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やりたかないのに陰陽師参  作者: 辻本 真悟
第三章:情報の掠奪と上書きされた三時間
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第十七話:北野の坂道、あるいは未完の上書き

 葛城のアトリエを後にし、夕闇が迫る北野の坂道を下っている最中だった。

 本来なら、葛城を取り逃がした悔しさやら、霧の王の最後についてやらを話し合うべきタイミングなんだが、俺の腕の重量がそれを許さない。


「……なぁ、道満。いつまでしがみついとんねん。歩きにくいんやけど」


 道満は俺の左腕に両手でしがみついたまま、トロンとした上目遣いで俺を見上げていた。茹で上がったサーバーみたいに顔は赤いまま、その瞳には完全に知性がログアウトした「熱」が宿っている。


「……足りひん。……晴明、全然足りひんよ……」


「はぁ? 何がやねん」


「……まだ、葛城の感触が残ってる気がするんやもん。……もう一回……。もう一回だけ、上書きして……?」


 九字切りの指先で俺のシャツの裾をギュッと掴み、道満が甘えるような声を漏らす。あの勝気な「道満」はどこへ行った。完全に恋愛プログラムの暴走バグ状態だ。


 その光景を横で歩いていた博雅が、悟りを開いた高僧のような顔で天を仰いだ。


「……あー。……あの親父にして、この子あり、か。血筋ってのは、呪いよりも恐ろしいもんやなあ」


「おい博雅、変な納得の仕方すんな。……お前からも何か言うてくれよ」


 助けを求めた俺に、博雅は慈愛に満ちた(あるいは心底呆れ果てた)眼差しを向けて、一歩引いた。


「悪い、晴明。俺はもうキャパオーバーや。麗子総理も待っとるし、俺は先に店に戻って報告レポートを済ませとくわ。……その『デバッグ作業』、納得いくまでやってくれ」


「おい、待て博雅! 見捨てんじゃねーよ!」


 博雅は「お幸せにな」とでも言いたげな背中で、足早に坂を下っていった。

 残されたのは、街灯が灯り始めた北野の路地裏。俺と、俺に密着して離れない、熱を帯びた幼馴染の二人だけだ。


 ふと、道満が立ち止まった。

 俺が視線を上げると、そこには不自然なほど煌々と輝くネオン看板。

 北野の歴史的な街並みに突如として現れた、場違いなラブホテルの入り口だった。


「……晴明、あそこ……。あそこなら、誰にも邪魔されんと……ゆっくり、上書きできるな……?」


 道満の潤んだ瞳が、俺とホテルを交互に見つめる。


 なぁ、あんたならどう思う?

 葛城のバグを直したと思ったら、今度は幼馴染の「ログイン・エロス」を、この状況でシャットダウンしなきゃいけないなんて。


「……やりたかないねー、ホンマによー。……でも、このまま店に連れて帰ったら、母ちゃんに何言われるか分かったもんじゃないし」


 俺は五芒星のジッポを弄りながら、目の前の「最悪の二択」を前に、左手の指輪がかつてないほど激しい警告アラートを鳴らしているのを感じていた。


「……なぁ、道満。本気で言うてんのか? あそこ、ただのサーバー室とちゃうぞ」


 俺が投げやりに問いかけると、道満は俺の腕をさらに強く抱きしめ、熱い吐息を漏らした。

「……わかっとるよ。でも、うちの『最初』をあんな奴に上書きされたままなんて、末代までの恥や。……晴明のパッチで、隅々まで消去してほしいんや……」


 潤んだ瞳に、もういつもの勝気な呪術師の面影はない。完全に「女」の顔でログインを求めてくる。

 左手の中指、お揃いの銀の指輪が、二人の高鳴る鼓動に同期して熱を帯び、脈動している。神父の祈りも、両親の「愛のノイズ」も、今この瞬間は、二人の背中を押す悪魔のコードにしか聞こえない。


「……あー、クソッ。やりたかないねー、ホンマによー……」


 俺はそう悪態をつきながらも、指先で五芒星のジッポを弾き、火を灯さずにポッケにねじ込んだ。警告を鳴らし続ける右手を、道満の細い腰に回して引き寄せる。


「……一回じゃ済まへんぞ。お前の全データを、俺の色で塗り潰してやんよ」


「……なんか……。……慣れててムカつく……」


 ネオンの毒々しい色彩が、坂道に落ちた二人の影を飲み込んでいく。

 この先に待ち受けているのは、西洋の王でも日本の呪術でもない、もっと生身で、もっと濃密な「相互書き換え」のログだ。


 なぁ、あんたならどう思う?

 夕方の北野で、幼馴染にせがまれてラブホにチェックインするトラブルシューターなんて。


「……この後、親と総理に会う時の顔、どうすりゃええねん……」


 俺たちは、吸血鬼騒動の余韻を置き去りにして、異質な扉の向こうへと足を踏み入れた。

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