二本角 失われたもの
朝がやって来る。望まずして朝がやって来る。時計は朝の五時を知らせるようにカチカチなり、無意識に僕らは目が覚める。カチカチカチカチ針は進むよ。
僕は目覚めの一発に、水をがぶ飲みした。コップを置く。C地区掃討作戦は、一時間後に迫っていた。朝食を食べに行く。腹が減っては戦はできない。討伐隊の面々が、思い思いに食堂に集まり食事をとっていた。食事をとる。ヒナタが話しかけてくる。
「空気重いね。」
「みんな緊張してるんだろう。」
「絶対生きて帰ろうね。ゲームの約束忘れないでね。」
頷く。作戦が上手くいくかはセイにかかっていた。肝心のセイが見当たらない。朝、起きた時もいなかった。
(あいつもあいつで緊張するのかな?)
部屋に隊長が入って来る。
「ケイト!」
ケイトが呼ばれる。
「はい。」
「これを渡しておく。」
小型の何かを渡す。
「今日の出来立てほやほやだ。しかし、簡単には使うなよ。どうしようもなくなった時にだけ使う用に。」
「はい。」
ケイトが、小型の何かを手の中で転がし、ズボンのポケットにしまう。何を渡されたのか気になったのか、ヒナタがケイトに聞きに行く。
「なんですかそれ?」
「兵器みたい。スイッチがあった。」
僕は食事を済ませて、部屋に一度戻った。服を着替えて、武装する。防弾ジャケットオーケー。剣オーケー。カバンオーケー。銃オーケー。手榴弾オーケー。
「よし、準備完了。」
部屋を出ようとすると、セイと鉢合わせた。
「準備終わったの?」
「うん。いつでも行ける。」
「まだ三十分もある。少し、一緒に居ないか?」
「いいよ。」
ソファに座る。セイが隣に来て肩を寄せる。カチカチと、時計の音だけが聞こえる。沈黙がたまらず、セイに話しかける。
「斧の準備は?隠し武器とかってあるの?」
「斧はいつでも使える。ナイフとかはいくつかあるよ。」
「二本角って、どんな何だろう?」
「手ごわいよ。一度戦ったからわかる。」
初耳だ。大人たちは、二本角の戦力を知ってたってことか。
「ユキのことは守ってあげる。」
「他のみんなも。」
「限界は、俺にもある。それに・・・。」
「それに?」
「結末は知ってる。」
「?どういう意味。」
「言葉そのまんま。」
その後の沈黙で考えていた。言葉の意味を。これから先の未来を。
「時間だ。」
時計が朝の六時を指す。シェルター入り口前広場に向かう。みんな揃っていた。
「行ってこい!」
隊長が檄を飛ばす。シェルターを出て、バスに乗り込む。セイが隣に座る。未知のC地区へと向かった。
C地区。ここには、ドームがある。数万人が収容でき、崩壊前には歌手や、イベント企画者たちの手で盛り上がる場所だった。隊長の話によれば、二本角はここにいるはずだ。ドーム前でバスが止まる。
「頑張れよ。」
バスの運転手の男が皆に声をかける。返事を返す者、一瞥しただけの者、無反応な者、さまざまだ。僕もバスを降りて、ドームの中に入る。大量の座席で影ができている。鬼が潜んでいたらわからないな。中心に何かいるのが見えた。僕らは、座席を飛び越え、近づく。二本の角が、紅く怪しく脈打つ。着物を着ていて、酒を片手に持ち、ラッパ飲み。酒瓶が周囲に転がっていた。剣を抜いて、一定距離で足を止める。AチームとBチームで中央の二本角に近づく。それ以外の隊は、周りを囲むように、周囲の警戒に当たる。
「まずい。」
つぶやき声。鬼から発せられたものだ。
「今の酒はまずい。昔はもっと美味かったのに。何の違いかねぇ。」
鬼が酒瓶を、ヨウに向かって投げた。ソウが斧で弾く。ガシャンと音を立て、酒瓶は割れた。
「なあ、お前、なんでだと思う?」
「え、あ。」
コウイチが、困惑の声をあげる。
「答えられねぇってか。」
鬼は人と意思疎通が取れる。知らない事実が浮き彫りになる。それが油断へとつながる。
「ここからいなくなってくれないか。」
ソウが言った。鬼が首をかしげる。
「ここはもともと俺の土地だ。いなくなるもねぇ。」
「鬼がいては、人は生きていけない。争わなくて済むなら、穏便に事を済ましたい。」
「俺にどっか行けと?都合いいねぇ。代償は何だ。」
「あなたの安全だ。」
ソウの言葉に、鬼が鼻で笑う。
「安全。俺はお前らの払う代償を聞いたんだが。」
「代償なんて馬鹿げている。それに、戦えば、あなたは無事で済まない。安全は最もいい取引材料に思えるが?」
