第七話:トラウマ・アップデート、あるいは真夜中の招集令状
「……はぁ。やりたかないねー、本当に。自分の好奇心を、ここまで呪った日はねぇよ」
俺は菱王組本家の畳に突っ伏したまま、消え入りそうな声で呟いた。
視界の端では、まだ母ちゃんが親父にじゃれついている。「もう一回だけ、パッチ当てましょうよ」なんて、耳を疑うような甘い声が聞こえてくるが、俺の脳は全力でそのログを拒絶(アクセス拒否)していた。
一方、隣の道満はというと。
「……すご。すごすぎるわ九尾の術式! あれって一種のハッキングやんな? 命のエネルギーを直接呪力に変換して……」
一人で興奮気味にブツブツと分析を始めている。鼻血を出す勢いで目を輝かせている女子を横目に、瀬戸の親分や博雅、博雅の親父さんは、気まずそうに天井のシミを数えたり、空の湯呑みをじっと見つめたりしていた。日本一の極道と警察のトップが、揃いも揃ってバツの悪そうな顔をしているのは、ある意味で奇跡のログだ。
その時、俺のポケットの中でスマホが震えた。画面には『保憲』の二文字。
「……ッ、オムライス会長か」
俺は泥沼から這い上がるような思いで、通話をスワイプした。
『やれやれ。管理者権限の委譲シーンで、随分とノイズの多いパッチが当たったようだね、安倍くん。……音声ログだけで、こちらのサーバーまで熱を帯びそうだよ』
「……黙れ。観測してたなら今すぐ俺の記憶をデリートしろ」
『それは無理だ。……それよりも、少し話がある。有世が敵の「移動ログ」を完全にロックした。……今すぐフォックス・テイルに来てくれたまえ。道満さんと博雅くんも一緒にね』
「……はぁ。やりたかないねー、本当に。母ちゃんがここにいるんだから、店は閉まってんだろ。飯も出せねーよ」
『食事なら、僕が君たちのために「豪華な弁当」を調達して、勝手に店の中で待たせてもらっているよ。……それと、泰臣さんと葉子さん、あとその神父くんも一緒に連れてきたまえ。今回のバグは、全員の「権限」が必要になるからね。……急ぎたまえ、三代目』
一方的に切られた電話。
俺はフラフラと立ち上がり、まだ親父の首筋に顔を埋めている母ちゃんから目を逸らすようにして、広間を後にした。
なぁ、あんたならどう思う?
実の両親の情事で精神をハックされた直後に、他人の店を勝手に占拠した会長に呼び出されるなんて。
「……道満、博雅。行くぞ。親父と母ちゃん、それに神父さんもだ。……ここに居たら、俺たちの存在そのものが上書き(消去)されそうだわ」
秋の夜風が吹き抜ける大倉山。
俺の右手の指先は、保憲の呼び出しに応じるように、北野の方角から漂ってくる「霧の王」の冷たい残響を、再び捉え始めていた。




