第四話:大倉山・サミット・ノイズ
爆ぜた吸血鬼の両腕が霧散し、静寂が第4倉庫を支配したのも束の間。
「あかん、この爆発音はマズい! ポリが来るから、とりあえずここを離れるで!」
案内係の山本が、血相を変えて黒塗りの車を回してきた。
その傍らでは、腰を抜かして十字架を握りしめたままガタガタと震えている神父がいる。
「ちょ、神父さんも乗せろ! 放置したら何喋るか分からん!」
山本の組長が運転手に怒鳴り散らし、動けない神父を荷物のように後部座席へ放り込んだ。「本家や! とりあえず本家へ急げ!」
再び戻ってきた大倉山、菱王組本家。
広間で俺たちを待っていたのは、瀬戸の親分だけじゃなかった。
「あらあら、うふふ。晴明、おかえりなさい。大変だったわね」
「……母ちゃん!?」
なぜかそこに、茶菓子を並べて微笑んでいる葉子(母ちゃん)の姿。
そしてその隣には、軍人のような隙のない空気を纏った男――博雅の親父であり、現役の兵庫県警本部長が座っていた。
「……まさか、現役の県警本部長が、こんな場所(ヤクザの本拠地)に足を運ぶことになるとはね。一生の不覚だよ、瀬戸組長」
「ハッ、こっちこそ検挙率自慢の警察キャリア様に畳を汚されるんは、縁起が悪うてしゃーないわ」
博雅の父が嫌味を飛ばせば、瀬戸も負けじと応戦する。だが、二人の瞳の奥にあるのは、単なる対立ではない。
今回の一件は、表(県警)と裏が情報を共有し、かつ徹底的に隠蔽しなければ、神戸という街そのものがパニックに陥る。その「腹の探り合い」のために、博雅の父はあえてここに乗り込んできたのだ。
母ちゃんはその様子を「あらあら」と楽しげに眺めていたが、俺たちの顔を見ると少しだけ真剣な表情になった。
どうやら、本家へ戻る車内から親父(泰臣)が電話で伝えた「倉庫での出来事」を聞いて、先回りしてここへ来ていたらしい。
「晴明、道満、博雅。……あなたたちが戦った相手のことだけど」
母ちゃんは、震えの止まらない神父を一瞥したあと、静かに口を開いた。
「神父さんが狙われたことで確信したわ。……当たってほしくない予想が当たってしまった。……あなたたちが戦ったのは、ただの吸血鬼じゃないわね。おそらく、『霧の王』……。ヴァンパイアの中でも始祖に近い、非常に不味い相手よ」
母ちゃんの口から出たその名に、広間の空気が一気に重く書き換えられた。
シュン兄という防壁が消えた穴から這い出してきたのは、ただの雑魚バグ(ウイルス)じゃない。この世界のシステムそのものを侵食し、新たな王として君臨しようとする最悪の『海外パッチ』だった。
なぁ、あんたならどう思う?
ようやく夏が終わったと思ったら、次は世界中の怪物を相手にデバッグ作業をしなきゃならないなんて。
母ちゃんが語り出そうとしている「驚愕の内容」。
俺の右手の指先が、その言葉を察知するように、冷たい静電気のような火花を散らし始めていた。




