていった。管理室はツミだけになった。
「お前の幸せだけを願えたらいいのだけどな。」




