第九話:聖銀の回路、あるいは不本意な契約(インストール)
「……今のところ、その『無色透明』が何を意味し、どう機能するのかは僕にも分からない。だが、それがこのイレギュラーな事態を打破する鍵になるかもね」
保憲はそう締めくくると、視線を隣で小さくなっている神父へと向けた。その瞳は、獲物の仕様を品定めするデバッガーのそれだった。
「神父さん。……その胸にある純銀の十字架を、僕に預けてくれませんか」
「えっ!? こ、これは……私にとって命の次に大切な、叙階の時に授かったもので……!」
神父が必死に十字架を握りしめて渋る。だが、保憲は冷徹に、その逃げ道を塞ぐように言葉を継いだ。
「なぜ、あなたが倉庫で最初に狙われたか分かりますか? その十字架ですよ。あの化け物は、自分を物理的にデリートし得る『純銀』を持つあなたを、真っ先に排除しようとした。……違いますか?」
「そ、それは……」
「では、あなたがその十字架を持って、今からあの化け物を倒しに行ってくれるのですか?」
保憲の、感情を一切排した「正論」という名のプログラム。それに神父はぐうの音も出ず、震える手で首から十字架を外し、カウンターへと置いた。
「……保憲。それで、その銀の塊をどうするつもりや」
俺が尋ねると、保憲は眼鏡のブリッジを押し上げ、再び淡々と語る。
「二代目の文献によれば、対・海外パッチ用の特殊武装にはプロセスが必要だ。純銀を核とし、そこに王と同等の妖気、そして陰陽師の呪に連なる霊気を同時に注ぎ込む。……さらに、その抽出の間中、聖書の朗読による聖域の維持が不可欠だそうだ」
「……なるほどな。そら、これだけのメンツが揃わなきゃ話にならんわけだ」
俺と道満、博雅は顔を見合わせた。九尾の妖気を持つ母ちゃん、腐っても安倍家の霊力を持つ親父、そして聖書を読める神父。パズルのピースが、最悪な形で噛み合っていく。
「葉子さん、泰臣さん。二階の安倍探偵事務所を貸してほしい。神父さんも一緒に、そこで銀への流し込み(エンチャント)作業を始めてくれ……有世、サポートを頼む」
三人と有世が二階へ上がっていく足音を聞きながら、俺も腰を浮かそうとしたが、保憲がそれを手で制した。
「……待ってくれ。残りの三人……安倍くん、道満、博雅。君たちには、話がある」
保憲は、「正式に、生徒会への入会を打診する。安倍くんは副会長、道満は会計、博雅は総務だ……」と『生徒会』と刺繍の入った腕章をこちらに投げた。
なぁ、あんたならどう思う?
無色透明な俺の属性、両親のイチャつき、そしてクソ面倒臭い生徒会への打診。
俺の右手の指先が、カウンターに置かれた腕章に触れる前から、北野の深部で加速する「霧の王」の再起動を、ノイズ混じりに受信し始めていた。
「……やりたかないねー、ホンマによー。……副会長なんて、一番のバグ役職じゃねーかよ」




