表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

第十八話:事後ログ、あるいは不均衡な習熟度

 ネオンの光から解放され、夜の北野へと足を踏み出したのは、ホテルへログインしてからちょうど三時間後のことだった。秋の夜風が、火照った体に異様なほど冷たく染みる。


「……なぁ、道満。いつまでそんな、OSがフリーズしたような顔してんだわ」


 横を歩く道満は、さっきまでのトロンとした表情はどこへやら、頬を膨らませて露骨にむくれていた。俺の左腕にしがみついてはいるが、その握りしめる力には、明らかにデリート(殺意)に近いノイズが混ざっている。


「……納得いかへん。……どうしても納得いかへんわ」

「何がやねん。葛城の味は、跡形もなく上書きしたやろ」

「そっちはええよ! ……そうやなくて、なんで晴明はあんなに『慣れて』るんよ! うち、あんなん初めてやったのに……あんた、手順がスムーズすぎやろ。どこでそんな、熟練のデバッガーみたいなテクニック身につけてきたんや!?」


 道満の抗議に、俺は思わず視線を逸らした。

 ……はぁ。やりたかないねー、本当に。俺は掃除屋だぞ。あらゆる不具合バグに対処するのが仕事なんだ。それに、俺の親父と母ちゃんを思い出せ。あの環境で育って、真っ新なシステムを維持できるわけねーだろ。


 そんな押し問答を繰り返しながら、ようやく明かりの漏れる『フォックス・テイル』の前まで戻ってきた。だが、道満はドアに手をかけようとする俺を引き止める。


「……待って。店に入る前に、もう一回だけ」

「はぁ? さっき散々やったやろ」

「足りひんのよ。……最後にもう一回だけ、ちゃんと上書きして」


 道満の潤んだ瞳と、熱を帯びた吐息。俺は溜息をつきながらも、彼女の腰を引き寄せて唇を重ねた。


 ……だが、俺の脳内は、目の前の熱量とは裏腹に、最悪な演算シミュレーションで埋め尽くされていた。

 なぁ、あんたならどう思う?

 葛城を取り逃がしたまま、勢いでログインしちまった。俺は特定の彼女は作る気ないし、まだまだ遊びたい。でも、道満のこの「独占欲全開のログ」は、正直言ってヤバすぎる。一度実行エンターを押したら、二度とキャンセルできない呪い(バグ)になりそうだ。


「……ん、……ぷはっ。……これでええわ。満足や」


 道満が満足げにドアを開けると、カウベルが間の抜けた音を鳴らした。

 店内に一歩踏み込んだ瞬間、俺たちの動きが止まった。


 カウンターには、西園寺総理も、保憲も、有世も、そして両親も、全員が「揃って」こちらを見ていた。葛城を逃がしたという失態と、その後の「3時間の空白」を察している彼らの視線は、気味悪いほどに生暖かい。


「おかえり、晴明。随分と……丁寧な『上書き作業』だったみたいじゃない?」

 母ちゃんが口角を上げ、ニヤニヤしながら俺の首筋を指差した。有世は真っ赤になってタブレットに顔を伏せ、保憲は眼鏡を曇らせて「……有世、ホテルの周辺ログの解析はもういいよ」と冷たく言い放つ。


 そんな中、親父がすれ違いざま、俺だけに聞こえる掠れた声で囁いた。


「……このアホ。お前、この手の『執念深い女』に手ぇ出したら、どうなるか分かってんのか? ……一生ログインされたまま、システム権限を根こそぎ奪われるぞ。はぁー、情けない……」


 親父の深い溜息が、俺の耳に最悪のデバフとして突き刺さった。


 なぁ、あんたならどう思う?

 敵を取り逃がした失態より、幼馴染との「関係のバグ」のほうが、この街の未来より危うく感じるなんて。


「……やりたかないねー、ホンマによー。……明日、葛城をデリートする前に、俺の人生が強制終了シャットダウンしそうやわ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