鬼が嘲けったような笑い声を出す。
「代償を支払わないとは。昔の人間だって、供物をささげたというのに。愚かな。より愚かになったな、小僧。」
鬼が手に何かを持っていた。いつの間に?目は離していないのに。
「ならばこちらから奪うまでよ。」
手に持っていた何かを投げる。それは鋭い針のようなもので、直径五センチはあろうか。盾を構えていたヒナタに向かって投げる。ヒナタは素早く盾を上げる。針は盾にぶつかった。金属の擦れる音。何が起きたのかわからなかった。針は盾を貫通する。一瞬の出来事だ。ヒナタの喉を、針が抉る。
「かっ、は。」
針は貫通して、後ろにいたヒメコの頬を掠った。
「ひっ。」
ヒメコが尻もちをつく。ヒナタの喉から血が噴き出す。そのまま膝から崩れ落ちる。
「ヒナタ!」
気づくと、叫んで駆け寄っていた。喉の傷口を抑える。
「ダメだ、ヒナタ!死んじゃだめだ!約束しただろう!」
いつの間にか大量の鬼に囲まれていた。
「卑怯な・・・。」
ソウがつぶやく。二本角が嘲り笑う。ケイトがダガーを握って、二本角に突っ込んでいく。
「セイ助けて!ヒナタが!」
セイは僕の方を見ていなかった。二本角に一点集中して、隙を窺っていた。止めどなくあふれてくる涙を僕は拭う。ヒナタを横にし、剣を持ち直し、二本角に向かって突っ込んだ。
「うおー!」
ケイトのダガーが軽々弾かれる。ソウとヨウが援護射撃する。コウイチはヒメコを助け起こし、後ろから迫ってきた雑兵の鬼を、ブレードで切る。コウイチとヒメコは押し寄せる雑兵の鬼に、かかりっきりになった。物量がひどかった。セイも近くに来た鬼の首を叩き切る。残りの部隊で、抑えきれない量だった。銃撃はほとんど意味をなさなかった。うざそうに二本角が双子に向かって針を投げる。二人はそれを避け、銃撃が止まる。そこに僕が突っ込んでいった。二本角は持っていた酒瓶を差し出す。酒瓶が切れる。
「いい切れ味だ。」
そのまま追撃する。いつの間にやらか持っていた刀で、二本角が応戦する。剣がかち合う。火花が散る。後ろから、ケイトがダガーで首を狙う。身を翻し、それをいつの間にやらか持っていたもう一本の刀で受け止める。そこにセイが斧を頭に向けて振るう。二本角はケイトを弾き飛ばし、それを刀で弾くと、距離を取った。そして僕に向かって刀を投げた。それをぎりぎりで躱す。躱して正面を見た時だった。速い。鬼が目の前に迫っていた。慌てて剣を上に振り上げると、刀が僕の腕を引き裂いた。鋭い痛みが走る。腕がすっ飛ぶ。僕は喚いた。初めて感じる痛みにどうにかなりそうだった。そこに背後から抑えきれなかった鬼共が僕の足にかみつく。鋭い歯が僕の足を、体から引き離した。泣き叫んでも、鬼は止まらない。そんな鬼を、セイが斧で薙いだ。二つの頭が地面を転がる。僕は混乱する頭の中でも、剣を握ろうと手を伸ばす。肘から先のなくなった手では、剣をつかめない。それをうまく理解できず、必死に手を伸ばす。ズキズキとした痛みは思考をたやすく奪っていく。上手く立ち上がれない。距離が開いたことで、双子が再び銃撃を開始する。二本角はやはりうざそうに、弾丸をその身に受けていた。体に穴がいくつも開く。それでも、何ともないように二本角は二本足で立っていた。唾を吐く。
「さすがにしつこいな。」
双子に急接近する。ソウがヨウを押す。ヨウは二本角の凶刃から何とか逃れ、ソウの避け損ねた指が刀で切り落とされる。そこにケイトが再度のアタックを試みる。刀で簡単にいなされる。小型兵器を投げる。鋭い音があたりに広がり、脳を揺らす。しかし、それによって隙ができた。ユキが倒れても冷静なセイが、その隙を見逃すはずがなかった。斧によって、頭を捕らえられる。顔の半分がつぶれる。片方の角の位置がずれる。それでバランスを失ったのか、鬼の体がケイトの方に投げ出される。ケイトがすかさず無事な方の片目にダガーを刺す。二本角の視界を完全に奪った。崩れ落ちる二本角に、セイが追撃を入れる。頭に数度斧を振り下ろす。頭が完全につぶれたのを見ると、首を切り落とす。二本角の頭を、軽く蹴って体との距離を離す。体がもどかしそうに頭を探す。そこに斧を振り下ろし、パーツごとに解体する。それが終わる頃には、セイの体は血まみれになった。
「ユキ!」
ユキに駆け寄って、急いで止血する。ドームの床は、おびただしい血の量で水たまりができていた。ユキは喋る気力も、剣に手を伸ばす気力も失ってじっとしていた。ケイトが止血を手伝う。周りの鬼たちは、主を失ったせいかぴたりと動きを止める。ここを好機とみて残った隊で一気に鬼を掃討していく。首を刈るだけの簡単な仕事だ。そのうちドーム内には、血の池ができた。横たわったヒナタの死に顔が血の池に反射する。ヨウが、落ちているソウの指を回収する。ソウが出血する指を、自力で止血する。ソウは、コウイチとヒメコに指示を出す。二本角の角を二人が苦戦しながらも剥ぎ取る。止血が終わったユキをセイがバスへと運ぶ。
「大怪我した人いる?」
ケイトが確認を取る。
「お兄ちゃんが!」
「僕なら平気だ。ユキを優先してくれ。」
ケイトがバスに駆け込み、バスが出発する。残された者たちは、ドーム内を見て回った。安全は確保された。
バス内でセイはつぶやいていた。
「大丈夫。ユキは助かる。そのはずだから・・・。」
ケイトがユキの脈をとる。
「だいぶ弱ってるけど、間に合いそうね。」
バスが、シェルターに到着する。セイは急いで、ユキを医務室へと運ぶ。医務室は大忙しになった。輸血用のパックを奥底から取り出し、ユキは一命をとりとめた。バスは、残りのみんなを迎えにC地区へと走った。セイはいつまでも、ユキに付き添った。ケイトが疲れからか、意識を失った。皆が帰ってきて、手当てを受けるころケイトは目を覚ました。
「疲労と、脳へのダメージによる意識の喪失だ。しばらく休んでいなさい。」
隊長に言われても、ケイトは横になる気になれなかった。
「ヒナタは?ヒナタの遺体は?」
「遺体を管理する余裕はない。放置するしかない。わかってくれ。」
ケイトが黙る。
「兵器が役に立ったようでよかった。次からは脳にダメージがいかないよう、遮断装置を本格的にテストせねばな。結果的に一人の死亡と戦線離脱者一名で済んだ。それも、しばらくの休息をはさんでだろうが。」
「ユキは復帰できるんですか?」
「四肢がなくなったぐらいなら、復帰可能だ。腕のいい技師もいる。リハビリはいるが復帰はさせる。人手は欲しいからな。特に二本角と相対したのなら。そういう人材程希少なものはない。」
「ユキの心は?持つんでしょうか・・・。」
「ケアはする。と言っても、セイに任せることになりそうだが。」
「ユキ、ヒナタが好きだったから。相当ショックだと思うんです。」
「そうか・・・。メンタルケアのプロがいるから、そちらに任せよう。とにかく、君は良く休むんだ。聞き取りや報告書の作成はあとで行ってもらう。寝ていろ。」
「・・・はい。」
その夜、ケイトは夢を見た。ヒナタが明るく笑っている夢を。ケイトは夜中に目を覚まして泣いた。短いながらも、絆が芽生えていた友人の死にざまは受け入れがたいものがあった。それでもケイトは、妹のためだと持ち直し、横になった。
「お兄ちゃん!指は?指は平気なの?」
「大丈夫だよヨウ。君が集めてくれたおかげで問題なくくっつけてもらえた。」
「お兄ちゃん。」
ヨウは、甘えるようにソウにくっつく。ここは二人の自室。ヨウはソウの唇に濃厚なキスをした。
「ヨウ、ダメだよ。コウイチが来る約束してるんだから。」
「少しだけよ。」
ヨウは、ソウの顔をなでた。舌をもう一度入れる。
「ん。」
「ぷはぁ。あの時は本当に心臓に悪かったわ。」
「ごめんよ、ソウ。他にいい手段が思いつかなかったから。」
ソファに座る。ヨウが膝の上に乗っかる。
「それにしても、二本角が喋れるとはな・・・。」
「何か問題が?」
「大人たちからは一度もそんなことを聞かなかったものだから。他にも隠してること、いっぱいあるんだろうね。」
「気にしても仕方ないわよ。二本角を倒せた。それでいいじゃない。」
「それもそうなのかもね。」
「お兄ちゃんは心配性すぎなのよ。」
「でも、鬼が表れたのは今回が初めてじゃないようだった。」
「そうなの?」
「供物を・・・とか言ってたろ。一体鬼はどこから来たんだ?」
「ストップ。そこまで。今は、生き残った喜びを分かち合いましょう。ほら、抱きしめて。」
ソウがヨウを抱きしめる。温かい。生きている。
「ヨウ。愛しているよ。」
「私もよ。ソウ。」
コウイチが来て、二人の時間は終わった。




