第二話:不時着した聖域、あるいは不運な神父
ポーアイの倉庫街は、街の華やかさから切り離された巨大なデータの墓場だ。
海からの湿った風に、鉄錆と油の匂いが混じる。目的地である下組の第4倉庫へ着くと、高級なスーツに身を包んだ男が、数人の作業員を従えて苛立った様子で立っていた。
「……おう、あんたが瀬戸の親分が言ってた探偵さんか?」
声をかけてきたのは、現場の作業員じゃない。下組の取締役執行役員だ。日本最大の極道組織からの紹介とはいえ、得体の知れない「探偵」がやってきたことに、隠しきれない不快感を撒き散らしている。
親父(泰臣)は、相手が役員だろうが構わず、シワだらけの高級スーツのポケットに手を突っ込み、気怠げな視線を返した。
「ああ。……で、役員さん。消えた棺の件だが。煙のように消えたってのは、文字通りか?」
「ああ。監視カメラにも何も映っていない。ただ、消えたあとに妙な『冷気』だけが残っていて、誰も近寄れんのだ。……おかげで今日の荷役作業は完全にストップだ。損害をどうしてくれる」
役員の愚痴をログアウトするように聞き流しながら、親父は倉庫の周囲を洗い始めた。その手つきは、どんな些細なバグも見逃さない凄腕の探偵そのものだ。
すると、そこへあまりにも場違いな男が、困り果てた様子でトボトボと歩み寄ってきた。
黒のキャソックに身を包んだ、優しげな顔立ちの神父だ。
「……あの、失礼します。ここが下組さんの第4倉庫でしょうか?」
神父は胸元の銀の十字架を握りしめ、眉を下げていた。役員が「なんだあんたは、部外者は立ち入り禁止だぞ!」と怒鳴りつけるが、神父は怯えながらも言葉を紡ぐ。
「申し訳ありません。私は北野にある教会の司祭なのですが……とある美術商の方から、海外から届く『特別なアンティーク』をこちらで受け取ってほしいと頼まれまして。ですが、先ほどから担当の方にお聞きしても、そんな荷物はない、あるいは消えたと仰るばかりで……」
神父の話によると、その「アンティーク」こそが、瀬戸の親分が言っていた『出所不明の棺』らしい。
「……はぁ。やりたかないねー、本当に。……なぁ、神父さん。その美術商、なんて名前だ?」
俺がタバコを吹かしながら投げやりに尋ねると、神父は「ええと、確か……」と手帳を開きかけた。
だが、その瞬間。
俺の右手の指先が、倉庫の扉の奥から溢れ出した、致死量を超えた「海外製の殺気」を検知して、激しく火花を散らした。
「……ッ、全員伏せー!!」
倉庫の重い鉄扉が、内側から紙切れのように弾け飛ぶ。
煙の中から現れたのは、不気味なほど白い肌をした、人ならざる美貌の男。
なぁ、あんたならどう思う?
執行役員が顔を青くし、善良な神父が腰を抜かす中、中身が骨董品どころか、世界をリブートさせかねない最悪の『海外バグ』だったなんて。
……やりたかないねー、ホンマに。……神父さん、そのアンティーク、返品は受け付けてねーみたいだわ




