第二十話:ミッドナイト・ブリーフィング
「……待て。博雅、道満。ちょっと散歩に付き合え」
店を出て帰路につこうとする二人を、俺は呼び止めた。秋の夜風が、さっきまでの「生暖かい地獄」で茹で上がった脳を冷やしていく。
「……なんや、晴明。まだ『上書き』し足りんのか?」
道満が、まだ少し赤い顔で、皮肉混じりに俺を睨む。
「……そんなんじゃねーよ。たぶん、もうすぐオムライス(保憲)から連絡が来るはずや。その前に、少しログを整理しておきたいんだわ」
俺が投げやりに言いながら神戸の街を歩き出すと、博雅と道満は「?」という顔を浮かべながらも、俺の背中に続いた。その時だ。俺のスマホが、狙い済ましたようなタイミングで振動した。画面には『会長』の文字。俺は無言でスピーカーに切り替え、通話ボタンを押した。
『やあ、安倍くん。ナイスタイミングで店を出てくれたね。……それとも副会長として、僕の意図を正確に読み取ってくれたんかな? ククッ……』
スピーカーから漏れる保憲の鼻につく笑い声に、道満と博雅が目を見開く。
「……俺もや。あの場じゃあ、母ちゃんや総理の視線が多すぎて、まともなパッチも当てられねーからな」
『……話が早やくて助かるわ。それで、今回の件、君はどない思う?』
「どうもこうも、今回も『政府』がガッツリ絡んどる。……どう考えても、一介の美術商にあんな芸当ができるとは思えねーわ。挙句に、西園寺総理の再登場に、日本一の暴力団からの依頼……。どない考えても仕組まれとる。……俺の予測(読み)じゃ、今回は藤原みたいな官僚の下っ端の暴走じゃねえ。外務省あたりの、もっと『外』と繋がってる偉いさんが、葛城を駒に使って何かをテストしてたんじゃないのか?」
電話の向こうで、保憲が感心したように喉を鳴らす。
『……ククッ、驚いたな。君は本当に、食えない昼行燈だね。……その件なら、すでに加茂家が動いているよ。実は、お父様宛に外務省からアポイントが入っているんだ。しかも今夜ね。……しかも、外務大臣本人からだ』
「……おいおい。いきなりトップ(外相)かよ。……一介の美術商の不始末を、国が全力で隠蔽しに来たってわけか」
『大臣自ら足を運ぶということは、それだけ「霧の王」を素材にした葛城の研究成果に価値があったということや。……だが、彼らは致命的なバグを見落としとる。西園寺総理が予定を捻じ曲げてまで神戸にログインしたことも含め、君という予測不能なイレギュラーが、この盤面を完全にかき乱しているんだよ』
保憲の言葉に、俺は思わず天を仰いだ。総理の登場すら、奴らの計算を狂わせるノイズの一部だったわけだ。
「……やりたかないねー、ホンマによー。……結局、俺たちはまた、デカい奴らの盤面の上で踊らされてるってわけだ。……保憲。大臣だろうがなんだろうが、俺たちの街を画材扱いしたログは、きっちり清算させてもらうで」
『ああ、期待しているよ。ホンマにね。……明日のハイノーン、最高のエンディングを観測させてくれたまえ』
俺は通話を切り、五芒星のジッポをポッケにねじ込んだ。
道満と博雅が、静まり返った旧居留地の路上で俺を見ている。
「……晴明。結局、うちらにできるんは明日を待つことだけなん?」
道満が、不安を隠すように左手の銀輪をいじりながら聞いてきた。
「ああ。今は奴の座標がロストしてんだわ。……博雅、道満。今日はもう解散だ。お前ら、しっかり寝とけよ。明日は葛城だけじゃねえ。この街を画材扱いした奴ら全員の顔に、泥を塗らなきゃいけねーんだからな」
「……わかった。俺も親父に、少し裏のログを当たらせてみる。明日の正午、遅れずに行くぞ」
博雅が力強く頷き、夜の闇に消えていった。
「……晴明。……うち、一人で寝るん、なんか怖いんやけど」
道満が上目遣いで俺の袖を掴んできたが、俺はそいつを軽く払った。
「……はぁ。やりたかないねー、本当に。……明日、正午に遅刻したら、もう一回『上書き』してしたるから。……帰れ、道満」
「……ッ、変態! 副会長のアホ!」
道満が顔を真っ赤にして走り去るのを見送って、俺は一人、冷たくなった夜風を吸い込んだ。
なぁ、あんたならどう思う?
吸血鬼のバグを直したと思ったら、その背後で外務大臣が深夜の密談を始め、総理までがイレギュラーとして乱入してくるなんて。
「……明日、最高にスタイリッシュにデリートしたるわ……」
俺は重くなった足取りで、フォックス・テイルへの坂を上り始めた。




