第六話:ログイン・エロス、あるいは九尾の覚醒
「……母ちゃん。その六本目の強さ、ちょっと知っておきたいんだけど」
俺のその、ほんの少しの好奇心が、最悪のシステムエラーを引き起こした。
母ちゃんは隣に座る親父を、獲物を見つけた捕食者のような、それでいてトロンと甘えるような瞳で見つめた。
「パパ、じゃなくて泰臣さん。……晴明がこんなこと言ってるけど、どうする?」
「よ、よよ、葉子さん。……封印は、その、しといたままの方が街のためにも……」
親父がしどろもどろになりながら後ずさるが、母ちゃんは逃がさない。親父の首元に滑らかな腕を回し、どんな男も理性を、あるいは人生そのものを投げ出したくなるような上目遣いで囁いた。
「いいでしょ……? 最近、してなかったし……」
その瞬間、広間の空気が「毒」に変わった。
母ちゃんの背後から、陽炎のような、だが圧倒的な質量を持った二本目の尻尾が顕現する。
「お、おい! 葉子さん、場所を考えろ! 子供たちもいるし、アホなことは……んんッ!?」
親父の抗議は、母ちゃんの唇によって物理的にシャットダウンされた。
それはただの口づけじゃない。泰臣という名のサーバーから理性を根こそぎ吸い出し、代わりに九尾の「本能」を上書きしていくような、濃密で、逃げ場のない略奪。
二本目、三本目――。
母ちゃんの尻尾が増えるたび、広間を包む霊圧は、もはや「重圧」を通り越して「死」に近づいていく。周囲を漂っていた低級霊たちが、その色気に中てられただけで跡形もなく消滅していく。
「……っ、ふ、二人とも、やめろ……ッ!!」
道満は顔を真っ赤にして、指の隙間から「……すご……」と呟きながらガン見しているし、博雅はあまりの霊圧に膝を突いている。俺に至っては、両親のあまりに卑猥で過剰なデータの奔流に、マジで吐き気がしてきた。
「……チッ、六合! 本家一帯を囲え! 漏らすな、一滴も外へ出すんじゃねぇ!!」
俺は吐き気を堪えながら、全力で結界を展開した。
母ちゃんが「六本目」へ到達する前に、この空間そのものを隔離しないと、神戸中の人間がこの「色欲のバグ」で再起不能になっちまう。
なぁ、あんたならどう思う?
『霧の王』と戦う前に、実の両親の公開処刑でこっちの精神が焼き切られそうになるなんて。
広間を包み込むのは、もはや「地獄」ではなく「極楽」という名のバグだった。
「……さすがに、幼馴染のこんなシーンは見とうなかったわ。一生の不覚や」
博雅の父である県警本部長が、顔を伏せて深く溜息をつく。瀬戸の親分も山本も、日本一の極道という肩書きをどこかに置き忘れたように、「……なんて言うてええか分からんわ」と、視線のやり場に困って天井の木目を見つめていた。
「ん、んん……ッ! 葉子さん、や、やめて……ッ!」
親父の抵抗は、母ちゃんの濃密な口づけに吸い込まれて消える。
母ちゃんの背後から、陽炎のような、だが圧倒的な質量を持った四本目の尻尾が顕現した。
その瞬間の霊圧は、あの北野を震撼させた土蜘蛛さえも霞んで見えるほどだ。そして、さらに流動する妖気が形を成し、ついに――六本目の尻尾が完全にその姿を現した。
その瞬間、広間を支配したのは、あの夏の日に体験した、シュン兄……酒呑童子と同格の、絶対的な「王」の霊圧だった。
「……う、嘘だろ。これが……母ちゃんの、六本目……」
俺はあまりの霊圧の重さに膝を突きそうになったが、それ以上に、目の前で繰り広げられる実の両親の濃厚な「デバッグ作業」に、精神が耐えられず失神寸前だった。
ふと、母ちゃんが親父の唇を解放し、艶かしく紅い舌で自分の唇をなぞった。
「晴明、うふふ……。残念だけど、これ以上の封印は解けないの。……七本目からは、もっと『この先』をしなくちゃいけないからね」
「……この先って、なんやねん、もうええって、やめてくれー」
俺が半泣きで訴えると、母ちゃんはトドメの一撃を放った。
「ちなみに、晴明。あなたはね、パパがママの『尻尾』を一本ずつ封印した時にできたのよ。愛のパッチ、ね?」
「………………」
思考が、白紙した。
知りたくなかった。俺という存在が、そんな「熱烈な封印作業」の副産物だったなんて。
俺は六合の結界を維持したまま、そのまま崩れ落ちてノックダウンした。意識の底に沈んでいく俺の耳に、親父の「葉子さん、本当に場所を考えろよ……」という、情けない、だがどこか幸せそうな泣き言だけが、空虚なログとして響いていた。
なぁ、あんたならどう思う?
『霧の王』の強さを測るための好奇心が、自分の出生の秘密という名の、最悪のバッド・ステータスに書き換わっちまうなんて。




